第五話 修行のはじまり
「ここをキャンプ地とする!」
マサムネは、腰に手を当てて、声高らかに宣言する。
しかし、周りには誰もいない。広大な森にオッサン一人だ。
マサムネは落下地点の少し近くの滝壺を拠点とした。
命を繋ぐに水は不可欠だ。これで脱水症状で死ぬことはない。
同時にマサムネは目の前の滝に神秘的な感覚をおぼえた。
一直線に流れ落ちる水に、とてつもないエネルギーが溢れていると直感した。
(滝壷の周りには世界樹が生い茂っている。
生命を蘇らせる木とその近くにある滝、無関係なハズはない。水もイイ水のハズ。
ここで鍛えながら生活すれば、きっと強くなれるハズだ。
あとは、食料か・・・取りあえず葉っぱでも食うか)
マサムネは、その場にある枝から葉をもぎ取り、口にいれる。
ほとんど味がしなかった。だが、葉は、あたり一面にある。
お腹いっぱい食べてもなくならないということで主食を世界樹の葉にすることにした。
(よしこれで食と住は確保したぜ。衣・・・着るものはとりあえず、このままでいいか)
マサムネは、元の世界で身につけていた部屋着のまま転移していた。
落下した際に、木の枝に引っかかって、もうボロボロだ。ところどころ肌が露出している。
(どうせ森の中なんだから人なんか来ないよな。見られても恥ずかしくないし)
異世界に来てテンションが上がっているからなのだろうか、
マサムネは羞恥心のリミッターが壊れたようだ。
ボロボロの服で仁王立ちする男がそこにいた。
「これより特訓をはじめる」
マサムネは、両手を上げて万歳のポーズで声高らかに宣言する。
周りには誰もいなかった。
流麗に流れる滝を尻目にほぼ全裸のオッサン一人だ。
「まずは、体作りからだな」
といって、マサムネはおもむろにスクワットを始めた。
5回までは軽快に回数を口ずさみながらできていた。
だが、10回を越えると途端にペースダウン、
回数も言ったり言わなかったりになり30回に到達する頃には無言になっていた。
「ハアハア、まだまだぁ!」
その後もしばらくマサムネは無言でスクワットを続ける。
50回を目前にして曲げた足が戻らず、そのまま横転した。
「く・・・よし・・・・いまだ、ここで世界樹の葉だ」
マサムネは、横になった体勢のまま落ちている世界樹の葉を拾い、口に入れる。すると、
「よし、太ももが千切れそうなくらい張っていたのが、嘘みたいに引いたぞ。再開だ」
そして、マサムネは起き上がり、スクワットを始める。
マサムネ理論はこうだ。筋肉トレーニングによって、筋繊維をズタズタにする。
通常ならば、睡眠などの休息をとると筋肉が超回復をする。
筋肉が強くなるのだ。
世界樹の葉を食べることで、超回復を瞬時に行なう。
これなら休憩時間が短縮され、すぐに筋トレができる。
瞬時に強くなるので、スクワットをできる回数が秒で増えるというわけだ。
成長の手応えを実感しながらトレーニングができるのでモチベーションが維持しやすい。
軽快に回数を数えながら、スクワット30回を終える。
「鉄は熱いウチに打つというのは本当だな。
死にかけた体験をしても、休息時間が長くなると、情熱が薄れていってしまうかもしれない。
自分はプロの怠け者の自覚があるからな。だが、今の高いモチベと世界樹の葉があれば大丈夫。
今なら、死の一歩手前ぐらいまでならスクワットできるぞ。強くなるんだ!
空から落ちたって、死なない体になるくらい鍛えるんだ。超回復するんだ!」
こうしてマサムネの修行が始まった!
修行メニュー
■腕立て伏せ × できなくなるまで
■腹筋 × できなくなるまで
■背筋 × できなくなるまで
■スクワット × できなくなるまで
■森ランニング × できなくなるまで
■遠泳 × 沈みそうになるまで
筋トレは身体能力の底上げのために行なった。
できなくなるまでと設定することで、
自分の中の限界を常に越えていくというメンタル面の訓練も兼ねた。
もうできない、からあと1回。
それを続けると意外と10回くらいはできることに気がついてくる。
人間の限界なんてわからないものだとマサムネは感じた。
森ランニングは、肺活量を鍛えるために行なった。最初のウチは肺活量よりも、
地面を裸足で走ることに苦労する。小石や枝を踏むごとに足の裏が血まみれになるのだ。
世界樹の葉を塗り込んで、再び走り出す。
段々と足の皮も分厚くなり小石ごときでは、傷つかない肌強度になっていった。
しばらく走っていると気づくことがある。大自然の中を走ることは気持ちがイイ。
頭の中がクリアになっていく。ストレスフリーだ。
走ることはいいことだと書いてあるビジネス書があるわけだ。
走ることに夢中になって、気づいたら日が暮れていた。
夜の森というのは恐ろしいぐらい暗い。
最初はまったく見えていなかった為、誤って滝壺に落ちそうになった。
だが、慣れてくると、夜の森も楽しい。
沢山の夜の森を徘徊することで、周囲の様子が肌感覚でわかるようになってきた。
(森には、ウサギや鹿に似たような動物がいる。
森を駆け回っていく様子が気配でわかるぞ。
なんだ、この感覚はすげえ)
マサムネの気配察知能力は向上していった。
だが居場所がわかるからといって、動物狩りをすることをマサムネはしなかった。
生態系を壊すようなことはしたくなかったからだ。
世界樹の葉と水さえあれば、取りあえず飢えは凌げる。
生きていける。
森を壊さないことが、自分を生かしてくれている森に対しての、
せめてもの礼なのではないかと考えたからだ。
暗い森を歩くと、感覚が研ぎすまされ、マサムネも森の一部になったように感じた。
マサムネは笑った。
地球では誰とも一つになれなかったから、今のこの状況を世界樹との合体と捉えた。
「ウシシシシ ウシシシ」
笑い声が、夜の闇に吸い込まれていく。
マサムネはスキップ交じりに夜の森を駆けていく。
ある程度身体能力が上がってきた頃、マサムネは動物と鬼ごっこをするようにした。
食べる為ではない。修行のためだ。
同時に、愛する森の動物たちにハグをしたくなったのだ。
森の動物たちは、そんなマサムネの姿勢などつゆ知らず。
ギラついたほぼ全裸の男が、もの凄いスピードで追いかけてくる。
そのことに命の危険を感じ、全力で逃げまわっていた。
鹿やウサギなどの動物は、すぐ追いつかれてマサムネのハグの嵐にあった。
世界樹ユグドラシルの森には、デスパンサーという魔物がいる。
デスパンサーは、ユニバースの生態系でも、トップクラスのスピードをほこるモンスターだ。
獲物を見つけるとチーターのように駆けて、追いつくやいなや、鋭い牙で噛みつく。
狂暴な魔物だ。
マサムネも最初の頃はデスパンサーに追いつくこともできず、
逆に腕を噛みつかれることもあった。
血まみれになりながらも、諦めず猫とじゃれているような感覚でデスパンサーを追いかけていく。
そのうちにスピードを上げるコツをつかんできた。
地面を強く蹴るとスピードが爆発的に伸びることがわかった。
右左と交互に地面を蹴り、スピードを殺さずにキープする。
デスパンサーに追いつく頃には、
石を投げて地面に落ちる前にダッシュで追いつき、自らがキャッチする荒技を身に着けていた。
その後もマサムネの修行は続き、そして、5年の月日が流れた!!
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