13 一ノ瀬遥の答え 2
皆さん、新年明けましておめでとうございます!
(遅すぎですが)
去年のようにはならないよう、精一杯物語を綴っていきたいと思います
今年もよろしくお願い致します
遅くなってすみません!!!!!
約20分後。
なんとか涙の跡を隠した私と白奈は、達也と一緒に生徒会本部の前に立っていた。
つい数時間前に見たときとは全く違う、威圧感と恐怖が溢れる扉。触れた取っ手は体温を吸い取り、思わず手を引っ込めてしまった。
肩にかけた鞄をギュッと掴んで扉の前で立ち尽くす私に、白奈は心配そうに声を掛けてきた。
「………遥?」
その言葉にぱっと振り返った私は、口を開いたがすぐに閉じると首を振って彼女に答えた。
「ううん。……開けるよ」
無言で頷いた二人に微笑むと、私は覚悟を決めてドアノブを掴んでその扉を開いた。
そしてその瞬間、パーンっ!! と何かが破裂する音が響いた。
「きゃああああああ!!」
「うおっ!」
「きゃっ! ……って、会長?」
叫び声を上げてその場に耳を塞いで座り込んだ私と違って、達也や白奈は小さく声を上げただけですぐにとり直し、さらに白奈に至っては目の前に立つ人物に質問をしていた。
「何してるんですか?」
白奈の問い掛けに、クラッカーを手に持ったその人物・滝川芹香先輩は可憐な笑顔を浮かべて両手を合わせた。
「何って、勿論皆さんをむk―――むぐっ!」
「芹香会長の思い付きだから、気にしないでいいよ皆。………それじゃあ、中で話を聞こうか」
間宮先輩の言葉に頷いた私たちは、そのまま中に入ると二階に向けて足を向けた。間宮先輩の手から逃れた滝川先輩が、間宮先輩に向けて何か文句を言って小声で争っていたけど、一体何だったんだろう……?
階段を上っている途中に滝川先輩が、あ、と口を開いた。
「宗方さんも先に来ていますし、これで全員揃いましたね」
「はーちゃん、いないと思ったらもうこっちにいたんだ。……ふーん……」
「白奈、どうかした?」
「ん? 別に、なんでもないよ」
何か含みのある反応を示した白奈にふと顔を向けた私だったが、白奈は何でも無いように首を振ると足早に階段を駆け上っていった。
二階では、滝川先輩の言った通り宗方さんがソファに座って待っていて、私たちの姿を見るとその場に立ち上がった。
「皆さん」
「やっほ、はーちゃん」
「すみません、お待ちしてもらって」
いきなり近付いてきた白奈に抱き付かれて戸惑いの表情を浮かべた宗方さんに、滝川先輩は礼をするとソファに私たちを座るように促した。
間宮先輩が人数分のお茶を入れて戻ってきた頃を見計らって、滝川先輩は口を開いた。
「では、結論をお聞きしましょうか。まずは………宗方さんから」
体を宗方さんの方に向けた滝川先輩は、正面から彼女を見据えた。宗方さんはじっと自分を見つめてくる滝川先輩の視線に臆することなく見返すと、ふっと目元を和らげて頭を下げた。
「生徒会役員のお仕事、受けさせて頂きます」
「そうですか。役職は主席会計士、そのままでいいですか?」
「はい」
宗方さんが滝川先輩に頷く様子を不思議な心持で眺めていると、不意に宗方さんが私の方に顔を向けた。な、何? と戸惑い混じりの目で問い掛けると、宗方さんは照れたようにはにかみながら答えてくれた。
「勉強以外、私は特段何が得意と言う訳でも無いので……。生徒会で少しでも自分の可能性を広げたかったんです」
そう語る宗方さんはどこか寂しげで、いつもの姿からは想像できない一面を垣間見たような気がした。
しかしそれも一瞬のこと。宗方さんはすぐに切り替えると私の肩をがっと掴んできた。
「だからね、一ノ瀬さん………私とっ!」
「お、お断りします!」「はーちゃんストーップ!」
先の言葉を推察して断りの言葉を入れた私と即座に宗方さんから私を引き剥がした白奈に、宗方さんは不満そうな表情を浮かべていたが、ふっと笑みを溢すと片目を瞑った。
「……まぁ、今日はこれぐらいにしておきますね」
「いつもこうだとありがたいんだけどな……」
「はーちゃんだしね、うん……」
安心したように呟く達也とそれに答える白奈の姿に滝川先輩は苦笑していたが、コーヒーを一口飲むと気を引き締めて今度は私たちを見据えた。
「次は白奈さん――」
「あ、待って会長。シロより先に、遥に聞いてあげてください」
「えぇ!? ちょ、白奈!?」
驚いて声を上げた私は白奈を困惑した目で見ると、白奈は私にこっそり耳打ちしてきた。
「遥、ここは自分で言うべきだよ」
「う、で、でも……」
「覚悟決めたんでしょ?」
「………………うん……」
白奈の言葉に頷いた私は、じっと見守ってくれていた瀧川先輩の方を向くと顔を引き締めて彼女の瞳を見つめ返した。
滝川先輩は何故か一瞬、頬を赤く染めて間宮先輩の方を向いたが、すぐに向き直ると咳払いの後優しく私に問い掛けてきた。
「遥さん」
「はい」
「是非、生徒会に入って頂けませんか?」
「…………………」
目の前に差し出された滝川先輩の手を、私は様々な考えと共に眺めていた。
その手を掴めば、私は生徒会の一員としてこれから活動することになるだろう。しかし、本当に私はこれでいいのか。否、私は変わると決めた。決めたからこそ、私は滝川先輩のその手を掴むことを躊躇ってしまう。
周りの人々に導かれるのではなく、自分で決めた道を私はこれから歩まなければならない。
………だから、私は、こう言うべきなのだ。
「滝川先輩。私はその言葉に答えることは出来ません」
滝川先輩の瞳が揺れる。白奈も達也も驚いたように私を見たけれど……大丈夫。心配しないで。私の心は、もうあの瞬間に決まっているから。
「ですが。………私、生徒会に入りたいです。自分の意思で。滝川先輩に勧誘されたからではなく、白奈や皆が入るからとかでもなく、私自身が、この仕事をやりたいと思っているんです」
そして私は手を差し出した。
滝川先輩の手を掴むためではなく、私の手を掴んでもらうために。
目を瞑って手を伸ばし続けている中、もしかしたら掴んでもらえない可能性を想像し怯えと恐怖が過った私が体を強張らせたその瞬間、私の左手に柔らかく温かい手のひらが触れてきゅっと握られた。
勢いよく顔を上げると、目の前には優しく慈愛を湛えたのような瞳で見つめながら私の手を握る滝川先輩が立っていて、先輩は無言で頷くともう片方の手で繋がれた手をより強く握った。
「えぇ………えぇ、是非。よろしくお願いしますね、一ノ瀬さん」
滝川先輩の言葉に安堵して視界が滲んでしまった私は、慌てて顔を逸らすと袖で目元を拭った。
ふと横を見てみると、隣にいた白奈や達也が私を見て笑みを浮かべているのが目に入り、その姿に妙に気恥ずかしくなった私は両手で顔を覆うと体を丸めた。
「もう、遥ってば~。そんなに恥ずかしがらなくていいじゃん~」
肩に腕を回してからかってくる白奈から必死に身を捩って逃げようとしていると、そんな私を見兼ねて滝川先輩が救いの手を差し伸べてきてくれた。
「一ノ瀬さんの言葉は聞きました。……白奈さんと伏見さんは、どうしますか?」
「シロはもちろん入りますよ。遥が入るなら、当然じゃないですか」
私の頬をつつきながらそう答えた白奈に対して、達也も同意するように頷くと私の方をちらっと見てから口を開いた。
「俺も是非。これからよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げた達也に目を細めた滝川先輩は、改めて私たち全員を見渡すと満面の笑みを浮かべた。
「では、皆さん生徒会に入っていただくということで。……真人、私の部屋から役員申請用の書類持って来て頂けませんか?」
「いいですけど、どこに置いてあります?」
「あ、右上引出しの一番上に入ってますよ」
滝川先輩の言葉に手を振って応えた間宮先輩は会長室に入っていった。
それを見送った滝川先輩は手に取ったカップを一口呷ると、ほうっと弛緩した空気に温かな息を吐いた。
穏やかな空間に吐かれた息がふと気になった私は、雑談を始めるように滝川先輩に話しかけた。
「先輩、どうしたんですか?」
「ん? いえ、皆さんが生徒会に入ってくれて安心しまして……」
胸に手を当てて目を閉じた滝川先輩の姿に、白奈や達也、宗方さんと目を合わせた私は笑みを浮かべたが、続いた言葉に思わずその笑みが凍りついた。
「渡り廊下で真人と見たときは生徒会に入ってくれる様子だったのに、『入らない』と言われるとは思いませんでした。……まぁ無事入ってくれましたが、本当にその瞬間は驚きましたね」
にこっと晴れやかな笑顔を見せた滝川先輩に反して完全に動きを止めた私たち。
その反応に不思議そうな表情を浮かべていた瀧川先輩だったが、すぐに自分の失敗に気付くと、「あっ」と声を漏らした。
書類を手に戻ってきた間宮先輩が変な空気を感じて滝川先輩の方を見ると、滝川先輩はさっと顔を逸らした。
「芹香さん、言いましたね……」
反応から全てを察した間宮先輩はこめかみを押さえると、椅子に座りながら私たちに気まずそうな顔を浮かべた。
「あー……えっとだな。……実は、職員室に用事があって放課後に行っていたんだが、そのときに一ノ瀬と瀬名、伏見が渡り廊下に向かっているのを見てしまってな」
「気になって、つい見に行ってしまったんです………すみませんでした」
間宮先輩の言葉を引き継いだ滝川先輩は、そう言うと心底申し訳なさそうに頭を下げた。間宮先輩は顔を上げると、私たち――主に私に向けて謝罪をした。
「俺はやめるべきだと言ったんだけど……芹香会長を止められなくてな……」
「ちょっと待ちなさい真人。それでは私のせいということになってしまうじゃないですか」
「…………事実では?」
「なっ……! (一ノ瀬さんがいるからって……)………真人、あなた後で覚えておきなさいよ」
滝川先輩が間宮先輩をきつく睨みつけている様子を私たちは苦笑しつつ眺めていたが、それも数秒のこと。
追及を逃れようと私たちの方を向いた間宮先輩は、机に置いていたプリントを改めて私たちの目の前に置いていった。
書類の一番上には『生徒会役員申請書』と書かれており、その下には名前や役職、推薦者の名前を書く欄、それと生徒会長や校長をはじめとする主要教師の判子を押す欄があった。
「これに、自分の名前と役職を書いてくれ。後は俺と芹香会長の名前を書いて、判子を貰ってくるから」
間宮先輩の言葉を聞きながら各々筆箱やペンを取り出すと、私たちは迷いなく記入していった。……まぁ、今更迷うこともないからね。
全員が書き終わり、会長の判子も押されたプリントを手に取った滝川先輩は、立ち上がると白奈に声を掛けた。
「では、私たちは職員室に判子を貰いに行ってくるので、今日は解散としましょうか。白奈さん、鍵の場所分かりますよね?」
「あ、はい。大丈夫ですよ~」
「それでしたら。真人、行きますよ」
考える時間もなく肯定した白奈に頷くと、滝川先輩は後ろでコーヒーを飲んでいた間宮先輩にジト目を向けた。
「え。………いえなんでもないです。分かりました、分かったのでその握り拳引っ込めててください!」
その姿に慌てて立ち上がって階段の方へと向かっていった間宮先輩だったが、ふと立ち止まると私たちの方を振り向いた。
「言い忘れてたけど、皆これからよろしく頼むな」
「「「「―――はいっ!」」」」
間宮先輩の言葉に声を合わせて笑顔で答えると、先輩たちは満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「「ようこそ、生徒会へ」」