第七十三話 グズとクズ
「・・・帰ってきたのか・・・」
ゼノンは、小麦畑の上に寝そべっている。
先ほど、ヤグルシの転送魔法で麦畑に落ちて来た。
幸い、沢山の麦がクッションとなり、ケガはない。
穂がほほに当たり、香ばしい匂いが鼻をかすめる。
(懐かしいにおいだ・・・20年ぶりか・・・)
ゼノンは、久しぶりに故郷に帰り、ノスタルジックな気分に染まっていく。
20年前。
無頼国立妖魔苑にて
「はーい、みんな注目。今から魔法の実技訓練を始めまーす。
準備はいいですか?」
「「「はーい」」」
ここは、国立妖魔苑。無頼に住む幼い魔族たちの学び舎だ。
科目は、基本的な魔法の使い方や学問、剣術に体術、馬術、礼儀作法に至るまで多岐にわたる。
魔界九家の血筋はもちろん、その分家の者など、魔族中のエリートが集まり、日々切磋琢磨している。
将来、魔族を背負ってたつ人材を、幼き頃からふるいにかける場所なのだ。
講師も魔族の間ではレジェンドと呼ばれた者ばかりで、落第などありえない。
そんなエリートたちの中に、幼いゼノンはいた。
「ファイヤーボール」
魔法の講師は、子どもたちの前で炎弾を出現させる。
炎弾は、真っすぐにとび、目の前の案山子に命中する。
焼けた小麦の匂いが、子どもたちの鼻をかすめる。
「はい、これが魔法の基礎中の基礎ファイヤーボールです。あなた方のような選ばれし子どもたちには、少し退屈かもしれませんね。ですが、魔法の深淵はファイヤーボールに始まり、ファイヤーボールに終わるとまで言われています。しっかりとやりましょう」
「「「はーい」」」
先生の説明の後、子どもたちは順番に目の前の案山子目掛けて炎弾を発射する。
途中、リン家の嫡男フレイムウォールが、地獄の炎を使い、講師に怒られていた。
「では次、ゼン・ゼノン。ゼン家の力見せてみろ」
ゼノンの番がきた。周りでは子どもたちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
どれも、ゼノンをあざ笑う陰口ばかりだ。
「・・・タイヤーボーデ」
陰口に混乱したゼノンは、魔法の詠唱から間違えてしまう。
手の平から、分厚いタイヤが出現し、ゼノンの足下へと落下した。
「「「ぶははははは」」」
「また、あのグズがなんかやらかしたぞ」
「今度は、黒い塊だしてやがる。信じらんねぇ」
「腹痛いわ。ホント、いつも笑わせてくれるぜ」
子どもたちは爆笑の渦につつまれる。
しかし、これは全て悪意、「笑う」という幸せな行為がこうまでして邪悪なものとなるのは、皮肉なことだ。
「やめろ!!ゼノンを悪く言うのはよせ!!」
訓練場が静まりかえる。
プラチナの髪色をなびかせる少年――ジン家嫡男ノヴァだ。
「ゼノンは魔法は苦手なんだよ。誰にだって長所や短所はある。
どうせなら、良い所を見ていこうぜ」
そう言って、ジン・ノヴァは、案山子に向かって炎の弾を放つ。
青い炎は真っすぐに飛び、案山子を燃やす。
「おい、無詠唱で魔法を飛ばしたぞ。ジン家はすげえな」
「しかも青い炎だぜ。赤い炎よりも温度が高いんだ」
「同じ子どもなのに・・・恐ろしい子」
先ほどまであざ笑っていた子どもたちが、羨望へと変わる。
もちろんゼノンに対してではない。ジン・ノヴァにだ。
「実は隠れて練習してたんだ。だからみんなもできるよ!努力は裏切らないんだ!!みんな幸せになろう!!」
ジン・ノヴァへの羨望が歓声へと変わる。
訓練場はノヴァへの拍手と喝采に包まれた。
授業終わり
ノヴァとゼノンは二人残っていた。
他の子どもたちは、皆、教室へと戻ったようだった。
「・・・呼び止めてごめん・・・お礼が言いたくて・・・。ありがとう・・・ノヴァ君、オイラをかばってくれて。オイラ・・・頑張るよ・・・ノヴァ君の言った通り、努力する・・・。幸せになりたいんだ。良かったらオイラと友だちになってくれない?」
ゼノンは、ノヴァに向かって右手を差し出す。
友好の証、握手だ。友好の証には魔族も人間も関係ない。
ノヴァは、ゼノンを見つめニコリと微笑む。
「調子に乗るなよ。グズ木偶の坊野郎。お前は俺の引き立て役をやっていたらいいんだ。近づくな。グズがうつる。臭い。いいか良く聞けマヌケ野郎。努力してもどうしようもないことはあるんだ。それがお前だ。だから夢を見るな。あきらめろ。臭い。息をしていられるだけでもありがたいと思え。お前の役割はこれから一生グズでいることだ。それが、魔族の為になるんだ。わかったな。わかったら返事しろ。返事もできないのか?ホント歯並びの悪い気持ち悪いヤツだぜ。二度と俺に近づくな。わかったな」
一言も噛むことなく、ノヴァの罵倒は終わった。
最後に無詠唱で水の弾を射出し、ゼノンをビショビショにさせて、ノヴァは教室へと戻っていった。