(23)公爵との相談
その後も島の様子を聞きたがった公爵に答える形で、話は進んで行った。
そもそもフゥーシウ諸島では、戦争と呼べるような大きな戦いが起こることはほとんどない。
あっても集落(村)同士のいさかい程度なので、国家という大きな枠組みはない。
ただ、島同士での交易はあるので、時にはトラブルになることはある。
そういう時は、集落の代表同士で話し合うことになっている。
外敵がいないからこその政治形態であるため隠すようなこともほとんどないのである。
逆に言えば、悪意を持ってどこかの国家や組織がフゥーシウ諸島に入り込めば、簡単に攻め込まれる可能性もあると言えるだろう。
もっとも、人獣たちの身体能力は他の人族と比べてはるかに高いとされているので、容易に落とされるようなことはないだろうが。
カイトからの話を聞いていた公爵は、いわゆる外交的にはほとんど聞くべきことがないと理解できていた。
フゥーシウ諸島内にどんな島があって、どれくらいの人獣が暮らしているかなど知りたいことはたくさんある。
だが、カイトとガイルは数日の滞在でそこまで詳しく知れたわけもなく、幼いころから巫女として修行をしてきたメルテは、島々の常識とは違った価値観を持っている。
それらの理由から、あまり参考にならないということも聞く必要がないと公爵が判断した理由の一つとして挙げられる。
そんなこんなで、早々に島の様子を質問する公爵の時間は終わってしまった。
そのころ合いを見計らって、カイトがこれまでとは違った話を切り出した。
「――それで、お土産をお持ちしましたが、確認されますか?」
「お土産と言いつつ、そなたは我が家に売りつける気満々だろう?」
「勿論です。これが無ければ、そもそも新天地の調査などできませんから」
さらりと言ってのけたカイトに、公爵は苦笑を返すことしかできなかった。
公爵がこうしてカイトの誘いに敢えて乗っているのは、セプテン号という未知数の船を使った探索に期待をしているからだ。
カイトがヨーク公爵家だけを相手に商売をするつもりはないということは知っているのだが、こうして繋がりを持っていられるだけでも益がある。
セプテン号のオーナーというのは、公爵にとってはそれだけの価値があるのだ。
そんなことを考えていた公爵に、カイトは部屋の片隅に置かれた荷物からある物を取り出した。
「それは……陶器か? 中には何が入って…………む、酒の類か?」
カイトが陶器から何かの液体をグラスに注いだ瞬間に流れてきた独特の香りに、公爵は大まかにはそれが何かを理解していた。
ただ、その香りがアルコールだということが分かるだけで、具体的にどんな種類の酒であるかまでは分からなかった。
「ええ、そうです。これは、あの諸島全体で作られているお酒の一種です。この後も執務はおありでしょうが、一口試されてみてはどうでしょうか?」
「そうさせてもらおうか」
カイトの言うとおりに、執務がこの後にもあるのは間違いないが、一口くらいなら影響はほとんどない。
公爵は、カイトに勧められるままに受け取った酒を口にした。
「――うむ。確かにこれは、初めて口にする味だな。……中々味わい深い。好みは分かれるだろうが、一定の需要は見込まれるだろうな」
自分と同じ評価を下した公爵に、カイトは内心でガッツポーズをした。
セプテン号の船乗りたちの感想を聞いた時から売れるということは分かっていたが、貴族がどんな反応を示すかは分からなかったのだ。
公爵という立場の人間からお墨付きを得たことで、その不安も払拭されたということになる。
「それはよかったです。残念なのは、あまり量を持ってこれなかったことでしょうか」
「そうなのか?」
「そもそも諸島外との交易をするなんて見込みはありませんでしたから、量があまりなさそうでした」
「なるほど。それはそうだろうな。だとすれば、こちらの需要を満たせるようになるには、それなりに時間がかかりそうか」
「そうなるでしょうね。このことはお酒だけに限らず、全体でそんな感じでしたから」
カイトの受けた印象に、公爵は「それもそうだろう」と言って頷いた。
公爵は、この時点でセプテン号がどの程度交易品を積んでいるのかは知らないが、カイトの顔を見てある程度の利益は出せるのだろうと見込んでいた。
公爵は、それらを理解した上で、カイトに次の問いかけをした。
「それで? こちらに譲ってくれる分はあるのかな?」
好みは分かれるといっても、これまで世に出回っていない珍しい酒というだけでもパーティの席に振舞う価値はある。
それが分かっているからこそ、カイトもまず先に公爵に酒の味見を勧めたのだ。
「勿論です。そのためにお勧めをしたのですから。ただ、お出しできる量は、公爵様の要求次第になります」
カイトとしては、商会にこの後持っていくことを考えれば、ある程度の量を確保しておきたい。
ただ、そんなことを考えずとも、公爵がすべてを買い取ってくれるというのなら話は別だ。
そんなカイトの考えをしっかりと理解している公爵は、少し考えるような表情をしてから切り出した。
「そうだな。こちらとしては、会食に出せる分だけ譲ってもらえればいい。詳しくは家令に指示を出させよう」
「そうですか。畏まりました」
予想通りの公爵の答えに、カイトはニコリと微笑んでから頷いた。
こういう場合、貴族によっては全てを出せと言って来ることもあり得る。
だが、セイルポートを領地の一部としているヨーク公爵家は、世界各地から色々な交易品が集まって来る。
それは、王家を除けば、他の貴族を圧倒する種類と量になる。
そうした領地だからこそ、いくら珍しいからと言って自分のみで独占しては駄目だという考えが根本にあるのだ。
領地を経営している公爵家が代々そういう考えだったからこそ、セイルポートの港は貴族の威光に委縮することなく発展してきたと言えるだろう。
当たり前だが、公爵の言った「譲ってもらう」というのは、タダでという意味ではない。
会話上では省かれているが、そもそも公爵が直接値段の交渉を行うことはほとんどない。
そうしたやりとりは蚕の時に経験済みなので、カイトもガイルもこの場で確認することはなくなっているのだ。
具体的に金銭の話をするのは、家令に実際の商品を渡す時になる。
公爵家の優秀な家令たちは、今この瞬間にも具体的な話ができるように準備を進めているはずである。
公爵との話を終えたあとに、カイトたちは家令と話をすることになるが、今はまだ公爵との話は続いている。
「持ってきたのは酒だけなのか? そなたのことだから他にもあるのだろう?」
「さすがのご明察です。勿論あるのですが、今回は色々と細かく持ってきております。いかがいたしますか?」
「そうか。生産量がまだ足りないのだったな。……ふむ。時間がかかるのであれば、後から確認するということでも構わないか?」
「それで構いません。実用品から調度品になりそうな物まで、色々持ってきておりますから」
流石に今回持ってきた物全てをこの場でチェックするつもりは、カイトにも公爵にもないのだ。
公爵がどれを欲しがるかもわからないので、まずカイトは全部を見てもらうつもりでいた。
その上でどれを引き取るかを確認してもらい、残りの分を海運ギルドなり商業ギルドなりに売り払うつもりでいるのだ。
既に蚕の取引の時にお互いの信用は得ているので、今回は見分ができる量だけを公爵家に残していき、結果を後日伝えて貰うことになる。
そうしたことを決めてから公爵との話を終えたカイトは、続いて家令と米の酒を納めるために、家令と話を進めるのであった。
米の酒……日本酒と言ってしまうと折角の異世界感が薄れそうで……。
素直に米酒としてしまおうか、悩み中です。




