10 滝川芹香の訪問(3)
生徒会本部は近くから見ると、やはり他と違った重厚感を醸し出していた。
歴史の重みと言うのだろうか。綺麗に塗られた白色がより木造の良さを際立たせていて、私は思わず感嘆の息を吐いた。
間宮先輩は私のその姿に笑みを浮かべると、何故か扉前から一歩引いて私にアイコンタクトを送ってきた。
「あ、開けていいんですか?」
無言で頷く間宮先輩。
緊張した面持ちで取っ手を掴んだ私は、何度か深呼吸すると一気に扉を開いた。
木製の重い扉の先には、想像とは違った簡素な玄関と廊下があり、複数の部屋の入り口とちょっとした空間、奥には二階への階段が見えた。
「思った以上に質素だろ?」
「え!? い、いえ、別に思ってません!」
「大丈夫だよ。芹香会長も言ってるし」
ははは、と笑いながら私に続いて入ってきた間宮先輩だったが、その次の瞬間には顔を思い切り引き攣らせた。
私は不思議に思いながら前を向くと、階段からちょうど下りてきたらしい滝川先輩と目が合い、間宮先輩の顔のわけを察した。
「真人? 何を私が言ったのかしら?」
「別に何でも無いです」
即無表情になった間宮先輩に驚く私を放っておいて、滝川先輩は瞬きの間に間宮さんの前まで移動すると、ネクタイを掴んで引っ張った。
「言いなさい。さもないと……」
顔を間宮さんに近付けた滝川先輩に、私は顔の熱さを感じながら慌てて二人から視線を覆った。
「な、なななな、何をやるつもりなんですか、先輩達!?」
「ナニって……なにかしらね、真人?」
「どうせ俺を殴るとかそういうことでしょ? 分かりきってるんでさっさと離して下さい」
「つまりませんっ!」
「ほらなっ!」
間宮先輩のふてぶてしい言い方に頭を叩いてその場を離れた滝川先輩は、私の方に来ると笑みを浮かべた。
「それで、一ノ瀬さんはどうしてここにいるのかしら? 授業はどうしたの?」
「えっと、少し諸事情で……」
ふぅん、と鼻を鳴らした滝川先輩は私のことを眺めると意味深長な笑みを浮かべた。
しかし私が笑みの意味を問おうとした瞬間に笑顔を引っ込めると、滝川先輩は間宮先輩に目配せをして私から二、三歩後ろに下がった。
「それじゃあ、二階に上がっておきましょうか、一ノ瀬さん」
「はい………って、間宮先輩は?」
私の問いに顔を見合わせた先輩達は、お互いに苦笑するととある扉に目を向けた。
玄関から見て右側の奥の扉。そこに何かあるのかな?
何のことか分からずに首を傾げた私に、間宮先輩は腰に手を当てながら嫌そうに口を開いて教えてくれた。
「実はな、10分後に学年主任と校長、副校長、教頭先生が来ることになっていな……。来週末にある校外交流の最終打ち合わせ」
「その前段階の話し合いをするのよ、真人」
「………まぁそういうことだ」
滝川先輩に言葉を補ってもらった間宮先輩は、そう言うと深いため息を吐いた。ふと隣を見れば、滝川先輩は間宮先輩のことを呆れたように見ていた。
「真人。ため息を吐いている暇があるなら、少しでも私たち主軸で話を進められるように、教師陣の人心を掌握する方法でも考えなさいよ」
「物騒すぎます芹香会長。……というより、掌握してどうするんですか。何か裏でする気なんですか、前みたいに」
「………前みたいに?」
「いえ、一ノ瀬さんは知らなくていいことですので、無視していただいて結構ですよ。……真人、静かにしなさい」
間宮先輩の意味深な言葉に首を傾げた私だったが、滝川先輩の笑みに気圧されて半ば強引に頷かされた。間宮先輩には極寒の視線を向けていたけどね……。
長い髪を翻しながら私から離れた滝川先輩は階段の方へと向かうと、不思議そうに後ろを振り返った。
視線の先にいるのは私。
自分自身を指差してアイコンタクトで尋ねると、滝川先輩はこくりと頷いた。どうやらこちらへ来いということらしい。
私は間宮先輩に頭を下げると、駆け足で廊下の突き当たりにある階段へと向かった。
「お待たせしました」
「では、上に行きましょうか、一ノ瀬さん」
私の言葉に首を振った滝川先輩は、笑みを浮かべると階段の上を指差した。上がる前に間宮先輩とアイコンタクトを交わしていたことは少し気になったけど、色々あるのだろうとあえて聞くことは無かった。
階段の先にはこじんまりとしたエントランスと、役職が書かれたプレートが掛けられてある六つの部屋への入り口があった。
「一ノ瀬さんはお好きな所に座っていて下さい」
「あ、はい……」
滝川先輩は私にそう言うと、エントランスの脇にある小さめのキッチンでお湯を沸かしに向かった。
先輩の言葉に従って手頃なソファに座った私に先輩はお茶菓子を先に出した後、向かいのソファにそのまま腰を掛けた。
「それで………どうでしょうか?」
「……うっ。……え、えっと……」
不意に投げかけられたその疑問に私は思わず咳込むと、口をもごもごしながら滝川先輩から目を逸らした。滝川先輩はそんな私の様子を見ると、頬杖を突いて意地悪そうな笑みを浮かべてきた。
「どうしたんですか、一ノ瀬さん? 何故そんなに目を逸らすのです?」
「す、すみません……。ま、まだ決めてないので答えれません……」
「私は別に生徒会に入りたいのか聞いた訳ではないのですが?」
「うっ……」
滝川先輩の言葉に再び言葉を詰まらせた私。自分で墓穴を掘っちゃったか……。悔やまれる!
「それとも、頭の片隅で生徒会に興味があったのですか? あったのですよね? ……ですよね?」
ぐいぐいと攻めてくる滝川先輩からどうにか逃れようと、視線を右往左往させたり近付いてくる顔を逸らしていた私だったが、そこでタイミングよく電気ポットのお湯が沸いたことを伝える音が鳴った。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………むぅ……」
しばらく無言で見合った私たちだったが、滝川先輩が小さく声を漏らし立ち上がったことによって私は何とか逃れることが出来た。
滝川先輩が耐熱のコップにインスタントコーヒーの粉をを入れてお湯を注いでいる様子を眺めていると、滝川先輩は何故か頬を赤く染めた。私はその変化に首を傾げたが、はっととある理由に思い当たると慌てて正面を向いた。……じ、じっと見てたら誰でも恥ずかしいよね、うん……。
先輩がカップを持ってくるまでの間、私は両手を膝の上に置いて無言で俯いていた。カチャという音がしてはっと前を向くと、ちょうど滝川先輩がマグカップを私の前に置いているところだった。
「あ、ありがとうございます」
「インスタントですみません」
「いえ、美味しいので大丈夫ですよ、先輩」
丁寧に頭を下げた滝川先輩に、私は一口コーヒーを飲むと笑顔を浮かべてそう答えた。……正直に言うとブラックは苦手なんだけど、まぁ我慢………うっ、にが……。
口に残る苦みについ反応してしまうと、滝川先輩は笑みを溢して、スティックシュガーとミルクを持ってきてくれた。
「一ノ瀬さんは本当に可愛いですね」
「かわいいって言わないで下さい……!」
先輩からありがたく砂糖とミルクを受け取った私は、感謝すれどもその言葉に頬を膨らませた。この反応もどうせ可愛いって思われてるんだろうな。今までの経験上なんとなく分かるんだけど、普通の反応だからどうしても直せないんだよね……。
しかし、予想に反して滝川先輩は息を小さく吐いた後すぐにソファに戻ると、改めて私のことを見てきた。
「………一ノ瀬さん。生徒会に入って頂けませんか?」
放たれた言葉は、生徒会本部に来たときから予想していた言葉だった。
「………………」
でも、私は口を開けなかった。
理由は明確。
まだ答えが決まってなかったからだ。
だって、たった数時間前に言われたばかりで、突然のことにまだ整理が付いていない状況なのである。こんな状態で決めろということは無茶としか思えない。
生きている中でずっと考えてきたこと。それは自分の存在意義だった。
白奈に出会い、私の人生はとても救われた。もちろん困ることも多かったけど、それが全て私を思っての行為だということを私は知っている。……白奈には言ってないけどね。
中学を卒業し、高校に入学して、果たして私はこのままでいいのか。その疑問がいつも私の頭の中を駆け巡っていた。自分自身で変わろうと思うものの変わることが出来ない、そんなもどかしさが今もある。
コーヒーに映るわたしの姿はゆらゆらと揺れ動き、実体を捉えることなくミルクの渦に溶けていく。自分が今どんな表情をしているかは分からなかったが、ふと視界に入った滝川先輩の面持ちを見る限りよくなさそうだった。
無言の時間は一体何分続いたのか。
静寂を破ったのは、階段から聞こえてきた間宮先輩の声だった。
「会長、先生方がいらっしゃいました」
「………分かりました、真人。一ノ瀬さんは……」
逡巡した滝川先輩は目を閉じると、間宮先輩に答えながら立ち上がり、私にどうするかと視線で問い掛けてきた。
私は滝川さんの瞳から目を逸らすと、首を横に振って、あえて口でも答えた。
「少し、時間をください……」
私の答えに滝川先輩は笑みを浮かべると、二階を見渡して口を開いた。
「授業が終われば来るようにと、白奈さんもこちらに呼んでいるので、チャイムが鳴るまでここでゆっくりしていってください」
その言葉に頷いた私は、階段の下に消えて行く滝川先輩を見送り、深い息を吐きながら椅子に深く座り込んだ。
…………私だって、変わらないといけないって分かってるんだけどね……。
次話は9月18日(水)に投稿致します!
【訂正】
すみません、先週以上にリアルの方が忙しく、投稿出来ませんでした……
投稿は9月21日(土)にさせていただきます
楽しみにしてくださった皆様、本当にすみませんでした