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歩きスマホ撲滅小説  作者: 切羽未依
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今までの事件

 はー、もー、疲れた。リビングルームのドアの上の時計を見上げる。三時回ってるよ! 起床二時十五分で、身支度に十五分として、三十分、わちゃわちゃしてたって、なんて仲のいい兄弟なのでしょう。じゃねーよ! ちょっとメイド服でからかうつもりが、コスプレに対する兄のヘンタイ度を俺のスカウターは見誤っていた。でもおこづかいもらっちゃった。今後、何かおねだりする時はコスプレか!…やめとこう。これ以上ヘンタイが進行したら、生え際の侵攻と(デコ)の拡大化と同じくらい大問題だ。メイド服のまま、スカートをばっさー広げてイスに座り、テーブルの上のスマホを取り上げる。捜査情報と交換って言われたってここにスマホあるんだから、取って文化祭の写真見ちゃえばいいのに、マジメなんだからな。課金内サービスってことで待ち受け写真とツーショット写真は撮ったげたけど。放置してたスマホは自動ロックがかかっている。そっか。見らんないか。パスワードでロック解除したスマホに入力する。検索「J線 殺人現場」。指紋認証で音声認識のスマホ欲しいなあ。早速コスプレか!

 ガンガン写真が上がってる。殺人現場とか事故物件とかの写真、多いなあ。物騒なのか、J線沿線。なんて言うと訴えられそうだから、東京都から千葉県を通って茨城県まで至る長~い路線だからってことにしとこう。「日本一長い路線」で検索したくなるけどやめとく。写真を検索条件を付け足して絞り込む。

 「九月二十四日 木曜日 茨城県 TD駅」何にもない路地。

 「十月五日 月曜日 東京都 AY駅」ビルとビルが背中を向かい合わせに建っている間の道。

 「十月十三日 火曜日 千葉県 KM駅」工場の高い塀と細い川に挟まれた脇道。

 駅前にありがちな路地とかビルとビルの間の道とか脇道とかって見るからにちょっとこわいなって思うような場所でも、通勤通学の近道だったりして、歩いてる本人にとっては「いつもの道」だ。だから何も警戒しない。意識さえここにない。歩きスマホでLINE、ツイッター、インスタ、ゲーム、動画、音楽に心を奪われて、足を動かして「いつもの道」を歩いているだけの空っぽの体。

検索「J線 乗り換え」――ほんとに便利だな。時刻表だけじゃなく、電車のドアがどの出口に一番近いか、おうちにいたまま知れる。下見なんか必要ない。スマホの画面のJ線の路線図を指先でたどる。今日は、どの駅で降りる?

 お兄ちゃんが『連続殺人事件』に気付いてしまったのは、十月十五日 木曜日。朝ごはんを食べながら新聞を読んでて俺に言った。

「お前も気を付けろよ、学校の帰り道。もう日が短くなって暗い、んだ、か、ら…」

人に何か言ってる最中にイッちゃわないで欲しい。新聞から顔を上げたお兄ちゃんは何もない中空をにらみつけ、すっとイスを立った。万が一、兄に霊能力があったら数珠(じゅず)をジャラジャラ、真言(しんごん)を唱え出すところだけど、フツーにリビングルームを出て行く。あーあ、広げたまんまの新聞の端、おみそ汁に()かっちゃったよ。端を持ち上げてふきんで拭いて、新聞にざーっと目を通す。「高校生」という見出しが目に付いた。「高校生、殺害か」千葉県M市。路上で高校生が倒れているのが発見された。警察が死因を調べている。俺は新聞をたたんでテーブルに置き、朝ごはんの続きを食べる。今、お兄ちゃんは東京都A区の高校生の殺人事件の捜査をしている、と思う。とにかく捜査情報を刑事ドラマのように家庭でベラベラしゃべったりしてくれないので、殺人事件のニュースがあって、お兄ちゃんが「しばらく晩ごはんいらないから」「夜、帰って来なくても気にしなくていいから」「しばらく帰って来らんないから戸締り・火の始末には気を付けなさい」うち、オートロックでオール電化だから。ってお家に帰れない率が高くなってゆくのを見て、あの事件を捜査している、らしいと思うだけで。お兄ちゃん、自分の部屋に溜め込んでる新聞を見に行ってるんだろうな。あの人の辞書には「スマホで検索」という言葉はない。辞書も紙の辞書だから、電子辞書じゃなく。で、見付けられてしまったのが、茨城県TD市の事件。日本の警察組織というのは、社会学者・丸山眞男が言うところの「タコツボ社会」で、隣り合っていても、東京都の事件は警視庁で、茨城県の事件は茨城県警察で、千葉県の事件は千葉県警察で、それぞれ捜査されてお互いがお互いの事件を知ることはない。お兄ちゃんに気付かれなかったら、これが『連続殺人事件』だってわからないままだったはずなんだ。そして合同捜査本部が立ち上がって、一時期、新聞・テレビ・ネットで女性ばかりを狙った絞殺魔って騒がれたけど、三件目の事件から半月も過ぎて今、磨りガラスの向こうの全裸男コードネームの捜査情報ダダ漏れ(リーク)によると、警視庁・茨城県警察・千葉県警察の捜査方針は足並みが揃わず、何の進展もなく、新しいネタのないニュースは忘れ去られてゆく。「殺人」ってニュースになるけど、逮捕って大きな事件じゃない限りニュースになんないんだよな。お兄ちゃんがフツーに家に帰って来るようになって、犯人逮捕できた、らしいと思うだけで。

 スマホをテーブルに置いてイスを立ち、自分の部屋に行く。ドアを開け、カーテンリールに掛けたハンガーに洗濯バサミで止めた制服のスカートを見て、ばっさーっとメイド服のスカートを広げ、その場に崩れるように俺は座り込んだ。ショックの表現を盛っちった。てへぺろ。ショックはショックだけど。これ、お兄ちゃんに見られたか? お兄ちゃん、俺の部屋に入ってないよな?入る必要ないもんな。もし見たなら何か言うはずだ。でも、寝起きに俺のメイド服見て、制服でも女装したのかって一人納得したなら何も言わないか。メイド服でお兄ちゃん驚かすのに夢中で、制服のスカートのこと、すっかり忘れてた。お兄ちゃんは見てない。俺は決めつける。決めつけなきゃ「もしもしお兄ちゃん? 俺の部屋で制服のスカート見たかもだけど、それ、文化祭の後夜祭でシャレで着たやつだから!」って今すぐ電話かけて自分で掘った墓穴に落ちて埋まっちゃいそう。俺はメイド服を脱ぐ。見られたとしても、制服のスカートの意味に気付くもんか。メイド服をベッドに広げてたたんで、スーパーの袋に入れて、明日忘れずに学校に持って行くようにバッグといっしょに机の上に置く。明日は午前中は文化祭の片付けで、午後は物理と日本史。教科書・ノートは学校のロッカーの中。予習の必要はなし。机の上の時計を見る。十五時五十二分。まだ家を出るにはゼンゼン早い。お昼寝しようかなあ……――俺は自分の今の姿を見下ろす。タンクトップにパンツの俺、全裸の兄と布一枚しか大差なくない?

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