(16)副船長候補?
ガイルの姿を見つけたカイトは、近寄ってから一度頭を下げた。
「ガイルさん、お久しぶりです」
「うん? …………ああ、院の子か」
ガイルはカイトのことを覚えていたようで、少しだけ間を空けてから思い出したような表情になった。
「それで、何か俺に用か?」
「はい。少し話したいことがあるのですが、時間を貰えないでしょうか?」
「ふむ……まあ、いいだろう。ただ、少し待て。まずはギルドに報告をしてからだな」
「勿論、それでいいです。俺は、ここで待っていますから」
「そうか」
カイトの返答を聞いたガイルは、そう言って頷いてから再びギルドに向かって歩き始めた。
ギルドに入ったガイルは、三十分ほど経ってから外に出てきた。
依頼の報告だけならそんなに時間がかかるわけではないので、何かの話をしていたと思われる。
ただし、依頼に関わる内容には守秘義務があることも多いので、カイトも詳しくは聞こうとは考えていない。
「すまん。待たせたな」
「いえ、良いんです。船長をやっていれば、色々と報告することもあるでしょうから」
「そうか。さて、何か話があるんだったな。ここで立ち話も何だし、とりあえず適当な食堂にでも入るか」
「それは良いのですが、俺は余り金は……」
「ハハハ、心配するな。俺もあの孤児院の卒業生だ。子供たちの懐具合はよくわかっているさ」
金はないと言おうとしたカイトを遮るように、ガイルは豪快に笑ってからそう言ってきた。
そのやり取りだけで、カイトはガイルのことをいい意味での海の男というのを連想した。
ギルドの周辺には、船乗りたちの懐を狙った食堂がいくつか存在している。
その中の一つに入ったガイルは、カイトに椅子を勧めつつ話を切り出した。
「それで? 儀式を終えたばかりのはずのお前が、一体何の用だ? 船に乗せてくれという話だったら厳しいぞ? 何せ、俺も雇われの身だからな」
「いいえ、そういうことではないです」
「ほう? では、一体何だと言いたいが、その前に――」
何を言いだすのかと首を傾げるカイトに、ガイルはニヤリと笑って言った。
「その言葉遣いは何だ? 以前のように気楽に話してもいいんだぞ? 儀式を受けたからって肩肘を張って行く必要はない」
「あ~、いえ、こちらからお願いする立場なので、きちんとした方がいいかなと思って」
「まあ、お前が疲れないんだったらそれでもいいがな」
カイトの言葉遣いにはあまりこだわっていないのか、ガイルはあっさりとそう言った。
「――話の腰を折って悪かったな。……で? そのお願いってのは?」
「まず、本命の話をする前に、一つ確認したいことが。――ガイルさんは、沖に現れた大きな船のことを知っていますか?」
「ああ、あれか。勿論だ。今、セイルポートにいる船乗りの中で、あの船のことを知らない者はいないだろうな。一体、誰の持ち主だと上を下をの騒ぎになっているぞ」
「それなんですが――――」
周囲にいる者たちのことを考えて、カイトはわざと声の大きさを落としてから言った。
「実はあの船、俺のものなんです」
向かいに座っている自分にギリギリ届くかどうかの小声で知らされたその事実に、ガイルは一瞬キョトンとした表情になってから豪快に笑いだした。
「ハッハッハッ。中々気の利いた冗談だったぞ。だが、俺以外の船乗りには言わない方がいいだろう。冗談だと受け取らない奴らもいるからな」
「いや、冗談ではないのですが……といっても、信じられるはずもないか。うーんと、そうですね。――コンからの依頼で得た、と言ったら信じますか?」
カイトはそう言いながら、定位置である右肩の上に乗っているフアを示した。
「馬鹿なことを言うな。いくらコンの力を借りたからって、いくら何でもあんな見たことも無いような大きな船を………………本当か?」
自分が何を言っても表情を変えないカイトに、ガイルはそれまでの陽気な雰囲気を一変させて、同じように声を落とした。
ガイルは、カイトのことをさほど詳しくはないが、その目を見てただの子供の冗談だとは思えないと判断したのだ。
ようやくガイルが真面目に聞く態勢になってくれたと理解したカイトは、コクリと頷いた。
「本当です。といっても口だけでは証明のしようがないので、この後もうしばらく付き合って貰えますか?」
「――いいだろう。証明できるのであれば、証明してもらおうか」
今は注文した料理を食べ終わってから、後でゆっくりと話をするということを暗に示したカイトに、ガイルはゆっくりと頷き返すのであった。
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ガイルのおごりで軽食を終えたカイトは、しっかりとお礼を言ってからとある場所へと例の場所へ案内を始めた。
「おい。何処へ行くんだ?」
ギルドのある場所から孤児院の傍にある森に入って行くカイトに、ガイルがそう聞いてきた。
「もうすぐ着きますよ」
「そうか。それならいいが……それにしても、こんな場所から本当にあの船に行けるのか?」
ここまでに来る途中で船に向かうと伝えられていたガイルだが、森の中に入って行くカイトに疑問の表情になっている。
ガイルも同じ孤児院を出ているので、森の先が崖になっていることは知っているのだ。
ちなみに、この時点でガイルはカイトがあの船の持ち主であるという主張を、半分しか信じていない。
単に、船への乗り込み方を知っているだけなのだろうぐらいに考えていた。
いくらコンから与えられたといっても、あれだけの大きな船を儀式を受けたばかりの子供にポンと与えるはずがないという考えがあるのだ。
そして、あの船に乗り込んだうえで、カイトの主張がどこまで正しいのかを確認するつもりでいた。
一方で、カイトはガイルが自分の言ったことを半信半疑でいることをきちんと理解していた。
むしろ、あれだけの会話で半分信じてくれていることのほうが驚きである。
この辺りは、ガイルが孤児院で育っているカイトのことを信用しているためだろうと推測している。
勿論、ガイルが孤児院でカイトの評価をきちんと聞いているという前提条件があるからこそである。
船が見える崖まで出たカイトは、昨日と同じように懐に入れていた笛を取り出した。
「それじゃあ、これからあの船に行くので、俺のどこかに触っていてください」
「触る? どこかに触れていればいいのか?」
「はい。恐らくそれで大丈夫です。ただ、服とかではなく、体のどこかに触れてください」
実際にはカイトも初めてのことなので分からないのだが、昨日のアイリスの説明では大丈夫だと言っていた。
今はそれを信じて、ガイルが左肩に触れて来るのを確認してから、カイトは笛を鳴らした。
笛を鳴らしたカイトは、昨日と同じように船の上に移動したことを確認した。
そのカイトの左隣には、移動前と同じようにガイルが立っている。
ただし、その表情は先ほどまでとは違って、驚きと緊張のようなものが見て取れた。
驚きの方はともかく、緊張しているのは天使であるアイリスがいるからだろう。
ガイルは目の前にいる女性が天使だとは考えてもいないが、感じ取っているプレッシャーから実力者であることは見抜いていた。
声には出していないが、今のガイルの気分を言葉にすると、とんでもない船にはとんでもない女がいるなと言ったところだろう。
「昨日ぶりですね、カイト様」
「ああ。思ったよりも早く来ることができたよ。――それで、こちらが副船長候補のガイルさん」
敢えて『候補』のところを強めに言ったカイトに、アイリスは「そうですか」とだけ言って微笑み返すのであった。