(28)話し合いの続きとクリステルの疑問
カイトとガイルがレグロと話をしている間、それぞれの部下に当たる者たちが、交易品の交渉を行っていた。
海運ギルドでは全ての品を買い取ることも可能だが、ほとんどの場合はすることはない。
理由としては、ギルドで全ての買い取りをしてしまうと、船乗りと商会の反発が大きくなるということがある。
それから、海運ギルドには小さめの商会が持っている船が所属していることもあるので、そうした商会がギルドから抜けてしまうということもあるのだ。
大きな商会であれば複数の船を持っていて効率的に管理をすることもできるが、一隻や数隻しか持っていないような商会では、船の管理などを海運ギルドに依頼したほうが安上がりで済む。
とにかく、海運ギルドの基本は船や船乗りの管理なので、交易品で出す儲けはそれに関係する物に限っているのだ。
どの品を海運ギルドに任せるかは、基本的にそれぞれの船のオーナーに任せられているので、セプテン号もそれに従っての交渉となった。
そして、それぞれの担当が交渉を終えて戻ったときには、カイトたちの話し合いも雑談レベルになっていたのである。
「――うん。まあ、こんなもんでいいんじゃないかな?」
「どれどれ……?」
カイトが取引一覧を確認してから頷くのを見ていたレグロは、その一覧表を確認し始めた。
そして、ざっとその一覧を見たレグロも問題ないとばかりに頷いた。
「そうだな。これ以上は、各商会に任せたほうがいいだろうな。……商業ギルドもうるさいからな」
最後にぽつりと付け加えられた言葉を聞いたカイトは、苦笑を返すことしかできなかった。
商売に関わることで商業ギルドが口を出してくるのは当たり前のことだが、それだけに色々と面倒な相手だというのはカイトも話では聞いている。
「そういえば、カイトは商業ギルドには登録するのか?」
「いえ、今のところは考えていませんよ」
海運ギルドの登録証さえあれば、各商会との取引はできる。
すぐに商会を作る予定はないので、敢えて商業ギルドに登録する必要はない。
もし、セプテン号以外に扱う船が増えて扱う品も増えれば商会を作ることも考えてもいいだろうが、少なくとも今すぐに作るつもりはない。
……もっとも、フゥーシウ諸島での取引が上手くいくようになれば、すぐにでも商会を作る必要があるかも知れないのだが。
カイトがそのことを口にすると、レグロは「なるほどな」と頷いた。
「確かに、フゥーシウ諸島のやり取りを考えれば、商会は作ったほうがいいか。……本来であれば止めるところなのだが、お前さんであれば大丈夫だろうな」
商業ギルドに属する商人たちは、船乗りが属している海運ギルドとは違って、商売に長けている者たちが集まっている。
場合によっては詐欺まがいのことをされる場合もあるので、何の知識もない若い者が登録をすれば、食い物にされることもある。
普通、カイトのような年齢の子が何の後ろ盾もなしに下手に商会を作ってしまうと、それこそ『鴨が葱をしょった状態』になりかねない。
それにも関わらず、レグロが大丈夫だと判断したのは、これまでカイトと直接やり取りをしてきたからこそである。
「今の内からそのことも考えておく必要はあるでしょうが、とりあえずはフゥーシウ諸島との交易を安定化することが目標になるでしょうね」
「なんだ。安定化を目指すのか?」
カイトの様子からフゥーシウ諸島との二点間貿易だけをするつもりはないと考えていたのか、レグロが意外そうな表情になっていた。
「勿論です。といっても、行っても数か月に一回とかになるでしょう」
何しろフゥーシウ諸島内では、交易に向けて作っている商品はほぼゼロに等しい。
その状況を改善していくためにもこまめに向かう必要はあるが、あまり頻繁に行ってもまだそこまでの生産能力がない。
結果として、今は数か月に一回くらいがいいだろうとカイトは考えている。
いずれにしても海運ギルドに所属している以上は、商業ギルドが変に手を出してくることはない――はずである。
カイトもガイルも現時点でそんなことを考えていたのだが、それが甘い認識だったと思わされることになるのは、そう遠くない未来のことなのであった。
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「――カイトは、自分で交渉をすることはないのですか?」
「えっ……? いや、時と場合による……りますが?」
海運ギルドを出て別の目的地へと向かう途中、それまで黙ったまま何やら考え込んでいたクリステルから質問されて、カイトは慌ててそう答えた。
余りに突然だったため口調が普段のものになってしまったので、慌てて敬語へと直している。
そんなことは全く気にしていないのか、クリステルはジッとカイトを見ながらさらに問いかけてきた。
「では何故、海運ギルドのギルドマスターとは直接交渉なさらなかったのかしら?」
「ああ、それは簡単です。ギルドマスターとは既に何度かやり取りしていますし、そもそも海運ギルドがややこしい交渉をしてくることもありません。それでしたら商品のやり取りは他の者に任せて、それ以外を話したほうがお互いにとって有益だったのです」
海運ギルドでは、商業ギルド――というよりも商会とのやり取りとは違って、基本的に値切り交渉などは発生しない。
相場の変動による価格の上下はあるのだが、そこは海運ギルドにお任せというのが基本なのである。
中には、海運ギルドを相手に交渉をする強者もいるが、どちらかといえばそれは少数派である。
「海運ギルドでは交渉しない……のね?」
「全部が全部そうであるわけではありませんが、大まかにはそうなっています。海運ギルドは商業ギルドと違って、あくまでも船乗りをまとめている組織ですから」
商売がメインになっている商業ギルドではありえないことなのだが、海運ギルドはあくまでも船乗りが中心となっている。
船荷を扱っている以上商人とのやり取りも発生するのだが、そこはあくまでも自己責任という扱いだ。
故に、海運ギルドでの交易品のやり取りでは、大損することも無ければ、大儲けすることも無いようになっている。
「そうだとすると、次に向かっている所では、カイトが直接交渉を行うのね?」
「それはどうでしょうか。初めての交渉をする場合は、私が出ても舐められるだけですから。基本的にはガイルに任せることになると思いますよ」
「……それは、カイトが直接商人の方と話をすることはないということ?」
「そうなりますね。事前に大まかな内容は決めてありますので、あとはガイルの話し方次第なります」
カイトのその答えを聞いたクリステルは、一度だけ頷いて再び何かを考えるような表情になった。
その様子を見ていたカイトは、ガイルと視線を合わせてから小さく首を傾げる。
クリステルが何故こんな質問をしてきたのか分からないというカイトの仕草だったが、ガイルはこれだけは言っておかないといけないだろうと考えて、さらに付け加えるように言った。
「言っておきますが、確かに直接交渉をするのは私です。ですが、最終的に判断を下すのはカイトですよ」
「それはどういうことですの?」
「いや、言った通りなのですが……それこそ、これから行った先での交渉を見てもらったほうが早いかと」
「……そう。分かりましたわ」
ガイルの言葉にそれだけを答えたクリステルは、また黙り込んでしまった。
そして、それを見ていたカイトとガイルは、もう一度視線を交わし合ってそれ以上のことは何も言わなかったのである。




