夢破れて、砂城あり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
今から向かうのは、城址公園だったっけ? 本来なら石垣しか残っていないところを、今の技術で城郭をまるまる修復したそうだね。一度はなくなってしまったものでも、価値を見いだせたならば、もう一度、その姿を取り戻そうとする。滅びの美学を謳う一方で、人間も心の底ではそれに抗いたいのかもしれない。
いずれは消え去ってしまうものに、つぎこむ手間と時間。今、僕たちが日々作成しているものたちも、どれほどの意味があるか、というのを僕はしきりに考える時があったよ。
でも、最終的には「それをやらなきゃ、今を生きていけないから」という理由に落ち着いた。結局、先のこと、未来のことといっても、今からすべてがつながっているんだ。自分が生きていけるから、色々な理由を見つけて仕事を作っていく。そうやってみんな、生計を立てているんだろう。
物を作ることの奥深さは、昔から様々な形で知られ、伝わっているもの。それに関する話のひとつ、到着するまでの間に聞いてみないかい?
戦国時代のこと。とある大名に仕える小姓のひとりは、ある夢を持っていた。
それは自分の城を手に入れること。いずれは自分が仕えている主と共に転戦し、手柄を挙げて城持ちの仲間入りを果たすことを願っていた。そのための勢力拡大を成せるだけの力があると、小姓はもちろん、周囲の皆々も強く信じてやまなかったという。
しかし、そのように堅牢な城のごとき自信も、すべては蟻の一穴から崩れ去ってしまうもの。とある一大決戦で、かの領主は惨敗を喫したんだ。
それ一戦だけを見れば、多少の被害はあったものの、持ち直せないほどではなかった。だが主が流れ弾に当たり、重傷。直接指揮を執ることがかなわなくなり、代行の領主は一枚劣る力しかなかった。次々に城を落とされ、本来の領主が復帰した時には、もはや才覚でどうにもならない状況へ陥っていたらしい。
領主は部下たちの助命のため、腹を切って果てた。大名としての主の一族は滅びることになり、かの小姓は浪人の身の上に。
旧領主の遺臣たちの一部は、攻めてきた相手側からの勧誘に応じたり、他の仕える主を見つけて新しい仕事に励んだりと、数年以内に動きがあったそうだ。
小姓には誰も声を掛ける者が現れなかった。彼も表向きは謙虚に、非才の身であるとへりくだっていたが、内心、自分は力があるものだと思っていたそうだ。それが一向に来ない誘いによって、ようやく自分の本当の価値を知ることになる。
――大志を抱こうとも、それを注げるだけの器は自分にない。
彼はその傷心を引きずり続けてしまった。
何より、自分が仕えた主の元で城を手にすることが、彼の至上の目的。それがこの先、いくら時間をかけても、「主の元で」という条件が満たされることはないのだ。
だが、追い腹を切るには、後半の「城を手にすること」への未練もあった。
夢想にふけり、未練を垂れ流すばかりの彼からは、次第に人が離れ始めてしまう。それを「袂を分かついい機会だ」とのたまい、小姓は若隠居として山の中へこもってしまったのだそうな。
十数年の時が過ぎた。彼が住まっていることさえしらない若者が、その山へ木を伐りに向かったんだ。すでに他の者たちも進めていた伐採によって、ふもとの木はほとんどなくなっており、彼は木を求めて山の中腹へ足を運んでいた。
ところが、彼が見つけた木の一本に斧を打ち込んだ時、ただの一撃で木が山頂方向へと傾ぎ出したんだ。
あまりのあっけなさに、肩透かしを食らう彼の前で倒れていく木は、その先にある別の木にぶつかる。しかしその動きは止まらず、次の木もまたそれに従って倒れ、それがまた次の木へ衝突し、折れるのを促して……と、ひとりでに視界が切り開かれていく。その様は、あたかも将棋倒しのようだったとか。
次々になぎ倒された木の幹が、葉をまき散らせつつ、地面を盛大に叩く。彼の身体が思わず飛び上がってしまうほどの震動。それが止んだ時、木々たちが退いてできた空間に、現れ出たものがある。
それは城。黄土色一色に染め上げられたそれは、敷地の大きさこそ農民が暮らす家々とほぼ同じだが、中身が違う。
周囲に張り巡らされた壁、土塁、門構え、そしてその内側に立つ三階建ての天守を持つ建造は、確かに城そのものだったらしい。
あまりに現実離れした空間に、彼は恐れを成してただちに山を下り、自分が住んでいる村の住人たちへ報告したという。
もしや物の怪の仕業かと、めいめいが武器を手に取り現場へ急行する。若者の報告通り、その極小の大きさの城を目の当たりにして、うなり声を漏らす者もいた。
門は大きく開かれているが、誰も踏み入ろうとしない。これほどのものを仕上げるには、それなりの用意や人手が必要のはずだが、大工の類いがこの山へ入った話は聞いていなかったんだ。
やがて勇気を出したひとりが、そっと城へ近づき、外壁の部分へ持っていた鍬の柄を押し当ててみる。すると、てっきり木でできていると思われた壁面に、あっけないほどにぽっくりと穴が開いてしまう。柄を引き抜いた時、表面よりも湿り気を帯びて、ひときわ濃い色を持つ砂が、そこにこびりついていた。
そう、砂。この家程度の大きさしかない城は、砂で作られたものだったんだ。
砂遊び、泥遊びの類なら、子供たちが行うもの。しかしここまで立派なものとなると、並々ならぬ時間と、執念をかけているのは疑いなかった。
しかし正体が分かったとたんに、気が抜ける者もちらほら。得体の知れなさは足を止めるが、得体が知れた途端に遠慮がなくなるのも、また人間だった。
所詮は児戯同然と、興味を失って帰って行く者。逆に、この壮大な暇つぶしをした奴の顔を拝んでみようと、警戒心もそこそこに開かれた門の中へ入っていく者もいた。
一軒家と大差ない大きさだけに、庭と呼べる空間はほとんどない。門は入っていくらも進まないうちに、屋内の階段へとつながってしまうんだ。
蹴込み板の存在しない、透かし階段。そこで皆は、二の足を踏んでしまう。
先ほどの壁の崩れ具合からして、この階段も同じようなもろさに違いない。鍬でつついただけで崩れ去ってしまうような材質に対し、どのような体重のかけ方をすればいいのか。ましてや蹴込み板という支えを持たない構造なら、気を抜かなくても、たちまち崩れてしまいかねない。
一同がまごまごしていると、その階段の上から声が降ってきた。
「誰ぞ。わしの城に無断で立ち入った者は」
しわがれた男の声。ほどなく「ぎしり」と階段のずっと上の方で、板がきしむような音がした。
ずっと上の方では板が使われているのかもしれない。だから人の体重を支えることができているのだろう、と思っていた面々。
けれど、やがて見えている砂の段。そこをおもむろに一歩一歩、裸足で降りてくる細い足を見ては、その考えも改めざるを得なくなる。足が踏みしめていく段の裏側からは、さらさらと砂がこぼれ落ちて行く様は、木でできた階段の木くずの姿にも似ていた。
やがて姿を現わしたのは、ぼろぼろの衣服をまとい、背骨を曲げた男の姿だった。その秩序なく伸び放題の髪やひげは、真っ白に染め抜かれている。加えて、おおいにしわを刻んだ顔かたちも相まって「仙人?」と、つぶやいた者もいたとか。
だが、それを聞きとがめた男は、自分の名とかつて仕えていた主君の名前を口にする。それは紛れもなく、あの小姓のものだったけれど、村人たちがそれを知るのはこの邂逅の後。
小姓だった男は、頼まれもしないのに、朗々と自分の来歴を一同に語り始める。
自分の夢。仕えていた家の興亡。傷心の自分の心とその実力を認めず、離れていった者たち。そしてこの山の中へ閉じこもり、自分だけの城を自分の手だけで作ろうと試行錯誤し、ここまでの時間をかけてきたこと。
「長く苦しい日々だったぞ。金のないわしが集めることができるのは、砂や石程度。それを練ってこねて、雨ざらしにし続けて固めて……、それでもわしの身体を支えるには至らん強度しか、実現できなんだ。
だが、ようやく。この年に入ってようやく、土がわしの願いをかなえてくれたのだ。わしの城、わしだけの城……ここで、わしは死そうと思う。さあ、用がなくば、すぐに立ち退いてもらおう」
そう言い終えるところで、ふらりと身体を揺らし、膝をつきかける元小姓。とっさに、一番近くにいた若者のひとりが、彼を支える。
ほんの一瞬だけ抱き止めた元小姓の身体は、燃え尽きた薪のように軽く、あの階段を降りてこられたのも道理だと感じたとか。
山の中の城の噂は村中に広がったが、大人たちは元小姓の意を汲み、そっとしておいたらしい。ただ、子供たちに関しては肝試し感覚で、次々に倒れた木たちが作った道をたどって、例の城へ赴いたとか。
けれど、子供のひとりがふざけて階段の一段目に足をかけて壊してしまう。直後に城の中から大きい足音が向かってくるのを聞くと、すぐさま逃げ去って、もう近づかなかったとか。
それから数十年後。元小姓のことを話で聞いたことしかない者ばかりとなった村では、件の城を確認しようという声が大きくなり、実際に現地へ向かったらしい。
ところが城へ続くとされた道は、何百年も昔からそうだったかのように、太い幹を持った木々たちに埋め尽くされている。そこをいくら進んでも、とうとう城を見つけるより先に、山頂へ着いてしまったとのことだ。何度繰り返しても同じだった。
森は、彼の願いを叶えるために、力を貸してくれたのだろうか。
いやいや、あの生い茂り具合を見るに、彼という命を引き込んで、自分たちの命を取り戻す力としたのだ。
意見は割れたものの、その答えは今に至っても、はっきりとしないままなんだとか。




