第六十九話 地蔵
辺りはサハギンの死体が散乱している。
そんな血生臭い戦場にマサムネは呆然と立ち尽くしていた。
戦場の空気に気圧された、否。
魔族とはいえ、生物を大量に惨殺したことへの罪悪感から、否。
魔界九家に辛勝し、その達成感から、否。
ただただ目の前の状況が理解できない。
呆然とした理由はそれだけだ。
これまでは、マサムネが他人にその状況を味わわせていた。
だが、今は違う。マサムネが唖然としているのだ。
近くにいる、レツ・グラビアノスも地蔵を見るや否や、
青ざめ、絶句している。
「地蔵がジェット噴射するのかよ」
マサムネから最初にでた言葉はそれだった。
石なのだろうか。鉱物なのだろうか。
目の前の地蔵の材質はわからない。
だが、ハッキリとマサムネは両の目で見たのだ。
地蔵の足の裏から、炎が上がっていた。
飛行機が飛ぶ際に稼働しているエンジンのそれと酷似している。
魔法なのか、兵器なのかはわからない。
地蔵が空を飛んでいる時は、火柱を上げ、
滞空しだすと、火勢は落ち着いていき、ゆっくりと地上へと降りてくる。
調整が完璧なのだ。鉄腕アトムなのだ。
そんなジェット噴射搭載型の地蔵は、僧侶の衣を身につけていた。
お寺で、お経を上げる住職が着ているものにそっくりだ。
右手には錫杖、左手には数珠を持っている。
完全に地蔵だ。日本にいるときによく見たやつだ。
その表情からは喜怒哀楽は感じられない。
「無」だ。
マサムネが地蔵に何か話しかけなければと考えた瞬間、
事件は起こった。
サハギンが、地蔵に近づいてきたのだ。
同時にサハギンは鋭い牙で地蔵の頭部にかぶりつく。
(サハギンが攻撃した・・のか?魔族の仲間ではないのか?)
「ぐわああああああ」
するとかぶりついたハズのサハギンが急に苦しみだす。
鋭い牙は、硫酸でもかぶったかのように、ボロボロと崩れていく。
(なんだ・・・何が起こっているんだ)
マサムネは状況が理解できない。
混乱しているマサムネをよそに、苦しみだしたサハギンは、
程なくして、爆散した。
(地蔵にかみついたら、苦しみだして・・・爆発した・・・だと。
ダメだ・・・理屈が通らない。何なんだ)
ザクッ
そのとき、地蔵が動いた。
持っていた錫杖を自らの正面に突き立てたのだ。
(なんだ・・・バギ系呪文でも使うのか?)
マサムネは混乱しすぎて、昔みたアニメのことを思い出していた。
すると、目の前から地蔵が消える。
マサムネが気づいた時は、地蔵は、眼前に現れ、
地蔵の手刀で左手・・・正確には肘から下が斬り落とされていた。
「え・・・・」
混乱しつつも、マサムネは後ろへと飛び、
地蔵との間合いをとる。
(・・・まったく見えなかった。なんてはやさだ。
こうなったら、やられる前にやらないと・・・。
早く・・・左手治れ、ひだりてなおれ)
しかし、マサムネの自動回復が発動しない。
左手は生えてこない。
マサムネの混乱は加速する。
焦ったマサムネは、右手で斧を握りしめ、地蔵へと突っ込む。
「うおおおおおおお」
地蔵は微動だにしない。マサムネは戦斧を振り下ろす。
両手で振り下ろすよりも威力は下がるが、
そんなことは言ってられない。
ガギィ
だが、刃は地蔵のボディに届くことはなかった。
地蔵は微動だにしていない。
地蔵と斧の間に分厚い壁があるような手応えだった。
絶句するマサムネ。
そんなことは気にも留めず、地蔵の前蹴りが腹部に入る。
後ろへ吹っ飛ぶマサムネ。
だが、地蔵のコンボは止まらない。
そのまま掌低を顎に食らい、
むき出しになった、喉元へ、追撃の拳突が入る。
顔は、空を向いたまま、ガスガスと胸腹部に連打を浴びせられる。
一発一発が重い。拳がヒットする度、骨が砕けていく音が聞こえる。
最初のうちは、激しい痛みを感じていたが、
次第に遠い世界の出来事のように感じられていく。
殴られっぱなしのマサムネが宙に浮く。
地蔵も殴りながら、共に空へと上がっていく。
(・・・なんか、身体が軽くなってきたぞ・・・。斧の力かな。
こういうピンチの時になると、斧は光るんだぜ・・・。
なんだ?ゼノン?ビビ?今・・・おれの名前を呼んだか?
何も聞こえないぜ・・・。みんな・・・どこだ?)
地蔵のラッシュは終わり、マサムネはそのまま空中へと投げ出された。