(7)初めてのクエストクリア
「――――ギルドに関しての説明は以上になります。何か質問はありますか?」
「いいえ。今のところはありません。聞きたいことがあれば、後から聞いてもいいんですよね?」
「はい」
カイトの問いに、海運ギルドの受付嬢はすぐに頷き返してきた。
正直なところ、登録時の最初の説明ですべてを理解する者の方が少ないのだ。
どちらかといえば、ギルド員が利用時に規約外のことをして注意する際の予防として最初に一気に説明していたのだ。
この辺りの理屈は、どこぞの世界での携帯電話の契約と似たようなところがある。
受付嬢が言ったように、疑問があれば都度答えるというのはギルド側の業務の一環となっている。
そんなギルドの裏事情はともかくとして、カイトは受付嬢から聞いた内容を頭の中で反芻した。
そもそも海運ギルドは、冒険者ギルドの一部門から別れてできたという歴史的な背景がある。
冒険者が海で活動していた内容のものを、一個の独立した組織として分けたのだ。
そんな歴史があるために、二つの組織の間は良好なもので、所属しているギルド員も両者を掛け持ちしているということも珍しくない。
そのため、海運ギルドの制度も冒険者ギルドに非常に似通っている。
ランク制度はどこのギルドでもあるのだが、仕事の受け方やランクの上がり方などなど、ほとんどが冒険者ギルドのやり方を踏襲していると言える。
そんな海運ギルドの最大の特徴は、ランクの上がり方が大きく分けて二系統あるというところだ。
一つは乗組員ランクというもので、一介の荷運び員から雇われ船長まで含まれている。
もう一つはオーナーランクで、これはそのまま船を個人で所有している者が持つことができるランクだ。
両者の系統は、もっと細かく分けることもできるのだが、その二つが海運ギルド内でのランクということになる。
乗組員ランクは、それこそ身一つからなることができるが、オーナーランクはそうではない。
当たり前だが、オーナーという名が付いているように船を必ず一隻は持っていなければならないのだ。
一本の木をくり抜いただけの小舟――というのもおこがましいかも知れないが――を持っているだけでもオーナーを名乗ることはできる。
ただし、冒険者ギルドと同じように依頼の達成数でランク更新が行われるので、そんな船だけでランクを上げ続けられるわけではない。
オーナーランクで上位になるためには、どうしても大きな船を持たなければならないのだ。
そうした理由から、海運ギルドのギルド員として登録する場合は、まず最初に乗組員ランクから始めることになる。
船を持っていないカイトは乗組員として登録をして、Gランクからのスタートとなる。
それらのことを頭の中で整理したカイトは、首を左右に振りながら受付嬢に向かって言った。
「それじゃあ、俺から聞くことはありません」
「そうですか。あと、ギルドカードは一時間程でできます。受け取り自体はいつでも可能ですが、ひと月以内に依頼を行わないと失効しますのでご注意ください」
この場合重要なのは、依頼を達成(成功)しなければならないのではなく、受領しなければならないということだ。
依頼の成功確率はランクの上昇に関わって来るのだが、失効してしまうかどうかはギルド員として最低限の義務を果たしているかどうかを見ているということになる。
ちなみに、紛失などでの再発行は、一定額の金銭さえ払えば行うことができる。
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受付嬢の説明に礼を言ったカイトは、そのまま海運ギルドの建物から外に出た。
ギルドカードを受け取るには、一時間ほど待たないといけない。
その間に、クエストの結果を確認しておこうと考えたのだ。
クエストで言っている『船乗り』が、海運ギルドの乗組員と同じ意味かどうかは分からない。
そのためにも、人目につかないところでクエストの内容に変更があったかどうかをきちんと確認した方がいい。
そんなことを考えつつ、カイトは再び孤児院の傍にある林へと来た。
コンからの依頼とされているクエストは特別な扱いがされているので、出来る限り人目につかないところで確認した方がいいと考えてのことだ。
「さて、クエストはどうなったかな?」
カイトがそう呟くのに反応して、それまで肩の上に乗っていたフアが地面へと降りてきた。
「あれ? もしかして、これから何が起こるかわかっている?」
フアが肩から降りるのを見てそう感じたカイトがそう聞くと、フアがコクリと頷いた。
その返答を確認したカイトは、これから確認することが、フアにとっても大切なことなのかと推測した。
そして、カイトは無言のままクエスト画面を開いた。
「あ。完了の表示が出てるな」
カイトがそう呟くと、それまであった文言が無くなり、いきなり画面が光だした。
突然光ったことと結構強めの光だったことに、思わずカイトが目をつぶってしまった。
そして、次にカイトが目を開けた時にはクエストの表示が無くなり、その代わり画面の手前に一本の棒のようなものが出現していた。
「これは……?」
カイトがそう言いながらその棒に触れようと手を伸ばすと、触れるか触れないかというところで棒が浮力を失ったかのように、地面に向かって落ちた。
「――おっと」
ちょうど棒に向かって手を伸ばしている最中だったので、地面には落とさずに途中で掴むことができた。
改めてその棒を確認すると、いくつか穴が開いていることが確認できた。
「――というか、これって笛か何かじゃないか?」
見たまんまの感想を聞くと、また先ほどと同じように同意の頷きを返してきた。
それを見てやっぱりかと呟く海人を見ていたフアが、いきなりその場から動き出した。
ただし、フアは一定の距離を離れただけで、すぐにカイトの方に振り返ってきた。
その様子を見れば、フアがカイトに着いて来てほしいのだということはすぐにわかった。
そして、これはわざわざ確認するまでもないなと考えたカイトは、フアの後を追いかけるように歩き始めた。
フアが向かった先は、孤児院がある方角とは逆の海が見える崖がある場所だった。
この崖があるお陰で、林の中で魔物が出て来なくなっているのだが、逆にいえばそれしかないともいえる。
そんな場所に何の用事があるのかはカイトには分からないが、フアは何度か振り返って着いて来ているかを確認しているので、重要なことなのだろうと何も言わずについて行った。
そして、林が切れて完全に崖の先が見える場所まで着いた時に、フアは地面の上に転がっている岩の上に乗った。
「ええと……? ここで何かあるのか?」
カイトがそう問いかけると、フアは後ろ足だけで立ち上がって、器用に右手前足でカイトの左手を指した。
「これをここで鳴らせばいいのか?」
コクン。
フアがわざわざこんなところまで来た意味は分からなかったが、敢えてここまでくる理由があったのだろうと考えて、カイトは左手に持っていた笛――のようなものを口に咥えた。
その笛(?)には、リコーダーかもしくはホイッスルのように、息を吹きこむためのもの――吹口が付いている。
吹口に息を吹き込むと、笛から少し高めの音が鳴った。
思ったよりも綺麗な音が出て来たことに内心で驚いていたカイトは、目の前の光景に変化が起こったことに気が付いた。
具体的に言えば、崖からさらに先にある海面に、巨大な魔法陣が描かれたのだ。
その魔法陣は海面から徐々に上がって行き、下の方から人工の建造物らしき物が出てきた。
そして、その魔法陣が空高くまで上がって消えた時には、海原の上に一隻の大きな帆船が現れたのであった。