(20)ギルドマスターとの話し合い(前)
謎の大型帆船がセイルポート沖に現れてから二十日が経っていた。
結局その間、海運ギルドではろくな情報を得ることはできていない。
ただしそれは、海運ギルドに限らず国やセイルポートを領地として抱えている公爵も同じなようで、監視用と思われる船が大型帆船の周囲をただ見回っているだけの姿が散見されている。
さらに言えば、どこも碌な情報を得ることができていない状態が続いているため、それぞれの調査隊の間で情報の共有さえ行われるようになっていた。
問題が長期化して多くの人員が割けなくなったために、いっそのこと情報を共有して人員の削減に努めようという力が働いたのだ。
勿論、全ての調査隊が協力関係にあるわけではないが、それでも異例のことと言えるだろう。
それぞれの調査隊同士が情報の共有を始めたことは、ギルドマスターのレグロにとっても悪いことばかりではなかった。
一番大きいのは、やはり人員が削減できたことによって、調査にかかる費用が抑えられたことだ。
謎の大型帆船がいつまで沖にいるのか分からない以上、調査を打ち切るというわけにもいかない。
そのため経費に関しては頭の痛い問題となっていたのである。
そして、この日も特に変わりなしという報告を受けてからさほどの時間も経たずに、レグロは予想外の所から謎の大型帆船の情報を得ることになった。
その情報は、セイルポートの海運ギルドでも注目されているAランク(船長クラス)を所持しているガイルからもたらされた。
そのガイルは、どう見てもただの船乗りになりたての見習い船乗りと共にレグロの元を訪ねて来たのである。
「――――どういうことだ?」
「どうもこうも、今言ったとおりだ。あの船は、こいつがコンからのクエストで得たものだ。無理に手に入れようとするのは、お勧めしないな」
ガイルがこいつと言って示したのは、ただの見習い船乗りだと思われる少年だった。
少年は、短く切った黒髪と意思の強そうな黒目をしていて、子供らしい笑みを浮かべながらレグロを見ている。
髪と目が両方黒というのはこの辺りでは珍しい組み合わせだが、忌避されたり有難がったりされるようなものではない。
身も蓋もない言い方をすれば、魂使いであるということを除けば、その辺りにいるごく普通の子供のようにしか見えない。
ただし、この場合重要なのは、目の前にいる少年がただの子供のように見えるということではなく、魂使いであるということだった。
魂使いがクエストによって得た物は、ほとんどが本人のみが使える専用品であり、無理に奪ったとしても使えないことが多い――とされている。
裏技的に手に入れた後に使えるようにする方法は無くはないのだが、それを試す者はほとんどいない。
その理由は単純で、そんなことをしたことが他の魂使いにばれてしまうと、彼らからそっぽを向かれてしまうことになるからだ。
コンから得た贈り物は魂使いにとって重要なものが多く、それらのものを非常に重要視しているのだ。
魂使いは珍しい存在とはいえ、その数は決して少ない数ではない。
その魂使いたちから睨まれるようなことになれば、レグロの首一つだけで済むような問題ではなくなるだろう。
あの船が魂使いとして認められたばかりの少年の物であるという事実をもって、これまでレグロがしていた皮算用のほとんどが用をなさなくなってしまった。
レグロは、そのことに内心で歯ぎしりをしつつもそれを表に出さないようにしてから、わざと顔をしかめて見せた。
「それを、信じろと?」
「おいおい。それでも切れ者として知られているセイルポートのギルドマスターか? 信じる信じないではなく、それを事実として話をするかどうかを聞いているんだが?」
ガイルからの容赦のない突っ込みを受けて、レグロは内心の動揺を抑えて顔には出さないようにした。
ガイルの言葉で、ようやく自分が平静ではないということに気付けたのだ。
内心の動揺をガイルに見抜かれたからといっても、そこは海運ギルドのギルドマスターを務めているレグロである。
どうということはないという風を装って、首を振りながら返した。
「それでは、交渉の余地もないだろう? 事実かどうかが分からない限りは、そもそも交渉する土台が成り立たないからな」
あくまでも事実確認が先だとするレグロに、ガイルはなるほどと頷いた。
「そうか。それじゃあ、セイルポートの海運ギルドはあの船――セプテン号とは今後関りにならないということでいいな?」
ここでようやく船の名前が出てきたが、レグロにとってはそれどころではなかった。
何とか事実確認をと言って時間稼ぎをしようとするレグロを、ガイルが一刀両断してきたのだ。
あの船が少年の持ち物であるかどうかはともかく、さすがにギルドとの関係が断たれてしまう可能性は無視するわけにはいかない。
「待て待て。どうしてそういうことになる。こちらは、きちんと事実を確認した上で、話をしようとしているだけだろう? それとも、お前は事実確認もしない相手と取引をするというのか?」
どうにかして話の主導権を握ろうとするレグロに、ガイルはわざとらしくため息をついてみせた。
「何か話がずれているようだな。勘違いしてもらっては困るが、俺が求めているのはあの船がギルド公認であることを認めてもらうことではなく、きちんとギルドの依頼を受けさせてもらうかどうかだぞ? 言っておくが、こうしてあんたの前にわざわざ来ているのは、ギルド内で騒ぎにならないように気を使っているんだが?」
はっきりとそう言ってきたガイルを前にして、レグロは内心でやりにくいと舌打ちをしていた。
何故ならレグロは、まさしく今ガイルが言ったようなことを狙っていたためだ。
海運ギルドの人員があの船の中に入って、初めて少年の持ち物だと認めることが出きれば、それは国やその他組織へのけん制になる。
あわよくば、それを背景にしてギルドに組み込むことができれば、それはギルドとして最大の成果となるだろう。
だが、ガイルが求めたのはあくまでも一ギルド員としての対応であり、海運ギルドの庇護はいらないということだ。
庇護といえば聞こえはいいが、要は海運ギルドの傘下に入る形でギルドの意のままにあの船を動かせるようにしたいのである。
当たり前だが、そんな窮屈な立場はカイトもガイルも求めておらず、最初からそれを拒否した形になっている。
ちなみに、今までの話の流れは、カイトとガイルの間で前もってしっかりと話し合って決められたということは、レグロは知らない。
内心で盛大に舌打ちをしたレグロは、それを表に見せることはなく、わざとらしく大きくため息をついた。
「やれやれ。わかったわかった。とにかく、こちらからの仕事を受けてもらえるということでいいんだな?」
「だから、さっきからそれが目的だと言っているだろう? だが、やる仕事はきちんと選ばせてもらうが」
「それは、そうだろうな」
レグロが選んだ依頼だけを受けていれば、それは結局ギルドの意を受けて動いているのと変わらない。
あくまでも大事なのは、ガイル(カイト)が依頼を選んだという事実なのだ。
ギルドはあくまでも仕事を依頼する側であり、選択権は船乗り(冒険者)側にあるというのは、冒険者ギルドから引き継いだ大切なルールの一つなのだ。
ガイルの言葉に、レグロは流石にこれ以上は粘っても無理だろうと判断した。
完全敗北を認めたという形にはなるが、それでも海運ギルドからあの船との関わりが一切無くなるよりははるかにましである。
そして、ガイルが求めた依頼はまだ出していない。
それによって、今後の付き合い方を見定めて良いだろうと、レグロはまだガイルを試すつもりでいるのであった。
※誤字報告、いつもありがとうございます。
m(__)m




