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歩きスマホ撲滅小説  作者: 切羽未依
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兄と弟

「学校はどうした?」

 俺は見てたスマホをテーブルの上に画面を伏せて置いてから、電源を切るかロックすればよかったと後悔する。今さらやっても目に付くだけなので、このテーブルに近付かせなければいい。リビングルームのドアを開けてお兄ちゃんが立っている。ヨレヨレシワシワのドブネズミ色のスーツ。肌色多めの分け目が気になる七三分け。日当たりのいい何にも邪魔するものがない所に置いとけばこんなに伸びるんですか?ってくらい、ぬぼーんと背は高くて手足は長くて、世界に占める表面積は大きいのにいっつも気配がないのが、疲れ果てて存在自体うすーくなって今にも消えちゃいそう。

「おかえりなさい」

「学校はどうした?」

 お兄ちゃんは繰り返す、一文字一文字にアクセントを付けて。やめて~、取り調べ口調。本日十一月九日・月曜日。お兄ちゃんの頭上の壁の電波時計を見る。十一時二十七分四十一秒、二秒、三秒・・・今、この時、家にいることに何らやましいことのない俺は自供する。(罪の告白ではないので「自白」ではない)

「文化祭のお疲れ休み」

「あああああああっ」

お兄ちゃんがこの世の終わりが来ちゃったみたいな叫び声を上げて頭を抱える。

「ごめん。忘れてた」

涙目で謝罪されても。

「覚えてても来らんなくない?」

「行けなくてもだな、覚えてれば『今ごろ、がんばってるかな~』って思う楽しみがあるんだよっ!」

 兄の弟スキーにはヘンタイ臭がする・・・

「文化祭、結局、何やったんだ? 写真撮っただろ。見せて」

 っと。お兄ちゃんという名のヘンタイがリビングルームに一歩を踏み出す。俺はテーブルに画面を伏せたスマホの上に反射的に置きそうになった手を、膝の上で握りしめる。俺は言った。

「その前に。おフロ入るなら入ってくれる? 今着てるの、洗濯しちゃうから」

 お兄ちゃんの足は二歩目で止まった。

「あ、ああ。いつもありがとう」

 頭を下げる、ってゆーより、うなだれているようにしか見えないんですけど。ってゆーか、頭頂部のつむじの方は肌色多めじゃなくて、弟、安心したんですけど。

「さっき洗濯物干し終わったばっかだから、腹わた煮えくり返ってるけどね、このタイミング」

 窓際の室内用物干しの洗濯物を指さす。防犯上、在宅・不在や家族構成を知らせる洗濯物は外に干しちゃいけないんだって。俺は立ち上がって、奥のキッチンの壁のおフロの給湯器のスイッチをON.

「おフロの残り湯もお洗濯で使っちゃったよ」

「ごめん。――フロはいい。シャワーだけで。今、フロに入ったら沈む」

 お兄ちゃんの顔はゾンビのように顔色悪くて、寝不足で一重まぶたは重く垂れ下がり、目の下クマクマで、にらんでいるを超えて、怨んでいるようにしか見えない。夜通し駅前パトロールかな。と思いつつ、給湯器のスイッチOFF。

「この時間に洗濯物干し終わったって、ちょっとお寝坊さんだな。お休みだからってよくないぞ」

 お説教は右耳から脳みそはワープして左耳へスルー。高校生になったっていうのにいつまでも子ども扱い。あーあ、お昼は兄のいぬ間のカップラーメンにしようと思ってたのになあ・・・。カップラーメンは体に悪いって禁止されてるから、弟はお家の買い物とは別レシートにして、自分のおこづかいで買って自分の部屋の机の引き出しの奥に隠している。

「ごはんは?」

「それより寝たい。悪いけど、おむすび結んでくれるか。持ってくから」

「はい」

「悪いな。お疲れ休みなのに」

 「お疲れ休み」と口にして文化祭を思い出したのか、テーブルの上の俺のスマホに目をやる。俺は言う。

「見るからに煮詰まってんねー、連続殺人事件の捜査」

 すると、お兄ちゃんは口を真一文字に引き結び、回れ右してリビングルームを出て行く。閉じるドアの向こうに言葉を投げる。

「刑事ドラマなら、ここでダメ刑事な兄がアタマいい弟に捜査情報ベラベラしゃべって、推理してもらうとこだよ~」

 ドアの向こうから警視庁捜査一課の刑事であるお兄ちゃんの答えは、ない。よかった。行った行った。俺はテーブルに戻り、伏せて置いたスマホを取り上げる。真っ黒な画面にタッチすると浮かび上がる、笑顔。――今日、殺されるなんて知らない笑顔。犯人は未成年だとか何とかかんとか実名報道が問題になるけど、被害者は全年齢無条件完全実名報道だもんな。検索すればSNSで、本人が自分で(さら)してる個人情報を何でも見られる。殺される数時間前の笑顔の写真も。一人目のショップ店員。二人目の高校生。三人目の高校生。ショップ店員が働いてるお店を晒してるのは宣伝として、高校生はさすがに校名を晒してはいないけどバッグや部活Tシャツに書かれてるんだよな。気が付くとスクロールする指先は写真に写る首に触れていた。長いキラキラのネイルの指で髪をかきあげて見せる後ろに()った黒い花のタトゥーを見せる首。髪は短くて、日焼けした首。いつもは髪を下ろしてるのに部活の時だけはポニーテールにして、むき出しになる首。女性ばかりを狙った連続絞殺事件。

 俺は画面を閉じ、履歴も全部削除して、スマホをテーブルに置いた、電源も切らないロックもしない画面を表にして。これがいつもの俺。さっき伏せて置いたの、お兄ちゃんの目に付いてないといいけど。リビングルームから廊下に出ると、バスルームのビシャーッとシャワーの音が聞こえる。お兄ちゃんの部屋から下着とパジャマを持って来て、バスルームのドアを開け、脱衣所兼、洗濯場に入る。わざわざお兄ちゃんのゾウさん(パオ~ンッ)を見たくないけど、洗濯機は回しちゃいたいので、シャワーを浴び始めるまで待ってた。さすがに洗濯物、干し終わったばっかで、カゴの中に新たな洗濯物見ると、殺意を覚えるな~。シャワーの音が止まる。ドンッと壁を殴る音が響いて、俺はびくってなった。やさしいお兄ちゃんに潜む凶暴。ないない。そんなの。めっちゃ捜査、煮詰まってんな~。

「犯人は防犯カメラに映ってるのに…」

 何だ、それなら早く捕まえてくれればいいのに。

「それ無視して、茨城は男性関係ばっかり追ってる。千葉は前科者(まえ)と不審者ばっかり追ってる」

 お兄ちゃーん、捜査情報が磨りガラスの向こうからダダ漏れですよ~。身バレしないように音声変えてもらえますか~。

「これだから合同捜査本部なんか立ち上げたくなかったんだよ。マスコミが騒げば、犯人、鳴りひそめるよ。他県の捜査情報、チラ見させてもらうだけでよかったんだ」

 ドン。力なく拳を壁に打ち付ける。

「警視庁ってだけで目の敵にされる・・・」

 くちゅんっと、くしゃみをして、シャンプーでガシガシ頭を洗い始める。頭皮と毛根を痛める洗い方しないで! 容器そのままで中身をスカルプケアに変えたのに、意味ないなー。匂いが変わったくらいしかお兄ちゃんは気付いてないにちがいない。それでも警視庁捜査一課の刑事か!ジャバーッとシャワーで流し始める。俺は抜き足差し足忍び足でバスルームを出る、洗濯物は放置で、お兄ちゃんの下着とパジャマは持ったまま。俺がここに来たのがバレないように。

 下着とパジャマをお兄ちゃんの部屋に戻し、リビングルームに戻って、キッチンで考える。おむすび結ぶならお米炊いた方がいいよな。あーあ、お昼は兄のいぬ間のカップラーメンにしようと思ってたのになあ。冷蔵庫の冷やごはんチンして、スープぶっかけちゃうううう。俺は深いため息をつき、炊飯器からお釜を取り出し、お米を入れたボックスを開ける。何合炊くかな。今日の晩ごはん――いらないか。じゃあ、二合。お米をカップで二回すくって入れて、ボックスを閉める。流しでお米を()いでいると、リビングルームのドアを開けて全裸の男が侵入してきた、バスタオルで頭をガシガシ拭きながら。だから頭皮と毛根を思いやって! お兄ちゃんはタオルをかぶったまま、冷蔵庫を開けて麦茶を出し、俺はグラスを渡した時に、ゾウさん(パオーンッ)を目撃してしまった。男兄弟二人暮らしだからいいけどね! リビングルームに来る前に自分の部屋に寄ってパンツくらいはくとか、今さら一枚洗濯物が増えたって怒んないからバスルームにあるバスタオル腰に巻くとかして欲しい。お兄ちゃんは麦茶を二杯飲むと、すまなそうにグラスを流しの台に置く。

「洗ってくれる?」

「はい」

「ごめんな。文化祭のお疲れ休みなのに、お兄ちゃんの面倒見てもらっちゃって」

「ううん。いいよ。寝て。何時に起こす?」

 って弟が聞いてるのに、兄はキッチンのカウンターの向こうのテーブルの俺のスマホに視線はロックオン。お兄ちゃんの中で「寝る」と「文化祭の写真」の選択が行われ、俺のスマホから視線を逸らすと、麦茶を冷蔵庫に戻した。俺の写真より寝る方を選ぶのかようとは思ってはいけない。寝た後のお楽しみって思ってるんですよ!まちがいなく。

「文化祭の写真なら捜査情報と交換だからね」

「それはプライスレスな取引だな」

 どうせ捜査情報を交換に差し出すことのできないお兄ちゃんはもう一度、俺のスマホを思いっきり物欲しげに見てから、タオルを頭にかぶり、こらえてもあふれ出す涙を隠す。ウソウソ。お兄ちゃんはリビングルームのドアの上の時計を見る。十二時九分。

「二時・・・二時十五分に起こしてくれるか」

「はい」

 何その中途半端な時間。とは思ったけど、その十五分が貴重なんでしょーね。

「おやすみ」

 と言うお兄ちゃんに、真っ昼間だけどね。と内心ツッコミを入れて俺は返す。

「おやすみなさい」

 お兄ちゃんがリビングルームを出て行った。俺はお米の水を量って、お釜を炊飯器に入れる。スイッチON。食べていいかなあ、カップラーメン。でも、ニオイでバレるよなあ。窓開けても、換気扇回してもバレるよな。きゅるるるるるると切なく腹の虫が泣いた。

 炊飯器がお米を炊いてくれてる間に、洗濯機に洗濯してもらって、洗い(おけ)をバスルームに出してスーツとネクタイを手洗いする。いつもは夜、おフロのお湯を溜めつつ洗うんだけど、今日はできそうもないからな。お兄ちゃん、クリーニングのノリがキライだから。俺もだけど。弟が手洗いして、アイロンかけるんですよ! 高校生でMYアイロン台を持ってるヤツ、いるか? 中二からご愛用だぜ。毎日のクリーニング代考えると、手洗い0円だからなあ。――俺の労働0円ですか! どうして刑事(デカ)の制服ってスーツなんでしょうね。これほど動きづらい服もないと思う。一生懸命アイロンかけてるのに、帰って来るとヨレヨレシワシワで、お兄ちゃんどんな動きしてんの。きゅるるん、お腹が鳴った。お腹空かせて兄のスーツとネクタイ手洗いしてる弟って、泣けるわ~。ごはんにカップラーメンのスープぶっかけちゃう夢が破れた今、お昼、何、食べようかなあ。とりあえず白いごはんに何かをぶっかけたい。おみそ汁はないからなあ。しかし、ごはんにおみそ汁をぶっかけるのはNGなのに、おみそ汁にごはんを入れて火入れたら「おじや」と呼ばれて許されるのはなぜなんだ! おみそ汁ごはんは、お兄ちゃん自分でもやるから、何にも言わないんだよね。大人ってズルいよね。ごはんに大葉みそをのせて、お湯をかけたら、それっぽくなんない? あ、でも大葉みそなら、焼きおむすびにした方がいいよな。あ、よだれが洗い桶に落ちちった。俺のDNAが。あ、でもよだれ自体からDNAが取れるわけじゃなくて、よだれに口の中の、はがれた組織のDNAが混ざってるんだって。・・・・・・DNAか。俺のDNAなんかこの家から取りたい放題だから、そんなことないと思うけど、お兄ちゃんが代わりにDNAを採取(さいしゅ)されることなんかあるのかな。兄弟が犯人であることを証明するために。


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