(5)育ての親
少女の態度は見慣れたものなのか、司祭は特にそれに反応することなく話を続けていた。
その後に司祭がした話は、学園への手続きの方法や教会に入るかどうかの確認だった。
その際、カイトが少し不思議に思ったのは、司祭が強引な勧誘をしなかったことだった。
ただし、カイトはそもそも教会が運営している孤児院にいるので必要ないと考えたのかもしれない。
それに、少女には魂使いにはなっているが、カイトのようにコンそのものを得ているわけではないので様子見をしている可能性もある。
司祭がどう考えているにしても、カイトにとっては勧誘が来なかったことはありがたいことだった。
カイトの得ているコンが神そのものだとばれれば強引な勧誘もあり得ただろうが、少なくとも見た目は小さな狐でしかないので、そんな力のある存在だとは考えていないのだろう。
カイトは、司祭の話を聞きながらそんなことを考えていた。
「――――説明は以上になります。後から聞きたいことを思いついたときには、この教会で誰かを捕まえれば教えて貰えるはずです」
司祭は最後にそう言って、話は終わりだと言わんばかりに両手を広げた。
その動作そのものに意味はないようだったが、カイトには司祭が何を言いたいのかは伝わった。
自分から話すことはもうないから、早く帰れと言いたいのだ。
それは、カイトの曲解も多分に含まれているが、おおむね言いたい方向は間違っていなかった。
何故なら司祭は、すぐにこれで説明は終わりだと言ってその場から去っていったのだ。
そして、その様子を見ていたクローバー神父が、苦笑しながらカイトに向かって言った。
「院に帰りましょうか」
「あ、はい」
カイトとしても特にこれ以上の用事があるわけではないので、素直に頷いた。
その返事を聞いたクローバー神父が入り口に向かって歩き始めたので、カイトもそれについて行――こうとしたところで、いきなり少女に呼び止められた。
「ちょっと待ちなさい!」
「……なにか?」
明らかに自分に向かって呼びかけられているということが分かったので無視するわけにもいかず、カイトは振り返りつつ少女が何を言うのかをその場で待つ。
「そんな小動物を得たからって、私に勝ったと思わないことね!」
ビシッと右手の人差し指を指しながら言ってきた少女に、カイトは反射的に「ナイナイ」と返そうとして、グッと我慢をした。
ここでそんな返事をすれば、少女の反感を益々あおるだけだし、何よりも勘違いしてくれているのをわざわざ正す必要もない。
カイトは、自分の得たコンが神であることは、今のところは公表するつもりはない。
こんなところでその事実を明らかにすれば、面倒なことが待っているのは間違いないからである。
カイトが見た限りでは、少女は魂使いになってはいるようだが、コンそのものを得ているようには見えない。
むしろ、いきなりコンを得ていることのほうが珍しいのだが、今のカイトはその事実を知らない。
とりあえず、少女の周囲にコンが見当たらないことは明らかであり、そのことで少女が突っかかって来ているという事だけは理解できる。
それに、海人として人生を歩んできた記憶があるので、少女のことも子供らしいなあと微笑ましく思うだけだった。
もっとも、そんなことを考えているカイトも、「海人」の記憶は引き継いではいるが、基本的には「カイト」としての性格が多く残っている。
ただ、魂そのものは同じなので、そこまで大きく行動原理が変わるということはない。
宣誓の儀を迎える前から「俺」に変えたりする男の子は多いので、カイトがいきなり大人びたりしても違和感を覚える者は少ないはずである。
勿論、カイトが大人の記憶を持ったなんてことは今日が初対面の少女に気付けるはずもなく、黙ったままのカイトに「フン」とわざとらしく鼻を鳴らして隣に立っていた母親らしき女性を見た。
「お母さん、行こう」
「そうだね」
その母親に至っては、神父と一緒にいるカイトのことは全く気にしていないのか、少女の好きにさせるままだった。
そしてその母親は、少女が言ったとおりに、カイトには目もくれることもなく歩き始めていた。
少女から一方的に言われたいことだけを言われてしまったカイトは、少しその場で立ち止まったまま周囲には聞こえないようにぽつりと呟いた。
「うーん。これもフラグってやつなのか? ……そんなもの、いらないんだけれどなあ」
――と、そんなカイトの呟きには、肩の上に乗っている狐も含めて、答える者は誰もいなかったのであった。
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教会から孤児院まで真っ直ぐに戻ったカイトは、そのままクローバー神父に院長室へと呼ばれた。
今後についての話をするのだろうと見当がついたカイトは、素直にそれに従った。
そして、院長室にある椅子に腰かけた神父は、真っ直ぐにカイトを見ながら聞いてきた。
「さて。カイトはすぐに学院に通うつもりですか? そうならば、すぐにでも手続きの準備をしないといけないのですが?」
「いいえ、神父様。今のところそれは考えていません」
「ほう? 理由を聞いても?」
「神父様が言ったとおりに、今から準備しても忙しくなるというのがあるから。それに、何となくだけれど、クエストを受けられる……気がするので」
カイトがそう言うと、クローバー神父は少しだけ驚いたような表情で目を見張った。
クローバー神父は魂使いではないが、魂使いにとってコンからの依頼が重要な役目を追っていることは知っているのだ。
それこそ、学院への入学を遅らせる理由になるほどだと思う程には。
神父である以上はクローバー神父も教会に属していて、魂使いについては学んでいる。
そのため、これ以上カイトに学院への入学を勧めてくることはなかった。
ただ、その代わりに別のことを聞いてきた。
「そのクエストがどんなものかは聞いても?」
「残念ながらまだ分かりません。さっきも言った通り、あくまでも気のせいかも知れないので」
創造神や大地の神から指示されている内容であれば分かっているが、それが即クエストになるかは分からないので、嘘は言っていない。
カイトは、これまで育ててくれたクローバー神父のことは信用しているが、だからといって何でもかんでも言うとおりに動くつもりはない。
クローバー神父は、無理やりに言うことを聞かせるように言うような人ではないが、カイトがコンという力を持った以上は、周囲がどう絡んでくることになるかは分からない。
そのためにも、ある程度の情報を隠すことは必要だとカイトは考えていた。
それもこれもカイトが、海斗としての記憶を持っているからこそ考えられることであり、もしそれがなければこんなことは考えていなかっただろう。
そんなカイトの考えていることが分かっているのかいないのか、クローバー神父は少しだけ考える表情を見せてから頷いた。
「そうですか。そういうことでしたら、カイトの考えも理解できます。とにかく、学院に行きたいと思った場合には、私に話すように。必要な書類などを用意しますから」
「わかりました。ありがとうございます」
丁寧にそう返して頭を下げたカイトに、クローバー神父は一瞬驚いたような顔になってから、すぐに笑みを浮かべた。
カイトがクローバー神父に対してここまで丁寧な態度を取ったことはなく、儀式を経て大人になったのだろうと育ての親としての感覚で喜んだのである。
そんなクローバー神父の反応を見て、カイトも何となく温かい気持ちを胸の中に感じるのであった。