12 一ノ瀬遥の答え 1
遅くなって(ry
陳謝
午後の授業はほとんど上の空だった。
………いや、お腹が減ってたからとかじゃなくてね? それは白奈だから。
宗方さんは自主謹慎して自習室へと行ったらしく、達也も空気を読んで午後からは別行動をとってくれた。六時間目は白奈の活躍に隠れてやり過ごした。
ただ私もその間ぼうっとしていた訳ではない。
朝、そして四時間目のときに滝川先輩に問い掛けられた問いについて考えていた。
自分がいったい何をしたいのか。
学校が嫌いで、それでもこうして来ていて。
人が嫌いで、それでもこうして接していて。
自分が嫌いで、それでもこうして変わらなくて。変えられなくて。
それで私は―――――、
「………遥?」
はっと気付くと、目の前には白奈の姿があった。
「な、なに? 白奈」
「なにじゃなくて、授業終わってるよ」
「え……? あ、本当だ……」
慌てて時計に目をやると時刻は15時半を過ぎていて、周りのクラスメイト達は帰る用意を始めていた。
私は机の中に入れていた教材を取り出すと、リュックに入れてチャックを閉める。机を下げるのは週の終わりだからいいとして……、えっと……。
そう考えながら無意識的に行動していると、不意に白奈に腕を掴まれた。
「遥! 大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ白奈? うん、大丈夫」
何で白奈が心配しているのか分からなかった私は首を傾げたが、白奈はため息を吐くと私の手と荷物を掴んで教室の外へと歩き始めた。それに為す術もなく引き摺られていく私。
掃除をしている生徒に見られたものの助けてくれる訳でもなく、白奈の無言の圧力に気圧されて道を開けていた。
教室を出た白奈がいきなり立ち止まり不思議に思って見ると、達也が私たちの前に立っていた。
「ちょっと二人とも、いいかな?」
× × ×
私たち三人は教室を出てから、無言のまま廊下を歩き続けた。
一応先頭を歩く達也に付いていってはいるのだが、目的地を決めている様子でもなく、気の向くままに足を進めているようだった。
しばらくして不意に白奈が立ち止まった。そこは、クラスがある第二棟と選択科目などの教室がある第三棟を結ぶ渡り廊下だった。
気温が下がり春にしては少し肌寒い風が吹き、私は思わず二の腕を擦った。先頭の達也から視線を移すと、白奈は沈みゆく夕日を眺めていた。その瞳はどこか不安定に揺れていて、瞳に映った橙色の光が何故か滲んでいるような気がした。
白奈は一瞬目を閉じると、すぐに振り返って私と達也を見据えた。
「それで、達也くんはどうするの?」
出し抜けに白奈から放たれた言葉に、しかし達也は戸惑う様子もなく即答する。
「俺はやるよ」
真偽を問う視線が達也に向けられる。達也は肩を竦めると、疑ってくる白奈を優しい瞳で見返した。それは安心してと言っているようで、白奈も達也の意思を受け取ったのか小さく頷いた。
「瀬名さんは?」
「遥次第」
白奈の即答に達也は堪え切れず笑みを溢したが、それも一瞬。すぐに真面目な顔に直すと、一歩下がって私と白奈へと順番に目を送った。
白奈は私の方を向き、私も覚悟と共に白奈を見た。
「遥はどうしたい?」
どうしたい。
その問いは生徒会の話だけではなかった。
なあなあで流し、目を逸らし続けてきた現実。学校生活や日常、私が生きていく中で向き合っていかなければならない問題について。その答えを……いや、違う。方向性だけでも白奈は求めようとしている。
これは白奈なりの優しさ。おそらくここで私が逃げても、次も彼女は機会を作ってくれるだろう。だから、最終通告じゃない。厳しさの陰に隠した白奈の温情だ。
でも、だからなんだ? だからどうしたっていうのか。
それが逃げていい理由にはならない。
勿論今も怖い。あの視線で見られるのが怖い。あの言葉が聞こえるのが怖い。心の奥底が悲鳴を上げる。軋んで、五臓六腑を締め付けてくる。思い出すたび今でも頭痛と吐き気に襲われる。
けれど、私は変わりたい。
変わりたいのだ。どんなに怖くても、このままじゃいられない。いてはいけない。
それは誰かに押し付けられたものでも無く、空気を読んでいる訳でも無い。
ただ――――今の自分が一番嫌いなだけなのだ。
なんとなく、そう、なんとなく。達也に頼って、白奈に導かれて、それでいいはずが無いと心が叫んだだけなのだ。
だから私は、震える体も、何度も開閉する唇も、潤んだ瞳も、全てを後ろに置き去って一歩踏み出す。
「このままじゃ嫌……! 私は……変わりたいっ!」
今後どんな苦しみがあろうとも、どれだけ諦めたくなっても、死にたくなるほど絶望しても、それが私の選んだ道なんだ。
今すぐ座りたくなるほど足が震え、発した言葉はこれでもかというほどの大声で、今後に何が起こるか何も分からないでいるけれど、覚悟を決めた瞳はしっかりと前を向いていた。
私の言葉に白奈は驚き目を見開いたが、すぐに頭を振ると深い安堵のようなため息を吐きながらその場に座り込んだ。
慌てて駆け寄った私は、顔を腕と膝の間に埋めている白奈に話しかけようとしたところで思わず言葉を失った。
「………ぅ……ぅう……」
泣いていた。何を言う訳でもなく、白奈はただ涙を流していた。
なんて声をかければいいか分からず達也に助けを求めたが、達也は自分で考えろと言わんばかりに首を振ってその場から動かなかった。
どうしようとあたふたしていた私だったが、不意に白奈が私の体を抱き締めてきた。その身体は普段よりも温かく、首に回された手からは温もりが伝わってきていた。
互いに震える体を安心させるように背中に手を回した私は、華奢で細いその身体に、改めて白奈は女子なんだということ気が付いた。
「遥。シロはね、怖かったの」
か細い声で呟く。
「遥に変わるように言ったことは間違えなんじゃないかって。押しつけるように言って、ただの自己満足なんじゃないかって。今でも思ってる」
今までずっと近くにいたからこその言葉なんだろう。自分の言葉に流されて、仕方なく、何も考えずに、諦めてしまったのではないのかと。
「だから、遥が心の底から嫌だって、変わりたいって言った時は………本当に嬉しかった。それは自分が遥を変えることが出来たからとかじゃなくて、なんというか……」
途中で言葉の続きを探した白奈は、僅かに腕に力を込めると私の耳元に一層顔を近づけて口を開いた。
「少しだけだけど、自分を認めてあげれたのかなって」
その言葉を聞いた瞬間、私は自分の胸の中のつっかえが無くなるような感覚に陥った。
気付かない間に流していた涙も無視して、私は震えた声で問い掛ける。
「………嫌、って、自分が嫌いだって思ってても、私は自分を認めてるの……?」
「どれだけ嫌でも嫌いでも、変わりたいって思ったのは過去を認めて今を見据えた結果だと思うんだよ、シロは」
今度は私が白奈に抱きつく番だった。力いっぱい、それでも白奈の細い体が潰れないように緩めて抱き締める。久し振りに流れる涙は、こんなに温かかったのだと、私に教えてくれているようだった。
どれぐらいそうしていただろうか。
お互い示し合うように体を離した私たちは、酷い泣き顔で見つめ合うと思わず吹き出した。
そしてひとしきり笑い合った私たちは、達也に顔を向けるとにこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「達也、行こっか」
「ごめんね、達也くん、待たせちゃって」
私たちの言葉に苦笑した達也は、私の頭に手を置いて髪をぐしゃぐしゃに撫でると穏やかな目で私と白奈を見た。
「大丈夫だよ。俺は遥の友達だからな」
前部分をいくらか書き換えているので、すみませんが読み返していただけると幸いです。