第百六話 ゼン・ヴェルトという男
「先遣隊より入電、まもなくアクアジェラート上空とのこと」
通信兵の連絡でブリッジ内に緊張が走る。
「そうか・・・トウ様はどの辺だ?」
そう尋ねたのは、この戦艦の責任者ゼン・ヴェルトだ。
普段着の和装とは異なり、黒の軍服に身を包んでいる。
特に決まりがあるワケではない、ただ自分の身を引き締めるという意味で着用している。
「はっ、トウ様は先遣航空部隊のほぼ中心にいらっしゃいますね」
ヴェルトの質問に答えた通信兵はヒドく緊張していた。
全身黒ずくめで黒い眼帯をした初老の男、ましてや魔界九家最古参だ。
その威圧感ならば無理も無いだろう。
「我が倅にも気をひきしめよと、伝えてくれ」
「はっ、ヴェルト様」
通信兵は勢いよく返事をした。緊張感は確かにある。だが萎縮しているワケではない。兵たちはもれなく良い緊張感の中、戦争に臨んでいる。それも参加している将が皆、兵たちからの信頼が厚いからなのだ。
今回の戦、魔界九家の当主全てが参加をしている。
大将トウ・バレンシアを旗頭に、ゼン・ヴェルト、ザイ・カロットという九家における重鎮が脇を固める。
本来ならば、ジン・ノヴァが先遣隊の司令官として戦果を期待されていたのだが、大戦前にあえなく討ち死にという結果になった。代わりとしてゼン・ゼノンへの期待は魔族中が集めている。なにせジン・ノヴァを完膚なきまでに叩きのめしたのだから。魔族の実力主義という風潮は根強い。人間や他の亜人よりも重要視されている文化だ。
魔界九家における発言力も基本的には武力重視なのはそういう風土からきている。
実は、トウ・バレンシアはもちろんのこと、ザイ・カロットも武人一筋の男。戦闘能力が凄まじい代わりに、指揮能力がからっきしなのだ。そして、今回が初陣のゼン・ゼノン。
実質的にゼン・ヴェルトが司令官の役割を担っている。作戦立案、指示もろもろは全てこの旗艦ジークヴェルトで行なわれるのだ。とはいえ、消去法で指揮官を担っているワケではない。ゼン・ヴェルトの戦闘能力は、九家当主の中で最弱。しかしそれでも尚、長期に渡り他の当主に一目置かれる存在なのは、ひとえに軍師的能力がずば抜けて高いからなのだ。参加した戦は無敗――それがゼン・ヴェルトの資質なのだ。
ほどなくして、旗艦ジークヴェルトもアクアジェラート上空へと到着する。
「第1から第3航空部隊展開、180秒後に主砲一斉射撃」
ゼン・ヴェルトは迷い無き表情で命令をくだす。
警告など一切しない、ノータイムでの砲撃だ。相手がどういう状況だろうが容赦はしない。
無頼を起つ前に、トウ・バレンシアから敵を滅ぼすまで終わらすなと命令を受けている。
情けをかけて味方の被害を出すより早期に決着をつけた方がマシというものだ。
砲撃まであと100秒を切ったその時、
「ヴェルト様、アクアジェラート内部より熱源反応――ビーム兵器きます!!」