第七十六話 幸せの押し売り
(どうしてこうなった)
ゼノンは、ジン・ノヴァに連れられてジン家に案内された。
白い大きな屋敷だった。
庭も広く、子どもが乗れるようなブランコが置いてある。
また、教会にあるような鐘が置いてあり、客人の誰もが自由に鳴らすことができる様だ
。
現に今も、魔族のカップルが幸せそうに鐘を鳴らしている。
「鐘?ああ、一応自由に観覧できるブースを確保しているんだ。
魔界九家の生活に興味がある人ってのは多いからね。
もちろん、自分のプライベートルームには入れないけど、
これくらいなら、どうぞどうぞって感じだよ」
と、ノヴァは得意満面にゼノンに語る。
イケメンは笑うだけで、顔から星がでているようだ。
そのまま、二人は屋敷を進み奥の部屋へと通される。
扉をあけると、広い部屋の真ん中にテーブルと椅子が用意されていた。
「遠慮なく座ってくれよ」
ノヴァに言われるがままに、ゼノンは席へと座らされる。
パチン。
ノヴァが指を鳴らすと空間が一変、大きな海岸線が現れた。
「これは幻影魔法。あらかじめ設定した景色を投影することができるんだ。
音も忠実に再現してある。結構評判がいいんだよ。
誰しもが、見たい景色を見たいって思うからね。
おっ、きたきた、ありがとう」
ゼノンが海の景色に驚いていると、メイドが、何か持ってきたようだ。
ノヴァとゼノンの席に生クリームたっぷりのホットケーキが運ばれてくる。
「これは幸せのホットケーキって言うんだ。僕のプロデュース作品さ。
食べたら幸せになるって謳い文句で商品化したらみんな挙って買うんだよ。
みんなどこかしら現状の自分に不満を持っているんじゃないかな。
だから、その不安を少しだけでも和らげるんだよ。
みんなの笑顔が見れて、ぼくは嬉しい。これからの魔族は手を取り合わなくてわね」
ゼノンは、黙って出てきたホットケーキを食べ始める。
パチン
再度、ノヴァは指を鳴らす。
青い空だった天井が一面、満点の星空へと変貌した。
「リン・フレイムウォールにピョウ・ブリザドリスが倒されたことは、聞いているな?
わかるよ。一緒に魔族の将来を近いあった仲だもんな。
俺もツライ。でも、アイツらの分まで俺たちがやらなきゃなって思うんだよ。
見てごらん、あの輝く星を。アイツらも空から俺たちの活躍を祈っているハズさ」
ゼノンは黙々とホットケーキを食べている。
「ゼノン、過去に君にヒドいことを言ったことは謝るよ。すまなかった。
俺がどうかしていたんだ。過去のことは水に流して、これからは、一緒に魔族の為に
闘っていかないか?」
ジン・ノヴァは手を出す。握手をしようといている。
友好の証だ。
ゼノンは答える。
「・・・ホットケーキな、スゴく美味しかったよ・・・。
ごちそうさま。仲間になることはできない・・・」
ゼノンはハッキリと自分の気持ちをジン・ノヴァに伝えた。
パチン
ノヴァが指を鳴らす。
景色が変わり、眼前には、十人ほどの兵士が現れた。
兵士は全員弓をかまえ、ゼノンを狙っている。
「そうか、残念だよ・・・。ならば君は魔族の敵だ。
生かしては帰せない・・・」
ノヴァの合図で矢が一斉に放たれる。
「・・・永遠なる豚野郎」
ゼノンの身体に矢が刺さる。
(こんな矢がなんだ。マサムネはこれくらい平気だったぞ)
ゼノンは笑う。
そのまま、身体に力を込めると矢が自動で抜けていった。
「笑ってやがる・・・バカな・・・矢が・・・効かないのか?
あの・・・グズ野郎に・・・」
それでも、矢はゼノンに向けて放たれる。
ゼノンは後ろを向き、来た方向を戻っていく。
矢が背中に刺さる。血を流しながら尚、ゼノンは歩き出す。
全身血を噴き出しながらも男は笑っている。
異様な光景に矢を放っていた兵士も畏れを抱く。
「なんで・・・アイツは攻撃してこないのか・・・。
我々は、殴る価値もないとういうのか・・・」
「まて・・・深追いはするな・・・俺たちは助けられたのかもしれない。
あんなクレイジーな魔族とまともにやり合ったら命はないぞ。
見逃してくれたのだ。もらった命は大切にせねば」
一人の兵士が不安をこぼすと、その気持ちは伝播する。
ゼノンの奇異行動に敵は勝手に戦意喪失したのだ。
「何をしている・・・。撃て、撃てええええ」
ノヴァの叫びが部屋に谺する。
だが、兵士は恐怖でその場にへたり込む。
ゼノンは一度も振り向かずに屋敷をあとにした。