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最後の亡命者

 赤色と青色の二機の飛行機が、高度2000メートルを線路沿いに飛んでいる。この高さが竜の主な飛行高度だ。下方視界は死角があってあまり高度を取ると竜を見落とす可能性があるので、戦闘での優位より索敵を重視した。

『で、見つけたらどう仕掛けるよ?』

「どうするかな……」

 ジャンが尋ねてきたが、特に考えがあるわけではないので返事に困った。そういえば二機以上で組んで竜と戦った事がないし、二匹以上を一度に相手した事もない。

「え? 大尉どのが祖国を奪ったドイツへの怒りと憎しみを超パワーに変えたなんかすごい怪力線を八つ当たりめいて竜にぶつけて瞬殺するんじゃないんですか?」

『お前さん自分が何言ってるのかわかってんのか!?』

「えーできないんですか。使えな……アドルフォ様も何のために雇ったんだか」

『なあカルロ、なんかその娘、ワシに対しての当たりキツくねぇか?』

「たぶん、自業自得なんだろうな……」

『まだあの件を根に持ってるのか……本人でもないのによ』

 フランチェスカはきっと、最初に出会った時の出来事を許していないのだろう。あの時もバールでジャンを殴り殺す気だったらしい。当の被害者本人であるカルロ自身は別に気にしていないのだが。

「それよりジャン、大尉だったなら編隊の指揮とかしてたんじゃないのか?」

『そうは言うが、空軍で訓練したのは人間の飛行機が相手として想定されているフォーメーションと戦法だからな。それに、竜を相手にする武装民間機を始めてからは一人だ』

「そうか」

 カルロも元空軍パイロットとはいえ下士官で、長機ではなく僚機としての経験しかないため何も言えなかった。

『とりあえずは戦力の分断だな。親子を引き離す、あたりか』

「そうだな」

「それ、鬼畜の所業ですよね」

 あえてスルーしていたことを、フランチェスカは言った。

『む』

「どうした?」

『竜だな。大きいのと小さいのといる。11時方向上だ』

「あ、なんか黒い点が大小二つ右に向かって……あれですね!」

 フランチェスカも確認したようだ。

「まずいな……こっちと接触する前に列車が狙われなけりゃいいが……」

『ワシが先に行って親の方を引きつける。十分に引き離せたらそっちがはぐれた子の方を殺せ』

「言い方!」

 とはいえ、いちいち言葉を選んでいる意味はない。どう取り繕ってもやることは変わらないのだ。

『まあ引きつけるとは言ったが……そうだな、別にアレを落としてしまっても構わんのだろう?』

「ああ、遠慮はいらないぞ」

「なんか負けそうな予感がしますね」

『おい待てや』

 それはさておき、ジャンが親竜を引きつけている間に子竜をカルロとフランチェスカで倒し、その後二機がかりで親竜に挑むという、ふわっとした感じの方針が決まった。

 それに従い、ジャンのMS.406が右上に向かって加速し、上昇旋回を始めていく。

 ただ、このサジタリオ号の運動性能でジャンと竜の空中戦についていけるとは思えないので、ジャンには有言実行で頑張ってほしい。

 そして、こちらも自分の仕事をしなければ。

「フラン、左だ。子供の方のケツにつくぞ」

「やだ、カルロ様にそんな趣味が……」

「ねぇよ!」

 軽口を交えつつ、機体は左へ旋回した。親竜がジャンと接触すれば、こちらはその視界に入らないだろう。


「大尉どのが始めました」

「そうみたいだな」

 3時方向に見える黒い点になったジャンの機体が、同じく黒い点に見える竜と戯れるようにうごめいている。

 その方向をずっと見つめている幼い竜は、まっすぐそこへ向かっていた。

 一生懸命、親の元に追いすがろうとするそのいじましい姿を確認できる距離まで近づいているが、こちらを気にする素振りはない。もしかしたらまだ気付かれていないのかも知れない。

「後方斜め下につけろ」

「はい」

「機銃を使うぞ」

「……わかりました」

 緊張とも恐れともとれるような、そんな感情がこもった返事をカルロは聞いた。

 本来なら竜を撃つのは、後席のカルロの仕事なのだが、追いかけられなければ目の前のこの対戦車銃に出番はない。

 フランチェスカが機首の機関銃で竜を狙って撃つのは初めてだ。ましてやその目標が竜とはいえ子供である。躊躇いもあるだろう。初めて竜を撃つ彼女にそんなやり辛いことをさせてしまい、申し訳ない気持ちになった。

 前方上にいる小型の飛行機より一回りも二回りも小さな幼い竜は、親を求めそれに向かってひたすら直進している。初心者の射撃の的としては絶好の動きだ。

「弾丸で帯を作って、目標の前に広げるように撃て。直接当てるように狙うな」

 フランチェスカが上向きの角度に機体の姿勢を動かす。

 集中しているのか何の返事もない。

 沈黙。

 エンジンの音だけが響いている。

 小刻みに機体が揺れる。

 狙いが定まったのか、その揺れがおさまった。

「ごめんなさい!」

 その言葉と同時に、何故か機首の左側に偏って装備されている、3門のブレダSAFAT 12.7ミリ機関銃の放つ光の帯が幼い竜の前方へ向かっていく。

 何も気付かないままにまっすぐその帯に突っ込んだ竜は銃弾を浴びて苦痛に喘ぎ、母に助けを求めるかのような悲しげな叫びを上げる。それは、エンジンの音でかき消されることはなかった。

 そして、成体にはない柔らかさを持つ幼子の腹で、命中した榴弾がいくつも爆ぜた。

 花火のように、竜だったものが欠片となって広がっていく。

 四散したその肉片の一つが右の主翼に当たって一瞬貼り付いたが、そのまま気流に流されて飛んでいった。

 よくやった、とカルロは声をかけようとしたが、フランチェスカにそんな雰囲気は感じられないのでそれは憚られた。

 彼女は無言のままでいる。自分の手で初めて殺した竜が目の前でバラバラになるところを見て、ショックを受けているのだろう。それが子供であったことによる罪悪感も添えて。

 何の躊躇もなく竜に向かって引き金を引けるカルロですら、さっきの子供の竜の悲しそうな叫び声を聞いて少し心が痛んだ。性根の優しい彼女なら、自分なんかよりももっと心を痛めているはずだ。

 褒め言葉よりかは必要であろう言葉をかける。

「大丈夫か?」

「何がですか?」

 強がるような、そんな声色の返事が返ってくる。

 これは、今はもう何も言わずにそっとしておいた方がいいのだろう。


『竜がそっちに向かうぞ! 注意しろ!』

 ジャンのダミ声が唐突に耳に響く。子の最期の叫びを聞き逃さなかった親竜が、その仇を取らんとばかりにこちらに向かってきている。

「まっすぐこっちに来るなら好都合だ。そのまま後から追いかけて撃て!」

 怒りにまかせて竜の動きが直線的になれば、まともに訓練をしている軍人であれば狙い撃つのは簡単である。20ミリ機関砲なら、弾かれる事もなく容易く落とせるはずだ。

『おう、任せておけ!』

「フラン、ケツまくって逃げるぞ」

「え? ケツ?」

「そこだけに反応すんな!」

 たとえ空元気だったとしても、いつものノリが少しでも感じられるのはいい。

 一応全部聞いていたようで、機体は竜に背を向けるように翼を翻した。

 カルロは身を乗り出し、気流を浴びながら対戦車銃に取り付く。万が一に備えて、いつでも撃てるように準備した。

 真後ろにいるゴマ粒の大きさに見えた竜が、徐々にそのシルエットを浮かび上がらせつつ大きくなる。姿は見えないが、その後にいるはずのジャンが竜を撃っている様子はまだない。絶好の位置についているはずである。

「どうした、まっすぐ飛んでる相手にすらまともに狙いをつけられないのか!? それとも自慢のモーターカノンが故障したのか!?」

 カルロは、愚痴代わりにジャンを煽った。

『すまねぇ! あいつ速くて全然追い付けねぇから、そっちで頼むわ!』

「マジかよ!」

 あの機体の加速力の低さは、自分で乗ってみた時にも感じていた。しかし瞬間的に引き離されるならともかく、最高速度時速500キロメートル弱の戦闘機が速度で負けて竜に追いつけないなんて話は聞いたことがない。が、とにかくあの竜はこちらより速く飛べるのが目の前の現実だ。もしかして子供を殺された怒りと憎しみを超パワーに変えたのか。

「しょうがない、いつもとやることはかわらないか。フラン、速度を上げろ」

「わかりました」

 サジタリオ号が緩やかに降下しながら加速する。相対速度を落として追い付かれるまでの時間を稼がないと、あっという間に近づかれたのでは狙う暇がない。

 カルロはスコープを覗いた。竜の姿がくっきりと映っているが、撃つにはかなり遠いのでもっと引きつけなければならない。

 距離が遠いと命中率だけでなく、弾丸のエネルギーも失われて貫徹力も低下する。弾が当たっても、硬い表皮を貫通できなければ竜は倒せないのだ。

 竜の姿が急激に膨らんでいく。

「もう30ほど速度を上げろ」

 カルロは増速の指示を出す。

 あっという間に近づかれてもダメだが、かといって速すぎると距離が縮まずに有効射程内に入らないし、全く追いつけなければ竜が諦めてこちらを追うのをやめる可能性もあるので加減が必要だ。

 機体が増速したので竜の姿が大きくなるスピードも緩やかになる。しばらくすると、竜が憤怒の形相をしているのがスコープ越しにはっきり見えるようになった。

「カルロ様まだですか? そろそろ高度が」

「もうちょっと」

 緩やかとはいえ降下しながらなので、ずいぶん高度が下がっている。

 スコープの中心に竜の額をとらえたが、機体の振動と竜の動きですぐにぶれる。もう少し近づかないと確実な命中が期待できない。

「それにこれ以上近づかれると火が」

「大丈夫だ」

 竜の吐く炎は火炎放射器と同じような原理だ。この速度では竜が火を吹いてもこちらには届かず、吹いた本人がその火に突っ込んでしまう。竜も所詮獣とはいえ、そのくらいの知能はあるだろう。

 スコープの中の竜は大きくなり続けてはみ出て見え、さっきよりかなり接近していることがわかる。これ以上接近されると狙っている間に追いつかれるが、これ以上速度を上げると大きく機体が振動して照準を不可能にしてしまう。そろそろ、勝負を決めないといけない。

「まだですか!?」

 フランチェスカが悲痛な叫びを上げた。だが、それに構っている暇はない。

 大きく息を吸い込む。

 狙いが定まった。

 そのまま息を止め、すぐに引き金を引く。

 光と音と煙が、銃身の先端にあるマズルブレーキから発生した。

 銃の本体から排出された大きな薬莢が、あっという間に後ろへ流れていく。

 同時に、機体側だけで吸収しきれなかった反動がカルロの肩を襲う。

 一昔前の戦車なら余裕で撃破できる20ミリ徹甲榴弾が、迫りくる竜と正面衝突した。

 弾は額をはずれて左まぶたの上あたりへと命中する。その表皮と内側の頭蓋骨を貫いた徹甲榴弾が頭の中で炸裂した。

 竜は断末魔の叫びを上げる間もなく、頭の皮と骨と中身の欠片を派手に撒き散らす。

 そして生命を失った竜は、この世界の単なるオブジェと化してまっすぐ大地へ向かっていった。

「よし、引き起こせ!」

「了解っ!」

 フランチェスカの威勢のいい返事とは裏腹に、機首が上がらない。このままでは機体の引き起こしが間に合わず地面に衝突する。

「どうした!?」

「操縦桿が重くって!」

「頑張れ!」

「そんな適当な!」

 と言われても、こちらからは応援以外に何もできない。

「ぐぬ」

 その漏れた声で、一生懸命力んでいるのが伝わる。

「ぬぐわああああああああああああああああ!」

 フランチェスカが、彼女の口から聞いたことのない大きな唸り声を上げると、機首がぐっと浮き上がる。

 機体がもう少しで木立に引っ掛かりそうな、そんな低い高度でようやく立て直ったので冷や汗が出た。

「あぶねぇ」

「何とか助かりましたね……」

 持てる力を使い果たしたかのような、フランチェスカの荒い息遣いも一緒に聞こえる。

『よう、大丈夫か』

 茶化すような、申し訳なさそうな、複雑な感じのジャンの声が聞こえてきた。

「大丈夫じゃないですよ、役立たずの大尉どの」

『役立たずとは失礼だな、撃ち落とすぞ!』

 ようやく追いついてきたジャンの機体が後方上にいる。こちらを撃つなら最適なポジションだ。

「ホントに撃てるんですかぁ~?」

『なんだと!』

「ケンカすんなよ……」

「カルロ様、世の中にはお互いに決して相容れない存在というものがあるんですよ……」

『そんなこと言うが、お前さんが勝手にそう思ってるだけだからな!?』

 なんだか、頭が痛くなってきた。

 二人の相手をするのが馬鹿らしくなったのでケンカは勝手にさせ、ふと、地上を眺めてみようと思った。主翼の付け根あたりから見える地上に、止まっている列車があった。機体は列車の近くまで来ていたようだ。いいものが見れたので、フランチェスカにも教えることにした。

「フラン、右を見ろ。地上の方だ」

「え? 何があるんです?」

 フランチェスカは言われた方を見ようと機体を軽くバンクさせる。

 そこには、客車の窓から黒ずくめの服装をした乗客が手を振る様子や、有翼人種の子供が客車の屋根の上で飛び回っている姿がある。

「フランが頑張ったから、みんな無事だ」

「……はい!」

 少し陰りのあったフランチェスカの雰囲気が、一気にいつもの明るいものに戻ったように感じられた。

『いいことしたあとは気分がいいな!』

「大尉どの何もしてないじゃないですか」

『まだ言うか』

「お前らいい加減にしろ。せっかくいい感じに締めようとしたのが台無しだ」

 カルロは低い声で怒りをあらわにした。

「はい……」

『すまねぇ』

「そういえば、さっき引き起こす時出てたフランの声、すごかったな」

 さすがに自重したようなので、話題をさっきの唸り声へと笑いながら変える。

「は? 声なんて出してませんけど?」

「えっと、唸り声を」

「出してません」

「いや、」

「出してません」

「絶対何か聞こえたよ」

「出してません。ひょっとしてそれ、風の音じゃないですか? カルロ様はいっつも風を感じてますからね」

 わがままを言う子供のようなむくれた感じの言い方に、そこは絶対に譲れないという強い意志を感じる。埒が明かないので、こっちが折れるしかない。

「そうだな、きっと風の音だな」

「そうそう、そうですよ」

 彼女も満足げに相槌を打つ。

「さあ、帰ろうか。なんだか頭が痛くなってきたからその間オレは寝るぞ」

「すぐ着きますけど、寝てたら起こしますね」

「大丈夫だ。どうせ着陸の時に起きる」

「ひどい!」

 こちらの座席まで届いている、フランチェスカの羽根でぱしぱし叩かれた。

 無線機の向こうで、ジャンが苦笑いをしている。


 そして、列車の乗客たちに見送られ、二機はハルビンへ向かった。


 *


 その日、ドイツ軍がソ連領内へ侵攻を開始したというニュースが世界を駆け巡った。

 世に言う、バルバロッサ作戦のはじまりである。


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