(2)持ち帰り
ある意味で予想通りの展開にカイトは呆れかえっていたが、貴族らしき男は二の句が継げなくなっていると勘違いしたのか、勢いを増していった。
「ふん。まともな反論すら出来ぬとはな。所詮、名誉のことなど何も知らぬ小僧というわけか」
反論ができないのではなく、単に反論する必要すら感じていないだけなのだが、こういう輩が自分の都合よく解釈するのはどこの世界でも同じなようである。
「やはり私が言った通り、こんな交渉など必要あるまい。そなたは、こちらが提示した条件で了承すればいいだけだ。平民には、領地のことなど判らぬのだから、こちらに全て任せればいいのだ」
「そうですか。そのお考えは、こちらにいらっしゃる方々の総意ということでよろしいですか?」
黙っているといつまでもしゃべり続けると判断したカイトは、多少強引に割り込んでそう聞いた。
その時の視線は、偉そうな態度を取っている貴族の男ではなく、王国側の中心の席に座っている男に向けている。
勿論敢えてそうしているのだが、その理由はあくまでも交渉の主導権を握っているのがそちら男性だと判断したからだ。
あっさりと自分に話を振ってきたカイトを見て、中心に座る代表の男は少しだけ黙ってから貴族の男を見た。
「――子爵。申し訳ございませんが、少し黙っていただけますか? それから、そちらの少年も、貴族の方に対する態度ではないように思えますが?」
貴族の男に注意をしつつ、しっかりと釘を刺してきた代表に、カイトはわざとため息をついて見せた。
「さて。少なくとも私は、今回の話し合いで貴族の方が同席するとは聞いておりませんでしたが? それから、この場に貴族の方がいてもいなくても、交渉の内容が変わるわけではないでしょう」
「貴様……!」
聞きようによっては貴族を軽視するようなカイトの言葉に、子爵と呼ばれた男が椅子から立ち上がった。
それだけでも普通の平民であれば、貴族を怒らせたと顔色を青くさせてもおかしくはない。
だが、特に感情の色を見せることなく平然と座ったままのカイトを見て、代表の男は再び子爵を見て言った。
「子爵。これ以上余計なことをすれば、交渉役としての資格を剥奪いたしますが?」
「なっ……!? 貴様、誰にものを言っているのか、わかっているのか!」
「そう仰いますが、今この場においては、私のほうが権限が上です。国王から直々にそう保証して頂いていることは、お分かりだと思います」
代表が王の名前を出すと、子爵は怒りの表情のままわざとらしく音を立てて椅子に座った。
子爵の態度は悪いが、素直に言うことを聞いている時点で、代表の言葉が真実だということが事実として認識できる。
代表は、とりあえずは落ち着いた子爵からカイトへと視線を移した。
「あなたも、王国を相手に交渉をしている以上、その国を管理している一員である貴族の言葉をぞんざいに扱うのはいかがでしょうか?」
「聞く必要のある言葉であれば聞きますが、今回は特に必要がないと判断いたしました」
「おや。では、貴族の言葉に逆らうと?」
「場合によってはそうなるでしょうね」
きっぱりとそう言い切ったカイトを見て、代表は何かを探るような視線になった。
カイトは、その視線の意味を探ることなく、敢えてすぐに続けて言った。
「先ほども言ったとおりです。勲章や名誉職は、必要ありません。それを貴族だからと無理に押し付けて来るようであれば、交渉をする余地がありません」
「……ここで交渉を打ち切ると?」
「残念ながらそうなるでしょうね」
カイトはそう答えながら淡々とした表情で頷いた。
カイトのその表情をみた代表は、残念そうな顔で首を左右に振った。
「国から勲章や地位を与えられるということは非常に名誉なことで、あなたにとっても大きなメリットがあることです。それをわざわざ手放すようなことをする必要はないと思うのですが?」
「確かにメリットもあるのでしょうが、私にとってはデメリットのほうが大きいということです」
「ほう。デメリットですか。それを聞いても?」
「言う必要性を感じません」
国に縛られたくないと直接言ってしまえばまた騒ぎ出す者がいると確信しているカイトは、敢えて感情を見せないようにしながらそう返した。
「答えられないのは何故ですか? むしろあなたは、デメリットなどないと思っているのではありませんか?」
「どういう意味でしょう?」
「どなたに言われたのかはわかりませんが、あなたが拒否されている二つは、皆が欲しがるようなものなのです。それを拒否することなど、必要ないでしょう?」
子供に言い含めるように言ってきた代表を見て、カイトはようやくこれまでの違和感が何だったのかを理解して内心で納得した。
例の貴族の男もそうだが、この代表団は完全にカイトのことをただの子供と侮っていて、さらにバックに誰かがいると思っている。
だから先ほどからカイトの言うことに耳を傾けようともせず、自分たちの主張だけを押し付けている。
それだけではなく、自分たちであれば充分に言い含められると考えているようにも見える。
傍にいるガイルも口を挟んでいないことから、自分たちの思い通りにいくと考えているのだ。
王国側の勘違いを理解できたカイトは、一度ため息をつきながら返した。
「必要ないかどうかを決めるのはこちらです。――それにしても、これ以上話をしても意味がなさそうですね」
「はい……?」
「いえ。こちらが必要ないと断っているのに、そちらが無理にでも押し付けようとしていると感じます。であれば、これ以上は話をしても無意味ですよね」
敢えてここで言葉を区切ったカイトは、一度王国側の交渉役たちを見回してから続けた。
「そちらの二つの条項を外せないというのであれば、これ以上の話し合いはなしです。もし、この場で決められないというのであれば、時間を空けてからまた話をしましょう」
そう言ったカイトは、ガイルとメルテを見て頷いてから、席を立ってみせた。
それを見て慌てたのは、王国側の代表だ。
彼としては、まず第一の目的が新しい島の統治権を手に入れることだ。
それができなければ、役人としての汚点になるといっても間違いではない。
それだけはどうしても避けたい代表は、慌てた様子でカイトに言った。
「お、お待ちください。確かに、今すぐにこちらの条項を削るということは決めかねます。少しお時間をいただけないでしょうか」
「時間ですか……。どうでしょう。他のいくつかの国からも、交渉をしたいという打診をいただいております。彼らを待たせるわけにもいきませんから……」
「で、では、あと三日……いえ、二日後の同じ時間にもう一度会談を行うということでいかがでしょう?」
「二日後……ですか。――そういうことでしたら、二日後に。良い回答をお待ちしております」
立ち合い的にいるレグロに確認を取ってから、カイトは立ったまま頷いた。
普通に考えれば、礼儀に欠くような状態なのだが、いつでもこの場を去る用意があるという態度を見せるために敢えてそうしていた。
カイトの言葉にちょっとした拒絶の色を感じた代表は、それ以上は何も言わずに無言のまま頷き返してきた。
周りにいた他の者たちは、早い展開についてこれていないのか、唖然としている者もいた。
そして、騒ぎの中心となっていた子爵は、憮然とした表情でカイトを睨んでいる。
そのことにきちんと気付いているカイトだったが、もう一度ガイルとメルテに目配せをして部屋から出て行くのであった。
一度くらいはテンプレパターンを挟んでおこうかなと。。。




