(17)魂(コン)からの贈り物
その昔、カイトと同じ孤児院で育ったガイルは、コンを得た魂使いとして将来を期待されて孤児院を巣立っていた。
将来の選択肢として船乗りを選んだことは周囲から驚かれたが、鷹であるコンの特性を上手く利用して順調に出世してきたといえる。
実際、ガイルと同年代の者たちから比べれば、スピード出世といえるほどにギルドランクを上げていった。
ガイルの年齢で、コネなどを持たずに船長が出来ることなど、ほとんどないのだ。
それがたとえ雇われの船長であったとしても、だ。
勿論、ガイルよりも年若くして船長になっているものはいるが、そうした者たちはほとんどが親や知り合いのコネを利用してなっている。
もっとも、昔はともかくとして、今のガイルはそうした者たちを羨む気持ちは持っていない。
実力もなしに船長になれたとしても海原で生き残れるほど甘くはないことを、ガイルはこれまでの経験でよく知っているのだ。
そんな経歴を持つガイルが、自分と同じ孤児であるカイトの誘いに乗ったのは、先達として教えるべきことは教えないといけないという義務感を感じたからである。
そもそもガイルは、時折気まぐれのように孤児院に寄付をしていて、その時にカイトとも会っていた。
そんなカイトが船乗りを目指したこと知って嬉しかったので、ついおせっかいを焼きたくなったともいえるだろう。
だが、そんなガイルの思いは、あっさりと吹き飛ぶことになる。
カイトに導かれるようにして行った見覚えのある崖で何故か笛を鳴らしたと思った次の瞬間、ガイルは海運ギルドでも騒ぎになっている大きな船の上にいたのだ。
その驚きは、これまでの人生の中でも三本の指の中に入るといってもいいものだった。
それ故に、カイトを見る目が厳しい物になったのは仕方ないだろうと、後のガイルは述懐することになる。
そんな未来のことなど全く予想もせずに、ガイルは厳しい表情になりながらカイトを見た。
「――どういうことだ?」
「いや、どうもこうも、この船は俺のものというわけです。一応言っておきますが、他の人が手に入れようとしても不可能だそうですよ?」
「……それを言われて素直に信じると?」
自分だけではなく他の者も同じだろうという意味を込めて聞いてきたガイルに、カイトは肩を竦めてみせた。
「そう言われても、実際それしか言えないのでどうしようもないです。――ああ、そうだ」
どうやってガイルに説明しようかと一瞬考えたカイトだったが、面白そうな笑顔を浮かべてからアイリスを見た。
「昨日、この船がこの沖に現れてから今まで、どのくらい怪しい人たちが近寄ってきた?」
「グループで言えば十組ほど、個人で言うと三十人はいたかと思います。いずれも、近づくことすらできなかったようですが」
カイトの質問に、アイリスは表情を変えることなくそう返してきた。
面白そうな表情になっているカイトと冷静な表情のまま淡々と報告をする名前も知らない美女を交互に見て、ガイルは深呼吸をするように息を吸って一度だけ大きくため息をついた。
「この船がお前のコンということか?」
「いえ。正確にいえば違いますね。ガイルさんも、コンから物を貰ったりしたことはありませんか? 自分しか使えないような」
「ああ、あるな……って、まさか?」
すぐに事情が分かって顔色を変えたガイルに、カイトは頷き返した。
「ええ。俺にとってはこれがそうだというだけです」
「……だとしても、特別過ぎるだろう」
驚きを通り越して呆れたように肩を落としたガイルに、初めて船に来た時に同じことを考えたカイトは苦笑を返すことしかできなかった。
クエストをいくつかこなした魂使いが、コンからアイテムを贈られることは、珍しいことではない。
そうしたアイテムは、基本的には送られた当人しか使うことができず、たとえ持ち主が亡くなったとしても別の者が使えるようになることは少ない。
コンから贈られるそうしたアイテムのことを、一般的には魂贈品と呼んだりもする。
もっとも、そちらの呼び名は一般的ではなく、単純に「コンからの特別な贈り物」と言うのが普通である。
ちなみに、贈り物の多くはクエストをこなしてもらうことが多いが、カイトのように最初のクエストで貰えるというのは稀である。
もっといえば、ここまで特大の贈り物というのは、少なくともガイルが生きてきたこれまでの人生では一度も聞いたことがない。
お互いに次に何を言っていいかわからず微妙な空気になったところで、救いの手が声をかけてきた。
「とりあえず、こちらに立ちっぱなしというのも何ですから、座って話されてはいかがでしょうか?」
「ああ、うん。そうだね。そうしようか」
「……そうだな」
アイリスのその言葉に、カイトはこれ幸いと同意してそう言い、ガイルは疲れた様子で頷くのであった。
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アイリスは、カイトが連れてきたガイルをいきなり操舵室に連れて行くようなことはせず、船員の食堂としても使えるような部屋へと案内した。
最初にガイルと対面した時に、カイトが「副船長候補」と言った意味をきちんと理解しているのだ。
一方で、ただテーブルと椅子が並べられただけの部屋に案内されたガイルは、感心した様子で何度も頷いていた。
「これだけ大きな船だから想像はしていたが、やはり余裕をもって作られているな」
どうやら最初の驚きが通り過ぎて、冷静に船を観察することができるようになったらしい。
今いる部屋も含めて通ってきた通路などを見て、ガイルが知る他の船と違って余裕のある造りだということに気が付いたようだった。
流石に他の船乗りたちからも一目置かれる存在だなとガイルを内心で評価したカイトは、一度ぐるりと部屋を見回してから言った。
「ここだけではなく、他の施設も他の船と比べて広くなっているはずですよ」
「――はず?」
「俺もこの船に乗ったのは昨日が初めてで、全てを見回れたわけではありませんから」
「ああ、そういやそうだったな」
ガイルは、今乗っている船が突然現れたのが昨日だったことに今更ながらに思い出した。
そんな珍しいの一言では片づけられない船での話し合いに、ガイルも陸の上の食堂にいた時に考えていたことは既に放り投げている。
そして、今自分の目の前にいるカイトのことも、孤児院で育っただけのただの十二歳の少年だとは考えていない。
ガイルがそう判断したのは、先ほどのカイトとアイリスの会話だ。
カイトは、どう考えてもこの船の価値を知った上で、これから起こるであろう騒動についてもしっかりと考えを巡らせているように見える。
そのことを前提にしたうえで、最初にカイトが言った「副船長候補」という言葉を思い出していた。
わざわざカイトがこの船に自分だけを連れてきたことを考えれば、その言葉が意味することは一つしかない。
「それで? 一応確認するが、この俺をこの船の副船長にしたいということでいいのか?」
「まあ、そういうことです。ただ、当然ながら今すぐというわけではないです。ガイルさんも、今の仕事が残っているでしょう?」
「それは確かにそうだな。だが、それもあと半月もないがな」
「え? どういうことですか?」
「何、簡単な話だ。今の船の船長としての仕事が、あと半月で終わるというだけだ。次はまだ決まっていない」
何とも都合のいい話に、カイトは内心で創造神の介入を疑っていた。
だが、一瞬自分が向けた視線を受けて、アイリスがガイルに見つからないように首を左右に振ったことで、すぐに考えを改めた。
とにかく、ガイルをこの船の副船長にと考えていたカイトにとっては、非常に都合のいい展開である。
そんなカイトに向かって、ガイルはニヤリとした笑みを浮かべてから話を続けるのであった。