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歩きスマホ撲滅小説  作者: 切羽未依
5/6

紙一重

JR・J線

地下鉄・東京メトロC線より直通で東京、千葉、茨城を運行する。

下り電車は東京AY駅止まり、千葉AB駅止まり、茨城TD駅止まりの三種類があるが、ほぼ千葉AB駅止まりで、茨城TD駅止まりの本数は少なく一時間に一本程度。


地下鉄・東京メトロC線 東京MM駅+++++東京SJ駅(電車は地下から地上に出て、JR・J線になる)+++++東京AY駅(第二の事件)++++東京KA駅(兄弟が育った地元の最寄り駅)++++千葉KM駅(第三の事件)++++千葉KS駅+千葉AB駅+++茨城TD駅(第一の事件)



 地下鉄・東京メトロC線MM駅。俺は電車を降りて帰宅ラッシュのギュウギュウの人ゴミに制服で紛れ込む。向かいのホーム、電車の最後尾の車両、一番最後のドアの乗車位置の列に並ぶ。制服は「俺」の存在を消して、誰の目にも止まらない記憶にも残らないただの「高校生」にしてくれる。こんな駅にいるはずのない高校の制服だったとしても。三件の連続殺人事件はJR・J線の駅周辺で起きてるけど、同じ電車が都内では東京メトロ・C線と呼ばれて地下鉄として走ってることを警察はわかってるかな~? まさかマジでJ線と呼ばれる駅だけを捜査してたらウケる。少なくともお兄ちゃんはわかってるよね? 俺たちJ線沿線で育ってるんだから。電車の到着時間を知らせる電光掲示板を見る。ちがう。次の電車は千葉AB行き。俺は列から外れる。乗りたいのは次の次の電車、十八時四十三分出発・茨城TD行き。茨城TD行きに乗り遅れて、次の次の次の電車、東京AY行きには乗らないようにしなきゃ。東京AY駅止まりだと、茨城TD駅まで行くのに東京AY駅で乗り換え、千葉AB駅で乗り換え、二度も電車を乗り換えなきゃならなくなる。到着を知らせるチャイムとアナウンス。ホームに入って来る電車が地下の空気をかき回して風を起こして顔に吹き付ける。ドアが開き、人を吐き出して、出発を知らせるチャイムとアナウンス、人を飲み込んで、ドアが閉まる。電車が走り出す。あ、乗車位置の列の先頭になっちゃった、俺。

 到着を知らせるチャイムとアナウンス。電車がホームに入って来て止まり、ドアが開く。人が降りて来るのを待ってると、俺の後ろに並んでる人が、かかとを蹴ってきた!え。と思う間もなく、俺の後ろに並んでた人は降りて来てる人の中に体をねじ込み、ムリヤリ電車に乗り込む。スーツのいい年したオッサンが何だよ!と俺だけじゃなく、ここにいる全員がイラッとしたにちがいないけど、あからさまに不快の表情を示す顔は少ない。無表情にスルーする。イヤな顔して「何だよ?!その顔!」って逆ギレされてもこわいもんな。人が降りても中身は減ってない電車に乗り込むってより体を押し込み、ドア近くのつり革――ゲット。あれえ?あのオッサン、中づり広告の下のつり革につかまってる。なぜムリヤリ乗り込んだのかが謎。席に座ってれば、空いた席に座りたかったのか~って納得もできるけど。席取りゲームに敗れたか? まあ、どうでもいいや、オッサンなんか。俺は車内広告でも眺めるふりして何気に首を回して電車の中を見回す。ギュウギュウの満員電車に埋もれてしまうような女の子を、女の人を探す。……埋もれてたら見付けらんなくね?

到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。友だちとだってこんなにぴったりくっ付いたら「近い近い」ってことになるのに、今、見ず知らずの他人と体を密着させてる。でも触れ合ってるって感覚は、ない。感じてたらヤバイですけど。俺は念のため、下ろしてた左手もつり革を掴む。これか、満員電車バンザイ通勤。痴漢ちかん冤罪(えんざい)なんかで捕まってらんない。到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。同じ時間の電車に乗ってる人なら、会ってるはずなのに顔も知らない。顔なんてむしろお互いにお互いを見ないようにしてるもんな。殺人犯が隣に立っていたって目撃しない。地下鉄の窓の向こうの闇が鏡のように俺の顔を写す。

 ちっちゃいころ、電車に乗ってて、真っ暗で何にも見えないのにどうして窓があるのか、お兄ちゃんに聞いたことあったな。子どもって必ず靴脱いで座席に膝立ちで窓の外を眺めるから。そしたら、わざとらし~いビックリ顔で俺に聞き返してきた。

「何にも見えない?」

 オバケ的なアレでおどかすつもりだったんだろうけど、オバケだって見てみたい好奇心いっぱいの俺は窓に額を押し付けて闇を目を見開いて(のぞ)き込む。お兄ちゃんが窓ガラスに人差し指の先を付けて指す。

「お兄ちゃんとお前がいるよ」

 闇に写る、お兄ちゃんと俺。――お兄ちゃんはいつも俺のそばにいる。光がお兄ちゃんと俺をかき消した。駅のホームの(あか)り。駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、閉まりかけたドアがガッって音を立てて止まり、また開き、そして閉まると、電車が走り出した。

「やっべー。カバンはさまった」

女子の声。姿は見えない、ギュウギュウの満員電車に埋もれて。

「駆け込み乗車は危険ですのでおやめ下さい」

車内アナウンスが入り、女子の声が響く。

「マジか。激怒(げきおこ)されたじゃん。これ、あーしのせいじゃないのに。あんたがトロかったせいじゃね?」

「ごめん」

 って謝る友だちはここからでも見えた。白いセーラー服。JK。

「謝って済めばケーサツいらねーよ」

 そーゆーこと言うJKはギュウギュウの満員電車に埋もれて、見えない。そーゆーこと言ってると、お兄ちゃんが説教しそうでヤ。頼むから黙って。って思ったら、続きは聞こえて来なかった。俺、男女差別だということはわかってるけど、女子が男言葉でしゃべるのキライなんだよなー。「ワタクシ」「ですのよ」「なくってよ」「ほほほ」とまではいかなくても、フツーにしゃべって欲しい。「あーし」もなあ…男はどんなしゃべり方しても気にならないけど、女子は気になるのは「女は女らしく」って差別なんだろうなあ…到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。

いくつも駅を過ぎて山手線の乗り換え駅で大量に人が降りたら、そんなギュウギュウじゃなくなった。ふう。息をついて、つり革を片手持ちにする。男言葉のJKの姿も見えた。やっぱりちっちゃい。丸っこいボブヘアで白いセーラー服から丸見えの首。友だちのJKと向かい合って立ってスマホをいじっている。まさかLINEで会話してたらウケる。いや、マジでそうかもしんない。到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。二人ともバッグにでっけーぬいぐるみとかジャラジャラ付けてて、そりゃ駆け込み乗車で、はさまれるわ。俺は車内広告でも眺めるふりして何気に首を回して電車の中を見回す。ちっちゃい女の子を、女の人を探す。ドアにもたれた深緑のブレザーのJK。やはりでっけーぬいぐるみとかをジャラジャラ付けたリュックをだらーんと背中に垂らして、スマホを横向きにゲームやってんだろうな。ツインテールでシャツの襟元(えりもと)を開いてリボンをぶら下げた首。到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来る。ドア近くのつり革につかまってるから顔を前に向けているだけで、出て行く人と入って来る人のちっちゃいチェックはカンタンにできる。今の駅の出て行く人と入って来る人にちっちゃい女の子も、女の人もいなかった。電車が走り出すと、車内チェックを続ける。座ってる人の背はよくわかんないから気にしないことにする。だってみんなスマホの画面見つめて前のめりに頭下げてるからわかんない。立ってる人だけチェックする。つり革にぶら下がる、もこもこセーターにミニスカートのあの子、見るからにちっちゃいけど、爪先立ちみたいなヒールの高いブーツはいてて身長アゲアゲで、ふわふわウェーブのピンクっぽい髪を肩に垂らしてるから除外(じょがい)か。後ろ姿の明るめのグレーのスーツのOL。肩に掛けたシンプルな黒いバッグにはぬいぐるみひとつ付いてない。今、バッグはどうでもいいんだけど気になる…。髪をバレッタでひとつにまとめて、すっきりと出した首。――車内には三人か。電車が地下から地上に出て窓の外、ビルやマンションの(あか)りが広がる。さっきの駅で地下鉄・東京メトロC線からJR・J線に変身!(ヘンシーン)したこの電車。到着のアナウンスが車内に流れ、駅に着く。

 東京AY駅。二件目の事件現場。ちっちゃいチェックをしつつ、目を走らせるけど、特に刑事っぽい人が乗り込んで来たり、ホームにいたりってことはない。電車が走り出す。って言ってもスーツの男性・女性を刑事っぽいって設定しているので、今乗り込んできたスーパーの袋を持って空いてる席を探してウロウロしているオバサンが実は刑事という可能性もなくはない。探しているのは空いてる席じゃなくて犯人かも。お兄ちゃん、じゃなくて磨りガラスの向こうの全裸男(コードネーム)の捜査情報のダダ漏れ(リーク)の通り、ほんとに見当ちがいの捜査してんだな。電車や駅を捜査してない。でも、あの時、磨りガラスの向こうの全裸男(コードネーム)は警視庁の捜査方針を言ってないんだよなー。あと、被害者の爪から採取(さいしゅ)されてる犯人のDNAを無視してる理由も。

 東京KA駅に着く。俺たちの地元駅。地元自体は埼玉だけど、最寄り駅がここ。この駅を出て橋を渡って川を越えると千葉県。千葉県警察の管轄に入っちゃったなあ。って思ってるうちに千葉KM駅。三件目の事件現場。駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、やっぱり警察っぽい人は見かけない。ちっちゃい女の子、女の人も出て行かない、入って来ない。電車が走り出す。駅に着くたびに出て行く人の方が多くて入って来る人の方は少なくて、電車はガラガラになって来た。到着のアナウンスが車内に流れ、俺の前の席に座ってた男の人が立ち上がり、席が空いちゃった。すぐ動けなくなるから座りたくないな。俺の隣に立ってるスーツの女の人、座んないかな。座んないな。座ればいいのに。駅に着き、ドアから人が出て行き、また入って来て、電車が走り出す。空いた席の前に人が立ってると乗り込んで来た人も座れず、ずーっと空いたままという電車あるある。車内を見回して席に座ってもらうべきご老人、妊婦さん、子ども連れなどなどを確認する。いない。前を向いて鏡のように写す窓を見る。俺の隣に立ってるスーツの女の人、ゆるく内巻きにしたボブの髪がちょうど首の上で揺れててめっちゃ理想なんだけど、残念ながらちっちゃくない。何気に下を見ると、ぺったんこ黒のパンプスでフツーに背が高い。到着のアナウンスが車内に流れ、グレーのスーツのちっちゃいOLさんが俺の隣、背の高いスーツの女の人とは逆の方の隣、ドアの前に立ち、スマホでツイッターを指先でスクロールしてる。画面を覗き込んで伸びた首。

 ここまで来て、俺は迷った。この人か? 他にも二人いる。特に男言葉のJK。駆け込み乗車で迷惑をかけてる。男女差別だけど、あのしゃべり方は気に(さわ)る。でも。電車が駅に入る。俺は決めた。この人にしよう。

 千葉県KS駅。結構、他にも人が降りた。見失わないように近付きすぎないように俺はOLの後をついて行く。階段を上がり、改札へ向かって――俺はめっちゃ驚いた。すっげー明るくて、すっげー人がいる。初めて降りたけど大きい駅なんだな。改札と直通でデパートあるよ! こんな大きな駅がこんな所にあるんだなあ。って千葉県民に失礼か。今は都民ヅラしてる元・ダ埼玉(サイタマ)県民が千葉県をディスる。ヤバイヤバイ。OLを見失う。あ、いた。グレーのスーツが改札を通る。俺も改札を――通れない。ヤバイ。ICカード・オンリーの改札だよ。切符だってこと忘れてた。個人情報が載ってるパスモなんか使わない。コンビニでポイントカード使って身バレした犯人いたよなあ。俺がいつどこにいたかなんて証拠を残したりしない。精算しないでどこでも降りられるように終点・茨城TD駅までの切符を買って、ここまで来ればそんなにもったいなくはない電車賃…切符で改札を出る。改札に俺の切符は吸い込まれて誰かの切符に紛れ込む。刑事ドラマでやるよな。駅から切符をバサーッてもらって来て、犯人が使った一枚を探すってゆーの。こんなに大きな駅のたくさんの切符の中、俺の指紋の付いた一枚を見付けるのにどれだけの人員と時間がかかるんだろう。ちょっとOLから離れすぎた。グレーのスーツの背中――いきなり消えた。

 えっ?! 俺はめっちゃ多い人の中、ヘンに思われない程度の速歩きで行く。あ、ああ? こんな所に下りる階段がある。そっか、地上を走ってる電車の駅のホームから階段上がって改札を出たんだから、ここ二階なんだ。見下ろすとグレーのスーツの背中だけじゃなく、パステルブルーのスーツの背中が階段を下りていた。俺は全身の血が逆流して頭に上って足元が浮かび上がるような感覚に襲われる。俺の隣に立ってたスーツの女の人だ。肩に掛けたブランド物のハンドバッグ。ブラウンのボブのゆるく内巻きにした髪が一段下りるたびに揺れる、首の上で。その前を、グレーのスーツのOLが階段を下りている。

 こんな階段から下りなくても真っすぐ行けば広い駅前があって、デパートやビルが立ち並んでて二階から直通で入れて、地上に下りるエスカレーターもある。でも、この階段が「いつもの道」なんだ。俺は階段を下りる。

 大きな柱が何本も立っていて大きな駅を支えている。頭上の混雑が幻みたいにOLとスーツの女の人と俺しかいない。防犯カメラは階段を下りた所に、ひとつあっただけ。右側のコンクリートの壁の向こうが線路とホームでアナウンスの声が、後をついて行く足音を消してくれる。もし振り返られたとしても「女」だから警戒されることはない。左側には車道、ってゆーか、ここが元の駅前だったんだ、多分。頭上に駅前が作られる前の。OLは歩きスマホで画面の光がぼおっと見える。ここが地上だけど、頭上に駅があって地下を歩いてるようなものだからヤバイ暗さなのに、目の前は明るいから気になんないのかな。スーツの女の人はOLの後を歩いている。背中に近付き、両手を首へと伸ばす。俺は後ろから駆けて来る足音を聞いた。わざとドタドタ重い革靴で足音を響かせてんな。足音を聞いて、伸ばした両手は止まって下りる。あれ?もうひとつ足音が聞こ――電車の音がかき消した。俺は振り返る。お兄ちゃんがいる。お兄ちゃんはいっつも俺のそばにいる。

 駆けて来たお兄ちゃんはグレーのスーツのOLさんとパステルブルーのスーツの女の人の間に、ぬぼーんとした長身を割り込ませ――痛痛痛(イタイタイタ)。俺は背中に手首をひねり上げられる。

「警察です」

 うっわ~、お兄ちゃんはリアル警察手帳を見せる。おねだりしても見せてくれたことないのに。

「お忙しいところ申し訳ありません。少々、お話をよろしいでしょうか」

 リアル職務質問。リアル警視庁24時。あ、ここ千葉県警察の管轄か。リアル越境捜査!

「何ですかっ?!」

 ヒステリックに声を上げて、って言うのも女性差別かなあ。スーツの女の人は、OLさんの首へと伸ばしてた、お兄ちゃんの足音を聞いて下ろした両手を背中に隠す。あ、いいとこで電車の音が。電車の音が()むと、お兄ちゃんは職質しょくしつ開始。

「こちらにお住いの方ですか?」

「いえ」

 女の人はひとつ息をついた。

「買い物です」

「どちらで何をお買いになるご予定ですか?」

「まだ決めてないです」

「そうですか。お住まいをお聞きしてもよろしいでしょうか?お住まいがわかるものをお持ちですか?免許証やマイナンバーカードなど」

「持っていません」

「そうですか。では、お住まいのご住所を教えていただけますか?」

「――何なんですか、これ?! もう帰ります!」

 女の人は回れ右して、お兄ちゃんをよけて歩いて行く。

「どちらへお帰りですか?」

 ぬりかべのようにお兄ちゃんが立ちはだかる。

「どいて下さい」

 立ち止まらない女の人の肩がお兄ちゃんの腕に当たった。お兄ちゃんは女の人の腕を掴み、ってほど強くじゃないけど。腕時計の日時を読み上げる。

「十一月九日、二十時一分。公務執行妨害で逮捕します」

「何ですか!離して下さい!訴えますよ!」

 リアル職務質問からの~リアル公務執行妨害からの~リアル逮捕。フラッシュが光った。OLさんがスマホで写真を撮って、フラッシュに照らされたお兄ちゃんは苦虫どんぶり一杯、噛みつぶした顔してた。わざと自分にぶつからせて逮捕なんてやり方、お兄ちゃんは自分で自分が許せないよな。でも、犯人が首を絞め始めるのを待ってから逮捕なんて絶ッ対にできない。

「おそれいりますが、今の写真、消去していただけますか」

「え。今、ツイッターに上げちゃった」

 犯人逮捕なう。それが自分の首に両手を伸ばしてた犯人だってことを知らないちっちゃいOLさんが()っきいお兄ちゃんを見上げるリアル上目づかいのポカン顔をスマホの画面の光が照らしている。

「すみません。ツイッター削除していただけますか」

「え~~~~~~!」

 なんてやってるうちに拡散してるんじゃ

「何これ!私、何にもやってないじゃないですか。何で逮捕されてるんですか?私。わけわかんない。冤罪(えんざい)ですよ! あなたも!名誉棄損で訴えてやる!」

 女の人は叫び、お兄ちゃんに掴まれてない方の手をOLさんに伸ばす。伸ばしても届かない。危害を加えることのない距離まで犯人を引き離してお兄ちゃんが逮捕してるから。え~、さっき「帰ります」って歩いて行ったのをすぐ止めなかったのは、そーゆーこと?

「暴力を振るうと傷害罪になります」

 女の人に言うと、お兄ちゃんはOLさんに、え?え?え? OLさん、手に持ってるスマホの画面の光に照らされた顔、目がハートマークになってる。お兄ちゃんはOLさんに言う。

「そういうことになりかねませんから、ツイッターは削除していただけますか?」

 こくこく、うなずくOLさん。お兄ちゃん気付いてないだろうけど、ホレられてますよっ! ――あ、そうか。OLさん目線だと、私を守ってくれた的な

「……もう拡散しちゃってる」

 ちっちゃいOLさんがスマホを持った手を上げて見せる画面の光に照らされた()っきいお兄ちゃんは苦虫どんぶり二杯目を噛みつぶした顔をしている。

「とりあえず、あなたのツイッターは削除していただけますか」

「は~い」

 OLさんカンペキにデレてる。OLさんがスマホでツイートを削除するのを見下ろしてるお兄ちゃんの紙辞書(かみじしょ)に「デレる」という言葉はない。

「少々お話をお伺いしたいのですが、警察までおいでいただけますか?」

「カツ丼ですか?!」

 お兄ちゃんに言われてOLさん、ごはんに誘われて喜んでるようにしか見えないんですけど。お兄ちゃんは、ごにょごにょ答える。

「それはあくまでもドラマなので……」

 続きを思いつかないお兄ちゃんを救う電車の音が響く。

「先輩まちがってます!」

 電車の音にかき消されず、俺の後ろで叫ぶ声が響いた。痛い痛い痛い。背中にひねり上げられた俺の手首を掴む手に強い力がこめられる。

「こいつが犯人じゃないですか! そちらの女性は狙われてたんですよ!」

 お兄ちゃんがこっちを見た。お兄ちゃんのいる所からひとつ離れた柱の陰から引きずり出される俺を。

「それはバカと天才の紙一重(かみひとえ)のバカってだけ」

 電車が行き過ぎて静かになった瞬間にお兄ちゃんのつぶやきは響いた。他人に聞かせるつもりのなかった独り言が、たまたまのタイミングで響いちゃっただけで、リアルツイート(つぶやき)のリアル誤爆みたいなもんだけど、弟を「それ」呼ばわりして「バカ」って~!

「何わけのわかんないこと言ってるんですか! 犯人はこいつです! だってこいつをマークしてたんですよね?先輩。こいつのマンションからここまで()けて来たんじゃないですか!」

 俺の背中で手首をひねり上げたまんまの後輩がガアガア言い続ける。この人、お兄ちゃんといっしょにいたんだろ。俺がいた柱の陰の、もう一本後ろの柱の陰にいて犯人がOLさんの首に両手を伸ばしたの見てなかったのか?

「こいつ柱の陰で、どっちの女にしようか選んでたんですよ!」

 俺を犯人と思い込んで、俺しか見てなかったのか。後輩の教育がなってないんじゃないいですか~?お兄ちゃんはスーツの胸ポッケから自分のスマホを出し、しまって、また出して音声認識で警視庁の管理官に電話をかけ始めた! 原始人がスマホを使いこなしてる! え?え?え? 出して、またポッケにしまったのって、指紋認証した? 片手持ちじゃ指を押し付けられないから? いつの間にか原始人が進化してた! 管理官と話し終わると、音声認識で電話を切り、約八時間前は全裸だった今はスーツを着た進化した原始人はこっちを見た。ここで全裸だったら犯人逮捕以前に自分逮捕だけど。お兄ちゃんは何も言わない。黙っている。――……えーと、言うこと考えてるけど、何にも思いつかないのかな~? ありえる。


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