第九十 話 めぐりあいムショ
「おい、聞いたか?最近入った新入りの話」
ここは、アクアジェラートの中層にある食堂。
囚人たちは、ここで配給される食事を食べる。
「ああ、聞いたぜ。初日から50回転たぁ、そんな奴聞いたことねえ」
「ベテランのノランが言ってたぜ、瞳に炎が宿っているってな、奴は本気だ。本気でプリシラタイムを狙っている」
「おれたちも、新入りなんかに負けてられねえな、いくぜ」
こうして、食事をかっこみ、男たちは戦場へと向かった。
アクアジェラートは、表層、中層、深層に分かれている。
中層から、下の層は海の中だ。
建物内の酸素の供給と電力は海流発電を基本としている。
海流の動きでタービンを動かし、電気を館内へと循環させているのだ。
それにプラスして、囚人たちに深層で回し車の中を走らせている。
万が一海流が止まった時の為の予備電力だ。
約2時間ぐらい囚人たちは回し車の中を走る。
沢山まわした分だけ電力は発生する。
走るペースは自由だ。歩いてもいい。ゆっくり走ってもいい。
なんなら何もしなくてもいい。義務ではない。
回し車はあくまで自由労働だ。
檻の中で刑期が過ぎるのをただ待つだけでも問題はない。
だが、そんな囚人は一人もいない。一人もいないのだ。
皆、回転数を上げることで得られる褒美を狙っている。
刑期が短くなる?違う。そんな仕組みはない。
褒美はただ一つ「プリシラタイム」だ。
累計1億ボルトの発電をした者は、監獄長であるプリシラとティータイムをすることができるのだ。漢たちは回し車内を走ってタービンを回す。
ここはロリ奴隷たちの巣なのだ。
「プリシラたん、ぺろぺろおおおおお」
クラノスケは、今日も全力発電している。
アクアジェラートに入って1週間、食事とトイレ以外は回し車の中にいる。
連続で回し車の中にいられるのは6時間までだ。それ以降は、1時間の休憩を取るルールが定まっている。囚人たちが体調を壊さない措置だ。
クラノスケはルールを守り、体調管理も完璧にし、回し車に臨んでいる。
「よう、あんたが噂の新入りか、精がでるな」
隣の回し車で走っているハゲマッチョが話しかけてきた。
「夢のため・・・いや、おれは今を懸命に生きている。それだけさ」
そういうと、クラノスケは走るペースを上げる。
刑期が短くなるわけじゃない。愛する妻に会えるわけじゃない。
ただプリシラたんに会いたい。それだけの理由でクラノスケは走った。
「アンタには負けたぜ、クラさんアンタこそ、真の戦士」
ハゲマッチョは諦めて、回し車を降りていった。
構わず、クラノスケは回転数を上げる。
「ゆにばあああああああす」
世界の名前を声高に叫びながら・・・。
どれぐらい走ったのだろう。
回転数は日々上がっている。気持ちの強さが限界を超えることを肌で感じた。
ふと上を見上げると、ガラス張りの窓から海中が見える。
深層に入った頃は気持ち悪いと思っていた魚たちも見慣れてきた。
だが、今日は深海魚たちの様子がオカシイ。
(何かあるのか?)
クラノスケは海の異変に気づく。
自分の発電力に呼応した・・・違う。
どうやら魚たちが、群れをなして何かから逃げているようだ。
(なんだ?何かがこっちに迫ってくる・・・あれは・・ぜ)
▼▼▼
アクアジェラート近くの海岸。
老人は海を見ていた。
毎日のようにこの海岸に来ている。ただ波の音を聞く。
それだけで、心が癒される。
先日、五十年連れ添った妻が他界した。そこにいることが当たり前だっただけに、突然の別れは、堪えた。何もする気がおきなかったのだ。
自分も妻の後を追おうと海に身を投げようとした。
ふと空を見上げると、流れ星が空から降ってきていた。
「こんな暗くもない夕方になんだアレは・・・」
老人はつい声を上げて流星を見ていた。魅了されていた。
世の中には自分の価値観を遥かに超えた綺麗なモノがある。
それを目の当たりにした瞬間だった。
老人は、今日も海へ行く。
死ぬためではない。今日もあの流星に会える気がして。
遠く、地平線に沈みそうになっている夕日がとても綺麗だった。
ガコッ
音がした。堤防に何かがぶつかった音だ。
「漂着物か・・・何じゃあれは」
波に乗り、堤防に激突しているのは大きな鍋だった。