第七十二話 それぞれのそれぞれ2
レオンガルドを出発した馬車は激しく揺れる。
王族御用達の馬車は、魔法によって、車輪や座席が補強されている。
大地と風の魔法の応用で、揺れないようにできるらしい。
だが、この馬車はユニバースで一番価値のない「囚人」が乗る馬車だ。
衛生面も行き届いていない。悪臭付きの乗り心地最悪の馬車。
そんな馬車に、全ての歯を失ったハゲと、手首がズタズタのメンヘラ、全身タイツのナルシストが乗っている。
「ふがふが、ふがふが」
「何言っているのかわからないわ。シャー・カーン。
まさかあなたが既に捕まっているとは思わなかったわ・・・。
忌々しい・・・。あの全裸の変態さえいなければ・・・」
レツ・グラビアノスは、自らの歯が取れてしまいそうなぐらい、
激しく歯ぎしりをしている。
地蔵が飛び立った後、戦局を変えようと孤軍奮闘したのだが、
四季騎士の連携攻撃にあい、あえなく捕縛されてしまったのだ。
シャー・カーンは、全裸という言葉を聞いた瞬間、ガタガタと震えている。
よほどヒドい目にあわされたようだ。
全身タイツの男は、レツの話に耳を傾けようともせず、虚空を見つめている。
黄昏れている俺、イケているとでも思っているのだろうか。
(何故だ・・・なぜ俺はこんな目に会っているんだ・・・。
将軍まで上り詰めたのに・・・)
クラノスケは、錠に繋がれた両手を口元まで上げ、爪を噛んでいる。
落ち着きはなく、貧乏ゆすりが、さらに馬車を揺らす。
そんな囚人3人を乗せて馬車は進む。
目的地は水牢都市「アクアジェラート」。
彼らが投獄され、処刑される場所だ。
▼▼▼
魔法神アレクシア・グッドローズの居城「ディバインセレナ」。
雪と氷におおわれている厳しい土地では、魔法神の許しなしには、立ち入ることさえできない。まさに選ばれし者しか暮らせない場所だ。
そんな氷の城から、さらに北上すると見えるのは、
霊峰「ノースノーザンパイル」。
天に最も近いとされているその山は、空気も薄く、生物が存在できないとさえ言われている。まさに死の大地だ。
そんな極寒の地に、少年がひとり佇んでいる。
吞気に、山の景色でも見にくるような場所ではない。
だが少年は、じっと固い雪から懸命に伸びている一本の木を見つめているのだ。
木は葉をつけることもなく、枝に雪だけをのせて叢生している。
そんな寂しげな枝にかろうじてぶら下がっている全裸の男。
全身、内出血の後がヒドく、その上絶対零度の寒さが男の命の時間を容赦なく削っていく。
しばらくして、男がひっかかっていた枝が折れてしまった。
筋骨隆々の重さに耐えられなくなってしまったのだ。
男は頭から雪原に落ち、逆立ちをした状態で雪面にめり込んでいく。
上半身が丸々隠れるくらい雪に埋まり、下半身で息をしている状態だ。
少年は、顔色ひとつ変えず、ゆっくりと下半身のみの男へと近づいていった。
これにて5章終了です。
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