(6)クエストの確認
クローバー神父と話を終えたカイトは、そのまま孤児院を出た。
本来であれば院内の手伝いをしなければならない時間なのだが、今日は儀式があるということで免除されている。
そのため、院内では視線だけで挨拶をしてから外に出てきていた。
そして、孤児院の外に出たカイトは、裏手にある小さな森……というか、林に入った。
この小さな林は、元は教会の物だったのを孤児院で管理するようになったものだ。
ここであれば魔物が出て来ることはないし、誰かに咎められることなく一人になることができる。
時間によっては孤児院にいる子供たちが恵みの採取をしていることはあるが、今はいないことは分かっている。
五才の時から孤児院にいるカイトは、子供たちの行動パターンをきちんと把握できているのだ。
林の中にある一本の木の傍で立ち止まったカイトは、ずっと自分の肩に上ったままだった狐へと話しかけた。
「話を聞くことはできますか、お狐様」
カイトは、フア(の化身?)のことを名前で呼んでいいのか分からずに、そう呼ぶことにした。
フアの方も理解できているのか、カイトの呼びかけに応えるように、右腕を伝って降りてきた。
カイトは、フアの動きに慌てて右手を自分の胸の前に来るように動かす。
するとフアは、身軽な動きでそのままカイトの手のひらの上にひょいと乗ってきた。
そして、フアが自分を見て来るのを確認したカイトは、そのまま話を続ける。
「ええと……言葉は通じているということでいいので……か?」
カイトがそう問いかけると、フアはコクコクと狐の姿のまま頷いた。
ちなみに、敬語を言おうとして普通に戻したのは、例の部屋にいたときに敬語で話した時に怒られたことを思い出したためだ。
「こっちの言っていることは理解できるけれど、話すことはできない?」
――――コクコク。
「話ができないのは、能力が足りていないから?」
――コクリ。
「それは、俺のせい? それとも別の原因?」
カイトのその問いに、フアは忙しそうにカイトを見たり自分の体を見たりした。
「それは、どういう……ああ、どっちにも原因が……じゃない? ……ああ、なるほど。それ以外にも色々と原因がある?」
コクコク。
ようやく言いたいことが伝わったと満足したのか、フアは何度か頷いていた。
狐の姿なので、表情が変わっているようには見えないのだが、カイトは不思議と感情が伝わって来る気がしていた。
「それは、じゃあ、仕方ないか。それよりも、クエストってどうやったら受けられるんだ?」
カイトがそう問いかけると、フアはせわしなく右手前足を動かし始めた。
動かしているのは右側だけなのでそれに意味があるとは思うのだが、カイトにはフアが何を伝えようとしているのかが分からない。
「えー……何かを拭く? ……じゃない。撫でて欲しい……でもない。んー…………パソコンのキーボード?」
途中から両手を使ってカタカタと何かを打つ仕草をしだしたフアに、カイトは過去の記憶で使っていた道具のことを思い出してそう聞いた。
するとフアは、嬉しそうにその場で一回りしてから、また右手を動かし始めた。
「パソコンということは、マウス? ……じゃない。だったら、スマホ? お。正解か。じゃあ、スマホでタップか。……ん? スマホでタップ?」
自分で言った言葉に閃いたカイトは、何もない空間を何かに触れるように左手を動かしてみた。
「……うーん。駄目か。あ。もしかして……クエスト」
左手で何かを触れるように意識しながら最後の文言を口にすると、プロンプトのような画面が出てきてテレビやパソコンが点くように文字が現れた。
どうやらこれで正解らしいと理解したカイトは、改めて現れた文字を確認した。
するとそこには、《ここをタップしてね》という気の抜けるような文字が書かれていた。
ちなみに書かれている文字は日本語で、例えこの場に誰かがいたとしても読まれる心配はないはずである。
初めてのはずなのになんとも懐かしい感じを受けたカイトは、多少戸惑いながらも文字の部分をタップした。
そうすると最初に出ていた文字が消えて、代わりに《まずは船乗りになろう》という文章に変わった。
「船乗りにね。まあ、納得がいくクエストか」
カイトが創造神から受けている依頼は、船の知識を広めるというものである。
それにはまず、こちらの世界の船の知識を手に入れるというのが大事である。
この世界で船に関係する仕事はいくつかあるが、国に所属しないということを条件として上げるならば、海運ギルドで乗組員になるのが一番手っ取り早い。
それに、このクエストがなかったとしても、カイトは船乗りになるつもりだった。
儀式を経て魂使いになったとはいえ、以前の言動を知っている周囲からは不思議に思われることも無いはずだ。
せっかく魂使いになったのに、なぜそんな仕事を選んだと言われる可能性はあるのだが。
「さて。クエストの確認はこれで終わりか。あとは……そうか。今後の方針を決めたほうがいいな」
とりあえず海運ギルドに行って登録をするということは決まっているが、その場合でもいくつかのパターンが考えられる。
この世界でのギルド登録は十二歳からできることになっているので、年齢的には問題がない。
ただし、小さな狐を連れている十二歳の少年ということで、諸先輩方から目を付けられる可能性が高いはずだ。
注目を集めるくらいなら無視をすればいいのだが、強引な手段を取ろうとする者も出て来るかもしれない。
海運ギルドは、荒くれ者たちが集まっている場所ということでも有名なのである。
「――そうなった場合は、いっそのことギルドを巻き込んでしまうか。よし。そうしよう。駄目だったら駄目だったで、逃げればいいか」
ひとしきり考えてそう結論付けたカイトは、未だに右手の上に乗っているフアの頭を撫でた。
「これからギルドに移動するから、そこから移動してくれるか?」
カイトがそう呼び掛けると、フアは了解と言わんばかりにするすると腕を登って肩の上に乗った。
残念ながらカイトからは肩の上に乗ったフアの様子は見られなかったのだが、その仕草はここが定位置だと言わんばかりに落ち着いたものだったのである。
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カイトが生まれ育ったセルポートの町には、大きな港がある。
ハイルトン公爵家が治めているこの町は、ロイス王国にとっての重要な商業港の一つとして発展してきたのだ。
そのため町の中にある海運ギルドは、周辺の漁村にあるようなものとは規模が全く違っている。
もっとも、生まれてこの方セルポートの町を出たことがないカイトは、その違いを自分の目で確かめたことはないのだが。
セルポートの町の港には、各商会が構えている大きな倉庫がずらずらと連なっている。
それらの倉庫群の始まりで、大通りの真ん前である一等地に海運ギルドがあった。
その建物を見れば、海運ギルドが町の中でどれほどの権勢を誇っているかがわかる。
セルポートの町に限って言えば、海運ギルドは五本の指に入るほどの大きな組織なのだ。
そんな海運ギルドの建物の前に来たカイトは、出入りする人々を見ながらぽつりと呟いた。
「非常に……肉肉しい、なぁ。それも、当然か」
海運ギルドが担当している海の仕事は、そのほとんどが荷運びなどの肉体労働である。
そうなると、集まって来るのは当たり前のようにほとんどが男――しかも、力自慢の者たちということになる。
全部が全部そうであるとは限らないのだが、割合からすれば筋肉のついていない細身の人間はわずかということになるのだ。
ちなみに、魔法が存在するこの世界では魔法使いが風を起こして船を動かしたりなどもできるのだが、それなりに希少な魔法使いが小さな商船に乗るようなことは滅多にいない。
魂使いほどではないが、実用に耐えられる魔法使いも数も限られているのだ。
ともあれ、いつまでもギルドの前で立ち止まっていても仕方がないと気分を入れ替えたカイトは、肩の上に乗って何やらしているフアを意識しながら建物の中に入ってくのであった。