(19)様々な影響
ガイルと握手を交わしたカイトは、そのまま今後のことについて話を始めた。
契約の関係上、ガイルがこの船に乗り込むのは半月先になるが、その前に準備を進めておくためだ。
ただし、今のところできることは二人で話を進めておくだけで、具体的な行動に出ることはしない。
その理由は、ガイルが今の契約で動けないということと、カイトがまだ十二歳の少年だからだ。
ガイルが動ければ人集めなども進められるのだが、カイトが船長だと言って動いてもまともな者たちが集まるとは思えない。
例え集まったとしても、その人数は限られたものだろう。
ガイルがカイトと話をしようと思って船までついてきたのは、あくまでも同じ孤児院にいる(いた)からというだけに過ぎないのだ。
もっとも、蓋を開けてみればとても十二歳とは思えないような話の運び方で、あっさりと口説き落とされてしまったのだが。
カイトがガイルとの具体的な話をしたのは、単にどうやって船を運用していくかということだけではない。
そもそもカイトは、この世界の船がどうやって運用されているのか、きちんと学んだことはないのだ。
そのガイルとの話し合いで分かったことは、やはり前世の知識だけでは足りないということだった。
そもそもこの世界では遠洋航海はほとんど行われていない。
その際の主な船の主役は、地球で言うところのガレー船のような人の力を使って進む船である。
勿論帆船もあるのだが、カイトから見て大型船といえるものはほとんどなく、風に逆らって進める船はない――わけではない。
ここでカイトの持つ知識との齟齬が出たことになるのだが、この世界の船は科学の力ではなく、魔法の力によって船を進めていることが分かった。
魔法の力というのは、単に魔法使いが船に乗り込んで風を起こしたり水流を操ったりしているわけではない。
端的に言えば、魔法の力で作った魔道具の力を利用して帆船でも風に逆らって進むようにしているのだ。
ただし、そのために使える魔道具は非常に高価であり、大きさもせいぜい中型船くらいまでしか使えない。
その中型船用も大国が金と人を惜しまずに作り出せるような代物で、とても一般的であるとは言い難い。
そんな状況では大型の帆船が開発されることも無く、遠洋航海が発達しにくいというのも理解できる。
ちなみに、魔道具を使って動く船だけではなく、風の力だけで動く帆船もあるのだが、その大きさや性能はお察しといったところだ。
それ以外にも自分が知る常識とは違ったものが色々とあると分かったカイトは、ガイルにお願いして記録のようなものを借りることにした。
この世界にも船長が航海日誌をつけるという習慣はあるのだが、さすがにそれは借りることはできない。
やとわれ船長であるガイルは、航海日誌も提出することが契約の一部になっているためだ。
その代わりに、ガイルはこれまで新人教育のために書き溜めておいたメモをまとめた物を持っていた。
カイトは、それを借りて常識のすり合わせをすることにしたのである。
それら諸々の話をしたカイトは、最後の最後にふと思い出したように言った。
「そういえば、この船の名前をセプテン号にしようと思うのですが、どう思います?」
「おいおい。そんな重要なことを今更言うのか?」
ついでのように言ってきたカイトに、ガイルは白い眼を向けた。
言うまでもなく、船乗りにとって船の名前は重要なものであり、真っ先に確認すべきことである。
それを今更のように言ってきたのだから、ガイルの態度も頷けるものだった。
カイトとしても船名の重要性は理解しているのだが、今までの話の流れでつい後回しになってしまった。
とはいえ、ガイルの言いたいことも理解しているため、誤魔化すように視線をずらしていた。
「――まあ、いいか。どうせお前のことだから、きちんとした由来もあるのだろう? 俺には意味はわからないが、音も悪くないし、いいんじゃないか」
「そうですか。それはよかった。それでは、この船の名前はセプテンということで」
こうしてカイトが創造神から授かった船の名前は、セプテン号と決まったのである。
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セイルポート沖に見たことも無いような大きな帆船が現れてから一週間。
その間、海運ギルドの一室では、ギルドマスターであるレグロの苦悩が続いていた。
レグロが管轄しているギルドの御膝元に現れた未知の船である。
海運ギルドとしては、当然どこの誰が持っている船なのか、把握しておく必要がある。
現に、この一週間で色々な方面からレグロの所に来る確認の連絡が、確実に増えている。
中にはギルドでも無視のできないから団体からの調査依頼まであるのだから、レグロにとっては頭の痛い問題となっていた。
そんなレグロの前に、現在一人の男が立っていた。
謎の大型帆船が出現してから今まで、調査を継続して行っているキケだ。
「――それで? 今回はどうだったんだ?」
「いやー、あれは駄目ですぜ、大将。向こうの動きは全くなし」
キケは、あの船が現れてから今まで、張り付くようにして監視を行っている。
当初はできるだけ近づいて交渉できるようなら交渉を行うというスタンスだったのだが、どうやら強力な結界に守られているらしいと分かった段階で、相手が出て来るのを待つことに切り替えたのだ。
これまでと全く変わらない報告に、レグロは考え込むような表情になって黙り込んだ。
そんなレグロに気付いているのかいないのか、キケが軽い調子で続けた。
「あれだけの馬鹿でかさだ。向こうの食糧切れを狙うのは悪手じゃないかい?」
「そんなことは分かっている」
キケの言葉に、レグロはムスッとした表情になった。
「だが、こちらから近づけない以上、相手の動きを待つしかないだろう。そもそも、何故向こうはこれまでの間、全く動かずにあの場にとどまっているんだ?」
「さてな?」
「それを調べるのがお前の役目だろう」
そう言ってギロリと睨んできたレグロに、キケは肩を竦めるだけでそれに答えた。
こちらからは近づけない、相手もまったく姿を見せないでは、調査しようにもその方法が全くないのだ。
そんな状態では、レグロが言ったことを実行するのは不可能に近い。
レグロもそんなことは十分に分かっているので、それ以上キケを責めるようなことはしなかった。
その代わりに、別の重要なことを確認することにした。
「他の動きはどうだ?」
「そっちも相変わらずだな。というよりも、確実に増えていっているな。他国の商船も含めてだが」
「そうか」
これまた予想された動きに、レグロは当然だという様子で頷いた。
セイルポート沖に突如現れた巨大帆船の話は、とっくにロイス王国から飛び出して大陸中に広まりつつある。
そんな状態になっているにもかかわらず、各国がその噂を放置しておくはずがないのだ。
国内に港があり商船に伝手がある国々は、それらの商人を直接得られる情報源として利用しているのである。
それらの動きはある意味で予想された動きだが、セイルポートにとっては悪いことばかりではない。
何しろ商船を使って情報収集を行うということは、何らかの商材を積み込んで来ている可能性が高い。
そうした商品の売買で、セイルポートの町が潤う可能性が高いためだ。
良いにせよ悪いにせよ、セイルポート沖に現れた巨大帆船の存在は、様々な方面に大きな影響を与えつつある。
その影響がどんな方向に向かうのかは不明だが、御膝元の海運ギルドのギルドマスターとしてレグロの役目は大きくなることはあっても小さくなることはないのであった。
ちなみに、セプテン号のセプテンは、ラテン語のセプテントリオー(意:北極星)から取りました。