(9)船の性能
「それにしても――」
とりあえず現状を確認してある程度落ち着いたカイトは、改めて船を見回した。
「どう考えても日本丸くらいの大きさはあるよなあ……」
日本丸は、カイトの転生前に住んでいた日本にあった帆船のことだ。
その大きさは全長で百メートルを超えていたが、今カイトが乗っている船もそれに匹敵するくらいあるように見える。
この世界では、未だ沿岸航海のみで遠洋航海はほとんど行われていない。
時に無謀なチャレンジを行っている組織や個人はいるようだが、そのすべてが失敗に終わっているようだ。
カイトが知る限りでは、羅針盤もまだ発見・発明されているようには思えない。
さらに、地球での木造帆船の知識を持っているカイトからすれば、そもそも今ある船は遠洋航海に耐えられる構造をしていないのだ。
船の大きさ自体も最大級と言われるものでも三十メートルほどしかない。
海流などに偶然乗ることができて、奇跡的に嵐などに合わなければ成功する可能性もあるだろうが、そんな偶然に頼っていては航路を確立したとは言えない。
帆船がこの世界に誕生して以来、かれこれ数百年以上は船の発展もしていないとなれば、創造神がカイトに船の知識を頼りにしたのも頷けるという状況だといえる。
そんなことを考えていたカイトは、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「それにしても、創造神様がこんな船を造れるのであれば、俺に頼らなくてもよかったような……?」
「神から物を与えたとしても、それが『神の御業』とされてしまって技術として生かされることがほとんどありません。研究などはされるでしょうが、それが実利に結び付くかは別ですから。それに、カイト様からみてもわかるでしょうが、あまりにも技術的に突き抜けすぎていますから」
「なるほどね。物を与えるだけでは、あまり意味はないということか」
「そうなります。それに、かの神にとっても、カイト様がいらっしゃったからこそ、この船を造ることができたそうです」
海人という存在がこの世界に来ることを了承してくれたからこそ、創造神もこの船を造ったのだ。
そうでなければ、これだけの船を魂使いなどに与えたところで、創造神の思惑通りには行かないだろう。
「それに、そもそも私たちはカイト様がいらっしゃるからこそ、この船はこの場に存在できています。私たちのような者がいなくて、この世界の者たちだけでこの船を動かせると思われますか?」
「まあ、無理だろうなあ」
船を目的地に移動するだけならば、帆や舵を動かしてどうにか辿り着くことはできるだろう。
だが、この船を長い間維持管理するとなれば話は別である。
帆一つとっても、これだけのものをこの世界の者が作れるかは微妙なところだろう。
勿論、今ある大きさの帆をつぎはぎするなりすることはできるだろうが、それが実用に耐えられるものになるかは疑問である。
また、だからこそ創造神はカイトをこの世界に魂使いとして転生させたのだ。
そんなことを考えていたカイトは、ふと湧いてきた疑問を目の前にいるアイリスにしてみた。
「そもそも、この船の船体は何からできているんだ?」
「ああ、それは神鋼です」
さらりと出てきた神話級の金属の名前に、カイトはお手上げだと言わんばかりに両手を上げた。
「もうわかった。一々突っ込みを入れていたらきりがないな。とりあえず、話を先に進めようか。この船の造りや動かし方を聞きたいんだけど?」
「それでしたら、甲板によりも船橋(艦橋)に行って説明したほうがよろしいかと思います」
「あ、そうなんだ。それじゃあ移動しようか」
カイトがそう応じると、アイリスは「こちらです」と言いながら移動しはじめた。
「そういえば、これだけの大きさの船が泊まれる港があるかは疑問なんだが、どうやって乗り降りをすればいいんだ? やはり小型船からの移し替えだろうか?」
「基本的にはそうなりますが、カイト様に限って言えば別の方法があります」
「俺だけ? どういうこと?」
「その笛ですよ。その笛は、カイト様がこの船に乗り降りをするためのものです。船を呼びだすために使えるのは最初だけになります」
笛を最初に鳴らした時にこの船が神の世界から召喚されたため、すでに召喚用としての役目は終わっている。
ついでに、送還するための機能は最初からついていない。
あとは、カイトが船に乗り降りするときに使うことになる。
ちなみに今持っている笛は、完全にカイト専用で他人が使うことはできない。
もしこの世界のどこかに創造神が施した術を変更できる者がいれば使うことができるようになるが、そんな力を持っている者はいないとアイリスは言いきった。
「こちらが船橋になります」
話をしている間に船橋への入り口に着いたため、アイリスがドアを示しながらカイトへと道を譲った。
自分が最初に入れるようにしてくれているのだと察したカイトは、軽く頭を下げた。
「有り難う。――うん。思ったよりも広く作られているみたいだな」
「操船に関しては、こちらにいるだけで済んでしまうことも多いですから、余裕があったほうがいいそうです」
「というと?」
「この船の操船方法は、大まかに分けて三つになります。一つが完全自動操船で、もう一つが半自動操船、最後に手動操船です」
フルオートは、一度行ったことがある港(もしくは登録地点)に船の機能を使って自動で移動が可能。
ハーフオートは、乗組員なしで天使たちの力を借りて操船をする方法(特に新しい目的地に向かう時などに使える)。
手動操船は、きちんと乗組員を雇うなりして、自分たちの力で操船する方法になる。
天使の力を借りれば人を雇う必要などないのだが、なぜ手動操船があるのかといえば、そもそもの創造神からの依頼であるこの世界に船の技術を根付かせるためだ。
この船で技術を習得して、新しく作った帆船で役にたつようにするのだ。
ただ、カイトが見た限りでは、今乗っている船の場合は技術が進みすぎて、あまり参考にならないという問題もあると考えている。
そもそもフルオートの船など、この世界ではオーバーテクノロジーであることは間違いない。
カイトとしても思いっきり驚きたいところだが、何となくそんなことで一々驚いていては、この先やっていけないのではという思いで表に出すことは止めていた。
ちなみに、どうやって神からの依頼をクリアしていくかはカイトに自由があるので、船に関してもそれに含まれているようだ。
「中々難しいところだけれど……とりあえず副船長あたりは必要だよなあ」
「そのあたりは、カイト様にお任せいたします」
そもそもカイトは、まだ十二歳の子供である。
いくら突き抜けた能力のある船を持っていたとしても、侮られることになるのは間違いがない。
それならば、最初から信用のできる大人が傍にいたほうがいいのは間違いない。
問題は、そんな都合のいい大人が用意できるかどうか、である。
とりあえず信用のできそうな大人であるクローバー神父の姿を思い浮かべつつ、カイトはアイリスの言葉に頷いていた。
そんなカイトに、アイリスは少しだけ探るような、もしくは遠慮しているような不思議な表情になって聞いてきた。
「ところで、カイト様の今の考え方や言葉遣いなどが、儀式を受ける前のものとは違っていることに気が付いていますか?」
「そう言われてみれば、確かに。前世の記憶が混ざっているせいだと思っていたけれど、何か問題が?」
「いいえ。ご自身できちんと自覚が出来ているのであれば、特に問題はありません。ただ、中には後から問題になる者もいるようですから、一応確認をいたしました」
この世界では、前世の記憶を持って生まれてきた者は、何もカイト一人だけというわけではない。
その中には、前世の人格と新しい人格を完全に別物だと考えてしまって、二重人格のようになってしまう者もいるようだった。
ただし、カイトはそんなことにはなっておらず、記憶がよみがえる前の性格や考え方に、大人としての知識や行動パターンが身についている。
もともとカイトとして育った人格が、海人としてのものとほとんど違いがないというのも幸いしているようだと感じているくらいだ。
とにかく、今のカイトは自分自身の言動には特に違和感を持たずに、それがごく自然のものとして受け入れることができているのである。