(4)司祭からの説明
一瞬で視界が変わったことを認識したカイトは、『神魂の板』に振れていた手に違和感を覚えてそちらへと視線を移した。
すると、カイトの手の上に一体の小さな狐がいた。
その狐は、尻尾を抜かした体長がちょうどカイトの手の大きさくらいで、その小さな体を活かすようにするするとカイトの腕を伝って肩まで登ってきた。
それを確認したカイトは、すぐに視線を司祭へと向けた。
カイトが魂付きになったことが狐によって証明されたことで、司祭がどういう反応をするのかを確認したかったのだ。
カイトに視線を向けられていることを意識しているのかどうかは分からないが、司祭はにこりと微笑んでから言った。
「おめでとう。どうやら君は、コンを得ることができたようだね」
「ありがとうございます」
少年としての感覚もしっかり残っているカイトは、少しだけ頬を上気させながら礼を言った。
先程の神父とのやり取りからすれば、現状が非常に嬉しいことであるのは紛れもない事実なのである。
ただし、同時にカイトは、一瞬司祭の目が笑っていなかったこともきちんと見抜いていた。
それが、カイトが孤児であることを侮蔑しているのか、得られたコンが小動物だと勘違いしているからなのかは分からない。
とにかく、それを見つけたカイトは、表では笑いながら心の中では目の前にいる司祭のことを信用できなくなっていた。
それがただの気のせいだったのかどうかは結局最後まで分からなかったが、この時点でカイトが司祭と距離を置こうと考えるきっかけになったことは、紛れもない事実である。
そんなカイトの心の動きなど知る由もなく、司祭は頭を上げたカイトに向かって言った。
「それでは、一度席に戻るように。そのあとで魂使いについての話があるから、少し待っていなさい」
「わかりました」
話の内容がどんなものなのかは分からないが、カイトは素直に頷いた。
海斗として生きてきた記憶がある今、カイトはこんなところで反発するほど子供ではない。
それに、司祭がこの後どんな話をするのかは、きちんと聞いておいたほうがいいはずだ。
司祭のいる祭壇から戻ったカイトは、少し驚いた様子で迎えてくれた神父に笑いかけた。
「無事、コンを得ることができました」
「そのようですね。……後で構わないので話をしましょう。今は、司祭様のお話を聞くように」
神父は声を落としながらこそこそとカイトにそう返してから、すぐに司祭へと視線を向けた。
カイトは、神父と同じように司祭へと向けた。
そちらでは既に司祭が、儀式を終えた子供たちへ宣誓の儀の終了の宣言とこれから大人へとなることへの戒めの話を始めていた。
勿論カイトも、その話を聞き流すようなことはしなかった。
そして、カイトが席に戻ってから五分と経たずに、今回の宣誓の儀は終わりとなったのである。
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儀式を終えた子供やその親たちから複雑そうな視線を向けられつつ、カイトはクローバー神父と一緒に司祭から呼ばれるのを待っていた。
礼拝堂には、カイト以外にももう一組の親子が席に座ったまま待っている。
その子は、カイトと同じように今回の宣誓の儀でコンを得た少女だ。
ただ、一度だけカイトと視線が交わっていたが、何故かその少女はすぐに不機嫌になった様子で視線を逸らし、さらに見て来ることはなかった。
少し席が離れていたので細かい表情の変化までは見分けられなかったが、カイトには何となく少女が言いたいことが分かって、内心で苦笑をすることしかできない。
そんな少女とのやり取りがありつつ、カイトと少女以外の親子が教会を出て行くと、司祭が改めて二人を近くまで呼んだ。
カイトは、後ろの方に座っていたので少女が先に座って待つ形になった。
その時には完全に少女はカイトを無視しており、頑なに司祭の方だけを向いていた。
ちなみに、少女の両親は最初からカイトを見ようともしていない。
カイトとクローバー神父が席に着くのを待ってから、司祭が一息ついてから話を始めた。
「まず、魂使いになった二人には、お祝いを申し上げます。そして、これから話すことは二人の将来にもかかわって来るので、よく聞いておくように」
そう前置きをした司祭は、魂使いがやった方がいいことを伝えてきた。
まず、魂使いになった場合には、国内にある学院に通う権利が与えられる。
通学は義務ではないが、魂使いとして貴族からも注目される未来を考えれば、作法を習える学院には出来れば通った方がいい。
ただし、魂使いという存在になった以上は、国という枠組みに縛られることはなくなったため、どの国の学院に通うかは自由に選択することもできるそうだ。
これは、それだけ魂使いという存在が、各国にとっては重要な立ち位置にいるということを示している。
また、学院に通い始めるのは、別に今すぐでなくても構わない。
極端な話、十年先であってもいいことになっている。
そもそも魂使いは、多くの場合で宣誓の儀の際に誕生するのだが、時には自然発生的に年を取ってからなることもある。
教会の記録で年を取ってから魂使いになった一番の記録は、五十歳になってからというものもあるくらいだ。
コン自体は、確率は非常に低いが儀式でなくても得ることがあるので、そういう例も出て来るのだ。
そのため、学院に通い始める年齢も敢えて定めていないというのが、実情である。
さらに、通う学院は別にカイトが生まれ育っているロイス王国にあるものでなくとも構わない。
これは、魂使いが国には縛られないという各国の暗黙の了解があるための規則だ。
時に強大な力を持つ可能性がある魂使いは、味方になれば頼もしいが、敵になった場合はそのまま脅威となる。
過去、そんな力を持つ魂使いを縛り付けようとした大国があり、どちらにとってもろくな結果にならなかったためにできたのが、国に縛られないというルールである。
勿論、大国になるほど魂使いにとっていい条件を提示できる可能性も高くなるのだが、そもそも交渉することすら不可能な小国にとってもこのルールは自国がワンチャンを得るためには絶好の機会になり得るものなのだ。
そんな国同士の思惑もあり、現在ではこのルールが定着しているのである。
「――気を付けなければならないのは、魂使いが国に縛られないからといって、どこまでも好き勝手にできるというわけではないということだ」
そこで一区切りした司祭は、この意味が分かるかという視線でカイトと少女を見た。
この問いに対して、すぐに答えが分かったカイトがどう答えたものかと悩んでいる間に、少女が少しムッとした表情を見せた。
「なぜ? 私たちは自由の身なのでしょう?」
「それは、ある意味で正しく、別の意味では間違っているのだよ。そもそも魂使いにも、どこかの組織に属して税を払う必要がある。その払う相手は自由に選べるのだがね。それに、国家間を移動するためには、身分証も必要になる。そのためにもどこかの組織には属する必要があるんだ」
司祭は、少女に対して微笑みながらそう答えた。
その答えは、カイトにとっては用意していた答えと似たようなものだったので、やっぱりかと思うだけだった。
だが、少女にとっては気に入らないものだったのか、しかめっ面をしていた。
そんな表情も見慣れているのか、司祭は何も言わずに微笑みを浮かべたままだった。
その司祭の表情となにも言わないカイトを見て、少女は言葉で反発することなく、ただフンと鼻を鳴らすのであった。