(36)依頼達成
セイルポートに着いたカイトとガイルは、クリステルたちを見送った後に、ギルドマスターに呼ばれて彼の部屋にいた。
そこで二人と対面するように座っていたレグロは、わざとらしく盛大にため息をついてから言った。
「随分な面倒事に巻き込まれたようだな」
「おいおい。面倒事とはお言葉じゃないか。俺たちは、海賊に襲われている船を助けただけだぞ? それとも放置して逃げればよかったのか?」
「そんなことは言っていない。……分かっているのに、こんなことを言わせるな」
レグロはギロリとガイルを睨みながらそう答えた。
ギルドでは――というよりも船に乗る全ての者たちの間では、海賊に襲われている船を見つけた場合は、助けられる限りは助けることがいいとされている。
レグロが問題にしているのはそこではなく、助けた相手のことだった。
「――よりにも公爵家の令嬢を助けるとは、どれだけ不運なんだ? いや、それとも、幸運のほうか?」
レグロのその言葉に、ガイルは反論することなく苦笑をするだけに留めた。
まさしくレグロの言葉は、カイトとガイルも同じように感じていることだったからである。
レグロは、カイトとガイルが公爵家に招かれているという情報をきちんと得ている。
一国の公爵という立場の者と繋がりを持てるという意味においては普通に考えれば幸運と言えるが、カイトやガイルの立場を考えれば微妙なところだろう。
何故なら、折角得た繋がりを利用して、公爵がセプテン号についても手を出してくることは間違いないからである。
ただし、いずれは直接対面することになったであろう時間が早まっただけだともいえる。
「まあ、今回の件が無かったにしても、いずれはこうなることは分かっていたことだ」
肩を竦めながらそう言ったガイルに、レグロは不機嫌な様子を隠そうともせずに言った。
「そうだろうが、こちらとしてもできることには限界があるからな?」
「おっ? ということは――」
「ああ。ギルドとしても何の問題もないと確認ができた。以前言われたとおりに、今後海運ギルドはカイト君の後ろ盾として動くことになる」
そもそもカイトとガイルがギルドの依頼を受けて動いていたのは、この言葉を得るためであった。
それを無事に得ることができたことで、カイトは内心でホッと安堵の溜息をついていた。
場合によっては拒否されることもあり得たので、上々の結果を得ることができたといえる。
表情にそれを出すことはなかったカイトだったが、隣に座っているガイルの腕をチョンチョンと突いた。
その意味を少し遅れて気付いたガイルは、少しだけ間を空けてから聞いた。
「……いいのか?」
「どうせ公爵との話し合いでも出て来るだろうから、いまが一番だろうと思う」
「そうか。それならいいんだ」
レグロにとっては謎の会話が繰り広げられた後で、ガイルは持ってきていた手荷物から一枚の紙を取り出した。
いきなりそんなことをされても意味が分からなかったレグロは、当然のように首を傾げた。
「なんだ、これは?」
「どうせ例の船の乗組員から話を集めているだろうから言うが、常に一定の方向を示してくれる道具、羅針盤の作り方だ。ただ、精度はセプテン号にある物よりはよくないそうだが」
「…………いいのか?」
ガイルが言ったとおりに、レグロはきちんと羅針盤に関する情報を仕入れていた。
航海のスタイルを変えるような道具なだけに、あっさりとその作り方を教えられたというのが信じられないのだ。
レグロの気持ちがわかるガイルだったが、それでも肩を竦めてから言った。
「言っただろう? どうせ公爵との話し合いでも出すつもりだったものだ。だが、一応それを渡すのには条件がある」
「条件?」
「何、簡単なことだ。その作り方をギルドで独占することなく、一般にも公開するということだ」
「…………なるほど」
ガイルの言葉に、レグロは納得の表情になっていた。
一瞬間があったのは、ギルドが独占することでの利益を得られなくなることを考えたのだが、そもそも公爵にも見せると言っている以上はあまり意味はない。
それに、公爵とギルドの間で話し合いをして独占しようとしても、カイトとガイルが勝手に広めてしまえば、それも意味がなくなる。
それならば、敢えて二人に嫌われるような態度を取らずに、出してきた条件を呑んだ方がいいだろうと考えたのだ。
とはいえ、羅針盤のような便利な道具の権利について、一ギルドのギルドマスターだけで結論が出せるわけではない。
「とりあえず、マスター会議で話をしてみよう。まず、承認されると思うが」
羅針盤が広まることで、より交易の幅が広がることには違いない。
それを考えれば、独占することによる利を得るよりも、長い目で見ればさっさと公開したほうがいいという結論になるはずである。
それに、今回の件で集まった情報を考えれば、ここでカイトに嫌われるよりもいい関係を築いたほうが、他の情報も出て来るはずだという確信もある。
セプテン号内で、ガイルが他の船乗りたちに色々な情報を与えていたという事実は、レグロにそう思わせる効果があったのだ。
もっとも、カイトはそこまで考えて行動していたわけではなく、神様ズからの依頼に従って動いていただけなのだが。
とにかく、羅針盤に関しては、少なくとも海運ギルド内で広まることがこれでほぼ確定したといってもいいはずである。
一般に公開してそれがどれほどのスピードで認知されるかは分からないが、馬車で移動するのが当たり前の行商には十分喜ばれるはずだとカイトは考えている。
そのことは、レグロにもきちんと理解されているようで、こんなことを言ってきた。
「一般に広まるかどうかはともかくとして、冒険者ギルドや商業ギルドにも伝えていいのか?」
「それは勿論だ。ただ、当然その時にも独占はしないことを約束してもらう必要はあるが」
「それはそうだろう。うちは駄目なのに、他では構わないとはならないさ。それに、他のギルドがそんなことをしても何の利益にもならないだろうな」
海運ギルドは、今後羅針盤を使うであろう大口の顧客にもなる。
その海運ギルドが独占せずに広めていく時点で、他のギルドで独占しようとしても無理なのだ。
「――貴族や国はどうなりますかね?」
ここで自分に向かって初めて意見を言ってきたカイトに内心で驚きつつ、レグロは特に気にしたそぶりを見せずに答えた。
「さて、どうだろうな。あちらはあちらの利益を追求するだろうが、うちが一般公開する以上、隠蔽する意味はないと考えるのではないか?」
「そうですか」
レグロが自分と同じ意見だと知って、カイトはそう答えつつ頷き返した。
公爵家では具体的にどんな話をするかは決めていないが、それでも羅針盤に関しては情報提供するつもりでいる。
それだけで公爵の追及やら勧誘が収まるかどうかは分からないが、もし駄目だったとしても公爵家の手が及ばない場所に逃げればいい。
今のところまだどこの国にも根を張っていないからこそできる考え方だが、権力を持っている貴族を相手にするにはそれくらいの考えは持っておく必要がある。
今回、海運ギルドの後ろ盾を得たお陰で、問答無用で全ての港から追い払われるという危険はなくなっている。
その事実があるだけでも、普通の船乗りとは違った強気な交渉が公爵を相手にもできるはずである。
カイトはそんなことを考えながら、ガイルとレグロの話を聞くのであった。




