(15)孤児院の卒業生
翌朝。
いつも通りの時間に目が覚めたカイトは、先に起きていた他の子供たちと一緒に、朝食の準備をした。
当然だが、火を扱う調理は年長の者が行うことになっている。
といっても、この国では十歳を超えれば家で行う作業に関しては普通に労働力として見られるので、カイト一人がいなかったとしても大した問題ではない。
それに、十歳以下の子供たちも、火や包丁を扱う訓練になるようにと手伝いレベルで台所での作業を行うこともある。
つまり、カイトのいる孤児院では、よほどのレベルでない限りは、ほとんどの者がある程度の料理はできるようになって院を出て行くことになる。
ちなみに、当然のことだが料理のすべてを子供たちが作っているわけではなく、補佐役のシスターが必ず一人つく。
カイトがいる孤児院には、大人は院長であるクローバー神父の他に二名のシスターがいて、そのうちのどちらかがつくという形だ。
そして、いつものように朝食を終えたカイトは、片付けを他の者に任せて真っ直ぐに院長室へと向かった。
昨日考えたこれからの計画で、どうしても聞いておきたいことがあったためである。
院長室のドアをノックしたカイトは、クローバー神父の返事をきちんと確認してから扉を開けた。
「――カイト、どうしました? 魂使いのことで何か質問でもありますか?」
「いえ、今日はそのことではなく、別のことで質問があって来ました」
「何でしょう?」
「この院の卒業生で、船乗りになった者はいませんか? いるのでしたら、是非教えて欲しいです」
「いなくはありませんが……紹介したからといって、すぐに船に乗れるかどうかは分かりませんよ?」
カイトのような子供ができる仕事は、大抵の場合は荷運びなどの雑用になる。
すぐに船に乗るようにするためには、それなりのコネというものが必要になるのだ。
そのことをきちんと理解できていたカイトは、神父の言葉に首を左右に振った。
「そういうことではありません。ただ、先達としての話を聞いてみたいと考えただけです」
この言葉は、昨夜のうちに考えていた言い訳だ。
本来の目的は別にあるが、今はまだ言えない。
これまで育ててくれた神父をだますような形になるが、創造神から賜った船のことが言えない以上は、どうやっても説明できない。
多少心の中で申し訳なく思っていたカイトだったが、クローバー神父はそれには気付かないように少しだけ笑みを浮かべた。
「そういうことですか。それにしても……フフフ」
「……何か、おかしなことでもありましたか?」
「いえ。まさか、貴方の口から『先達』なんて言葉を聞けるとは思いませんでした。儀式を経て成長する者は多いですが……それともそちらのコンのお陰でしょうか」
微笑みを浮かべながら肩の上に乗っている狐に視線を向けたクローバー神父に、カイトは頬をさっと赤くしてからプイと横を向いた。
海人としての記憶を取り戻して応対もそちらよりになりつつあるカイトだが、物心ついた頃から見られている神父を前にすると、まだまだ子供としての意識が出て来るようだ。
そんなカイトを暖かい眼差しで見ていたクローバー神父は、さらに続けた。
「それはともかく、院の卒業生で船乗りになった者ですか。いるにはいるのですが……というよりも、前から船乗りを目指していたカイトが知らないとは思いませんでした」
「……え? どういうこと?」
思わず素の調子が出てしまったカイトに、クローバー神父は気にした様子も見せずに言った。
「何か月かおきにこの院を訪ねて来る鷹の魂使いがいるのは知っていますよね?」
「勿論……って、まさか!?」
「ええ。あの者――ガイルは、この院の卒業生で船乗りになった者ですよ。確か、雇いではありますが船長になっているはずです」
クローバー神父のその言葉を聞いたカイトは、全く知らなかったその情報に内心で都合が良すぎだろと突っ込みを入れていた。
というのも、あの船を手に入れたことによる一番の問題は、どうやって信用できる者に船の運航を任せるかということだった。
カイト自身がトップとして船の運航ができればいいのだが、実際にはそういうわけにはいかない。
その一番の理由は、年齢が若すぎるということだ。
良くも悪くも荒くれ者が集まる船乗りの世界では、年若い船長というのはそれだけで苦労することになる。
ましてや、船乗り登録してから一日しか経っておらず、全く経験がない子供の言うことを聞く者など皆無といっていいだろう。
そのために、まずは院の卒業生から伝手を辿って行こうかと考えていたのだが、まさしく求めていた人材にいきなりぴたりと当てはまったということになる。
「ガイルさんの今の居場所は知っていますか?」
船の船長ともなると一月や二月拠点の町に返ってこないことなどざらにある。
そもそもカイトは、時折孤児院に顔を見せてくれるガイルが船乗りだったことすら知らなかったので、いまどこで何をしているかなんてことまでは知らない。
「先日、カイトがいなかった時に、こちらに挨拶に来ていましたね。セイルポートに戻ってから一週も経っていないはずですから、まだ町にいるかも知れませんよ?」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます!」
クローバー神父の答えを聞いたカイトは、勢いよく頭を下げてから慌てて入口へと向かった。
そんなカイトを見送ったクローバー神父は、誰かに言うでもなくポツリとこう呟いた。
「この院から出た魂使いが、同じ道を目指して進むというのは神のお導きなのでしょうか」
そう呟いた自身の言葉に事実が含まれていることを、今のクローバー神父は知らないのであった。
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院長室を出たカイトは、孤児院にいる子供たちから情報収集をしてから海運ギルドへと向かった。
孤児院での情報収集は、一応子供たちがガイルのいる場所を聞いたことがあることを考えてのことだ。
だが、残念ながらクローバー神父と同じように、ガイルの居場所を知っている者はいなかった。
そのため次にガイルがいる場所を知っていそうなギルドへと向かったというわけだ。
ギルドに入ったカイトは、受付嬢がいる窓口へと向かったわけではない。
当たり前だが、ギルドに登録したばかりでまだ何の実績も信頼もない子供に、ギルド員の個人情報に当たるようなことを話してくれるはずがない。
それでもカイトがギルドに来たのは、依頼を求めてやって来る他の船乗りたちから情報を集めるためである。
本来であれば、船乗りたちが集まるような酒場で口が軽くなっているような時を狙った方がいいのだが、カイトは未成年なのでその方法を取ることはできない。
ついでに、お金そのものをほとんど持っておらず、それを握らせて情報を得るようなこともできないので、ギルドの建物の前で手当たり次第に声をかけていくことしかできなかった。
とはいえ、一日前に儀式を終えたばかりの少年の言葉を船乗りたちが簡単に相手をしてくれるはずもなく、ほとんどの者たちに渋い対応をされるだけで時間が過ぎて行った。
勿論、何人かは親切に答えをくれる者もいてその中から有用な情報もいくつか得ることはできたが、本人に繋がる情報を得ることは出来ていない。
そんなことを小一時間ほど続けたカイトだったが、ついに状況に変化が訪れた。
次は誰に声をかけようかと辺りを見回したカイトが、ギルドに向かって歩いてくるガタイのいい体つきをした壮年に入るか入らないか位の男を見つけたのだ。
その男は、鷹匠のように右肩に一体の鷹を乗せている。
カイルは、その鷹がただの動物ではなくコンであることを知っていた。
見覚えのある精悍な顔をしたその男は、まさしくガイルその人だったのである。