第百二話 開戦前
少し時間は遡る。
アクアジェラート侵攻二日前、
魔族の魔族による魔族の為の国――大国無頼にて
「兵器搬入急げ!!遅いよ!何やってんの」
「仕方ないだろう、九家の半数以上が当主不在なんだ!」
各区画で怒号が飛び交っている。
先日、首都孤月に緊急会議が開かれてからというもの、
無頼では戦争の準備が急ピッチで行なわれているのだ。
その狙いは、一つ。
人族の領土を手に入れること。
九家筆頭のトウ・バレンシアがそう命じたようだ。
当主が次々と倒されていく中、市井では降伏ムードが高まっていた。
しかし、トウの分析では人間側にも戦力は残っていない、
魔族が全兵力を投入すれば、100%勝てる、とのことだ。
普段は感情が読めない地蔵が拳を振り上げて演説する。
他の九家当主も心を動かされたようだ。
兵器部門は、武器の知識が豊富なザイ・カロット。
部隊編成は、九家一の古参、ゼン・ヴェルトが取り仕切っている。
総大将は、筆頭戦力のトウ・バレンシア。
残る一人はというと・・・
「ジーク・魔族!!」
演説の練習をしていた。
ジン・ノヴァ――魔界九家ジン家当主。
その若さにも関わらず、当主の座に君臨し、
魔族の中でも新時代のプリンスや若頭という声も少なくはない。
その甘いマスクと圧倒的な戦闘力で、今回の戦でも武功を期待されているのだ。
「ノヴァ様・・・そろそろ時間です。緊張されていますか?」
ジン家の側近がノヴァの私室まで迎えにきていた。
「緊張だと?死にたいのか?無頼の民はいま、新しいリーダーの声を待ちわびているのだ。言わばウエルカムモード。臆するわけがなかろう。ついてこい」
プラチナの髪をなびかせ、ジン・ノヴァは堂々と扉を開けた。
演説会場は、トウ家区画コロシアム。
約1000万人を収容できる会場には、各家門に属する戦闘員たちが一同に会し、
士気を高めようと今か今かと指揮官の言葉を心待ちにしている。
しばらくして、ジン・ノヴァが会場に到着し、コロシアムの中心へと足を進める。
今回、ジン・ノヴァが演説を任されたのには理由がある。
先鋒部隊の指揮官として若きリーダーシップを発揮して欲しい。
そんな他のベテラン当主たちの期待のあらわれなのだ。老兵は若手にチャンスを与える。
こうでなくっちゃ魔族の未来も明るくない。と考えたのだ。
ノヴァ本人も、目立つことは嫌いじゃない。むしろ大歓迎なのだ。
この闘いで武功を立てて、アナウンサーの嫁をもらい、
結婚インタビューで「この女性の前では鎧を脱いでもいいんだ、そう思いました」とか、言いたいらしい。
そんなニューリーダーが司会からマイクを渡され、声を発しようとした瞬間。
「ちょっと待ったああああ」
客席から大声をあげて、一人の魔族が降りてくる。
銀色の髪をなびかせ、黒ずくめの装束を纏った紫色の男。
ゼン・ゼノンだ。
「ジン家当主、ジン・ノヴァ殿、其方に決闘を申し込む」




