(35)クリステルのお勉強
レグロと話をした翌日。
カイトは、それが当然とばかりに連絡を取ってきた公爵と対面をしていた。
ちなみに、カイト側の出席者はガイルとメルテ、公爵側には夫妻とクリステルがいた。
公爵夫人は事件とは関係がないはずなのだが、同席しているということは別の話をするということを意味している。
カイトは、夫人がいると分かったときには内心で首を傾げていたが、まずは話を聞こうと公爵に勧められた席に着いた。
「――さて。もう聞いていると思うが、愚か者たちへの処分が決定した。内容については、ここでは話す必要はないだろう?」
カイトが既にギルドを通して聞いていることは知っている公爵は、それを前提にして話をしてきた。
勿論、カイトたちもそれで問題はないので、「はい」と答えつつ頷いた。
「うむ。処分が下された商会と取引を行うと、そなたも処分される。注意するように」
「ええ。分かっております」
今回の件では、処分を行った商会に直接の罰が与えられるのは当然のこと、今後それらの商会と取引を行った者も処罰の対象となる。
要するに、禁止されている闇取引を行うのと同じような扱いになるので、ヨーク領内で表立って処分の下った商会と取引を行う者は出ないだろう。
カイトの返答を聞いた公爵は、頷き返しながら続けて言った。
「では、その話はこれで終わりとして、今回来てもらったのは新しい商会についての話をしたかったからだ」
「新しい商会、ですか」
「うむ。出来れば、その商会の頭にそなたが就いてもらえれば……と思っているのだが?」
チラリと視線を向けてきた公爵に、カイトは苦笑しながら首を振った。
「どう考えても年齢のせいで舐められるだけなので、辞退いたします」
「やはりその答えになるか」
予想通りの回答だったのか、カイトの返答を聞いた公爵は、特に表情を変えることなく頷いた。
固辞されるということは分かっていても敢えて聞いてきたのは、今回の件でカイトが考えを変えていないかを確認する意味もある。
「では、それはいいとして、新しい商会を作ることには変わりはない。頭がそなたではなくなるのは、少し残念だが」
「すみません」
「謝る必要はない。そなたの言い分も理解できるからな。――とにかく、その新しい商会の頭には、娘のクリステルにやってもらおうと思う」
「そうですか」
これまた予想できた言葉に、カイトも特に表情を変えることなく頷いた。
例の事件が起こる前、クリステルが直接商会に訪問していたのはそのためだということは分かっていたので、驚くようなことでもない。
「やはり新しい商会で扱うのは、絹ということになりますか」
「ああ、そうだ。絹の売り先は、ほとんどが貴族ということになるだろうから、クリステルが責任者であっても問題はないだろう」
ここでカイトは、なぜ自分に頭に立つようにと打診してきたのかと聞くようなことはしなかった。
そもそも公爵のところに絹を持ち込んだのはカイトなので、その功績に報いるという意味もあるのだ。
それに、それだけ公爵がカイトの能力を信用しているということもあるはずだ。
とにかく、絹を売るための商会を作るということは、これから本格的に展開していくということになる。
「今のところは、まだまだ自分たちで消費する分くらいしか作れていないが、いずれは他の貴族に売り込めるはずだ」
「そうですね。蚕たちがきちんと成長することは確認できているので、よほどのことが起こらない限りは大丈夫でしょう」
「そう願いたいな」
この場合の『よほどのこと』というのは、蚕が病などにかかってしまって繭そのものができなくなってしまうことだ。
ただし、今のところそんな兆候は見えていないので、カイトも公爵も安心して話を進めているのだ。
さらに、公爵が商会の話をカイトにしたのには、もう一つの意味もある。
「こちらの生産はそれでいいとして……おっと。ここから先は娘が話をしよう」
公爵は、つい話をしすぎたという顔をしながら、視線をクリステルに向けた。
話の流れが唐突だったにも関わらずクリステルが驚いていないのは、最初からこういう流れになると事前に公爵が話をしていたからだ。
話を向けられたクリステルは、一度だけ公爵に向かって頷いてからカイトを見ながら言った。
「新しい商会を作るにあたって、一つ確認したいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
「カイトが作っている絹は、どこかに売る予定はありますの?」
クリステルからそう聞かれたカイトは、内心でそのことかと頷いていた。
現状、公爵領で作られている絹糸と絹は、カイトが神域で作っている物には及ばない。
新しい商会で公爵領産の絹糸と絹を扱うことになる以上、神域産の行き先を気にするのは当然のことである。
「あまり多くの量を生産できないということもあって、特に今のところは決めていないというのが実情です。ただ、その新しい商会にいくらか卸すこと自体は、特に問題ありません。勿論、全部というわけにはいきませんが」
自分が聞くよりも先に卸す許可を出してきたカイトに、クリステルは少し意表を突かれたような顔になった。
「……よろしいですの?」
「勿論、相応の値段になると思いますが、取引を行うこと自体は問題ありません。むしろ、最初は一カ所に絞って売ったほうがいいのではありませんか?」
「そ、そうですわね」
クリステルは、この時点で父親が予想したのと同じような話の流れになっていることに驚きつつ、頷いた。
ただ、クリステルは驚いているが、公爵にとっては特に驚くようなことではない。
その理由は簡単で、これまでのカイトのやり取りでこう言ってくるだろうということは予想できていたからだ。
また、カイトも今の答えで公爵が満足できると分かっていて答えている。
要するに、大体の流れが決まっているプロレスのようなものだが、きちんと言葉にして確認を取るのが大切なのだ。
クリステルが納得したことで、今度はカイトが確認すべきことを確認することにした。
「一応言っておきますが、一カ所に絞るのは国内においてのみ、ということになりますが、よろしいでしょうか?」
「それは……」
カイトの言葉に一瞬考える表情になったクリステルは、視線を公爵へと向けた。
「ああ、それで構わない。どうせ国内でさばける分しか卸してもらえないのだろう?」
「そういうことですね」
公爵の言葉に、カイトは否定することなく頷いた。
神域で育てている蚕は、あくまでも種の保存用と割り切っているので、このまま生産を増やすつもりはない。
進化種が増えればまた変わって来るのだろうが、現状三頭しかいないので、生産に影響を与えるようなことにはなっていないのだ。
「で、では、新しい商会ができ次第、そちらの絹を定期的に卸してもらうということでよろしいですのね?」
「はい。構いません。細かい条件は、またいずれかの時にということでいいでしょうか?」
カイトは、敢えて公爵ではなくクリステルに確認を取った。
「勿論、それで構いませんわ」
そう答えながらどことなくホッとした表情を見せるクリステルに、公爵と公爵夫人は同時に顔を見合わせて苦笑をしていた。
その顔を見れば、まだまだ教えるべきことはたくさんあると考えていることは分かる。
カイトはカイトで、今回の場をクリステルの交渉の練習の場としていたことに気付いていた。
この先、長い間公爵家と取引を行うことを考えれば、これくらいのことはいくらでも付き合ってもいいと思っているので、二人の考えが分かっていても敢えて流れにのって話をしていたのだ。
そして、そんな両者の思惑に気付いているのかいないのか、当事者であるクリステルは交渉が上手くいったことに気を良くしてか、ほんのわずかに頬を上気させているのであった。




