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魂(コン)からのお願い  作者: 早秋
第1章
18/134

(18)試しあい

 自分に向かって笑って見せたガイルに、カイトは何か理由があるのだろうと理解した。

「船乗りが船長になるというのはかなりの出世だと思うのですが、なぜ辞めるのか聞いても?」

「別に、船長であることを辞めるわけではないぜ? 今乗っている船に乗らなくなるというだけだ。幸いなことに俺を船長にと言ってくれる者はそれなりにいるからな」

 ガイルはそう言ったが、これは別に強がりでもなんでもない。

 乗る船さえ選ばなければ、ガイルを船長にしたいという組織なり個人は両手で数えられるくらいはいる。

 ただし、その条件がいいかどうかは、人によると答えるしかないだろう。

 

 そのことを証明するように、ガイルは続けてこう言った。

「だが、耳に聞こえのいいことだけを言って人を縛っておいて、約束を守らない雇い主に仕えるのはごめんだ」

「なるほど」

 ガイルの言葉に納得したように、カイトは頷いて見せた。

 だが、釈然としないカイトのその表情を見て、ガイルはもう一度ニヤリと笑った。

「納得いかないようだな?」

「ガイルさんであれば分かると思うのですが、そんなに頻繁に雇い主を変えると信用を失うのでは?」

 上役が気に入らないという理由だけで次々に雇い主を変えるようであればいつかはその話が広まり、カイトが言ったように信用を失いかねない。

 そうならないためには、これまでの実績というものが必要なのだが、それだけでは評判が落ちるのを食い止めることは難しい。

 世の中には、他人の出世を羨んで足を引っ張る者など多数いるからだ。

 

 きちんとそれらのことをカイトが理解していると分かったガイルは、一瞬心の中で本当に十二歳の子供かと疑った。

 だがガイルは、そのことを詮索しても意味がないとすぐに割り切った。

 その代わりに、真面目な表情で頷いてから言った。

「ああ、その通りだ。いくら契約期限のことがあるからといって、簡単に雇い主を変えているようでは信用されないな」

「では、何故?」

 重ねてそう聞いてきたカイトに、ガイルは敢えて楽しそうに笑って見せた。


「理由が必要か? それに、この状況はお前にとっては都合がいいのではないか?」

 ガイルをこの船の副船長にと望んでいるのは、カイトである。

 その望みをかなえるには、ガイルが他の船の船長であるということは、障害の一つとなるはずだ。

「確かにそうですが、簡単に仕事を放り投げるような人はいりませんよ」

「おお。言うねえ。俺がそんな人間に見えるとでも?」

「いいえ? あくまでも一般論です。……今のところは」

 カイトは、わざと間を空けてから言葉を付け加えて言った。

 

 そんなカイトに、ガイルは肩を竦めてから首を左右に振った。

「やれやれ。お前みたいな子供の時から人を疑って生きていったら、疲れるだけだと思うが?」

「そうかも知れませんが……いえ、ガイルさんも含めて、私たちのような者はそうしないと生きていけないと皆が知っているのでは?」

「それはそうだな」

 カイトは敢えて孤児という言葉を音にして出さなかったが、ガイルはすぐに頷いてきた。

 

 続いてガイルは、一つため息をついてから続けて言った。

「――そろそろ探り合いは止めにしないか?」

「おや? 探り合っていたのですか? 俺は聞きたいことを聞いていたつもりですが?」

「わかった、わかった。俺が悪かったよ。……ったく、本当に儀式を受けたばかりの子供かよ、お前は」

 多少呆れたような視線を向けてきたガイルに、カイトは黙ったまま微笑み返した。

 

 そんなカイトに、ガイルは降参とばかりに右手を振った。

「俺が今回の契約の更新を決めたのは、さっきも言ったような理由もあるが、こいつが辞めろと言ってきたからだ。――お前は気付いていたみたいだがな」

 ガイルは、こいつと言いながら自身の左肩に静かに乗っている鷹を指した。

「なるほど。――ということは、やはりクエストで?」

「そうだ。俺はこいつの言っていることははっきりとは分からないが、言いたいことは何となく理解できるからな」

 魂使いがコンからクエストを受ける形態は、それこそ人それぞれだ。

 ガイルがどうやって鷹のコンと意思疎通をしているのかカイトには分からないが、クエストだとガイルが理解しているのであればそうだと思うしかない。

 魂使いとコンの関係は当人同士でしか理解できないことが多々あるので、そう言われてしまえばそうだと納得するしかない。

 

 ただし、何事にも例外というものはあり、魂使いが嘘をついていることを見破る方法もある。

 といっても、今のカイトにはその方法がどういうものかわからないので、ガイルの言うことを信用するしかない――――と考えたところで、ふと先程から食堂のテーブルの上で丸まっていたフアを見た。

 視線を感じたのか、フアは前足の上に乗せていた頭をわずかに浮かせてカイトをじっと見てきた。

「そうですか。コンから言われたのでしたら仕方ないですね」

「ほう。信用するのか? 俺がコンを盾にして、嘘をついている可能性もあるぞ?」

「ガイルさんのコンのことは分かりませんが、俺のコンのことは分かっているつもりですから」

 そのカイトの答えを聞いたガイルは、「そうか」とだけ返して何度か頷いていた。

 

 

「――それで、どうだい? 俺は合格なのか?」

「あれ、そう聞いてくるんですね。てっきり試されているのは俺の方だと思っていたんですが?」

「よく言うぜ。俺に試させるつもりで、そっちが試していたんだろう?」

 分かっているぜと言いたげに笑ったガイルに、カイトは肩を竦めた。

「試すつもりはなかったのですが……いえ、それは言い訳ですね。それに、アイリスも傍にいることですし」

 カイトとガイルが話をしている間、アイリスは一切口を開かずに黙ったままだった。

 だからといって、全く何もしていなかったというわけでは勿論ない。

 

「おう。これだけの船に乗せようっていうんだ。そのくらいはして当然だ。というよりも、していないとこっちからお断りだ」

 船で航海をするとなると、時には一週間以上も上陸せずに海の上を漂い続けることになる。

 ましてや副船長ともなれば、その人格を前もってきちんと確認しておくのは、ガイルからしてみれば当然のことなのだ。

 自分に対して探りを入れられたからといって、怒るようなことはしない。

 ちなみに、こちらの世界では、船に女性を乗せると女神の怒りに触れて海が荒れるというような迷信は存在していない。

「だが、いいのかい? 男ばっかりになるであろう船に、こんな別嬪さんを乗せて」

 別嬪さんて随分と古めかしい言葉を使うんだなと思いつつ、カイトはどうということはないという様子で頷き返した。

 

「彼女たちに関しては、そちら方面で心配するだけ無駄です。むしろ、相手の心配をした方がいいかと」

「お前がそう言うんだったらそれでいいが、本当に大丈夫か?」

 セイルポートでは、日々のちょっとした小競り合いがある程度で、本格的な戦闘など見ることも知ることもできる環境ではない。

 大きな港町だけあって、強い冒険者も多く出入りすることはあるが、それだけではきちんとした能力は判断できないはずだ。

 ましてやまだ十二歳になったばかりのカイトの判断を信じていいのか、ガイルの視線はそう言っていた。

 

 そんなガイルに、カイトは頷いてから言った。

「ええ。というか、そもそもこの船に人を寄せ付けていないのは、彼女たちの力があってのことですから」

 正確には船の能力を使って外部からの侵入を防いでいるのだが、アイリスたちが天使であることを今のところ明かすつもりのないカイトは、そう言ってごまかすことにした。

 それに、侵入者が船に乗り込んできたところで、実際にかなう者がいるはずはないとカイトは確信している。

「まあ、船長・・がそう言うのであれば、それを信用するしかないがな」

 ガイルは、敢えてカイトのことを「船長」と呼んだことで、この船の副艦長になることを了承した。

 それをきちんとくみ取ったカイトは、にこりと笑って二重の意味で「よろしくお願いいたします」と返しつつ右手を差し出した。

 それを見たガイルは、ニヤリと笑いながら自身の右手でカイトの右手を取って握手をするのであった。

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