(14)従魔契約と帰宅
クーアの説明によると、そもそもこの世界における従魔には大きく分けて二種類あるということだった。
一つは、先ほどクーアが言った魔力的な従魔契約を行って、好きな時間、場所に呼び出すことができるもの。
もう一つは、ペットのように飼いならして、好きなように連れまわすことができるものだ。
ゲーム的に言えば、前者はサモナーで、後者はテイマーと区別してもいいだろう。
どちらにもメリットとデメリットが存在して、当たり前だがそもそもの素養がないと契約自体ができない。
クーアが(従魔)契約を提案してきたのは、普段神域にいる蚕を自由に呼び出すことができるようにするにはそちらの方が都合がいいためだ。
「――勿論カイトさんが、従魔契約ではなく普通にテイムを行うのであれば、それでもいいと思いますよー」
「言っていることは理解できたが、そもそも俺はサモナーにもテイマーにもなれるということでいいのか? どっちもやり方すら知らないのだが?」
「それは問題ありませんねー。カイトさんは、大地神様の使徒ですから」
「……そうなのか?」
初耳だったカイトは、疑問の表情をフアへと向けた。
「うむ。そうだの。ただ、いきなり使えるわけではないからの。きちんと補助なり知識なりを得たうえでのことだ」
「そういうことです。ですので、従魔契約をお勧めしたのです。私が魔法の部分の補助をすれば、すぐにでも契約できますから」
「……なるほど。そういうことか」
ようやく話が繋がって理解することができたカイトは、納得の表情で頷いた。
今のところは、クーアが補助することで、カイトがそれぞれについて勉強するための時間を短縮して契約を行うことができるというわけだ。
「クーアの力を借りて契約するのはいいとして、それをする意味があるのか?」
「……というと?」
「いや、これから船に乗っての移動が増えるんだから、わざわざ契約で縛ってまで呼び出せる必要はないと思うんだが?」
「なるほどー。そういうことですか。そういう意味ではほとんどないでしょうね。ただ、あの子たちはカイトさんと契約しているという事実が欲しいんだと思いますよ」
「うん? 契約することに意味があるのか?」
「それは勿論です。厳密な意味では違っていますが、人の世界でいう魂の契約だって似たようなものですよね?」
魂使いがコンと契約するということは、コンそのものが実際に大きな力を持っていなかったとしても、それ自体に大きな意味を持つ。
それは、将来を見越してのことというのが大きいのだが、それ以外にも単にコンと契約をしたという事実だけで評価される場面も多々ある。
それと同じように、蚕もカイトと契約をしているという事実そのものに意味がある。
それに、蚕たちが契約を望んでいるのはそれだけが理由ではない。
「勿論、できれば本来のメリットも得たいという希望もあるでしょうけれど」
「本来のメリット?」
付け加えられたクーアの言葉に、カイトは首を傾げた。
「メリットは色々ありますよー。例えば契約主から魔力を得られるとか、契約していない同種とは違った力が使えるようになるとかでしょうか。他にもありますが、きりがないのでここで止めておきます」
弱い魔物や動物の場合、契約を行うことで力を付けることを望むものも多いのだ。
そう言ってきたクーアに、カイトは「そうなのか」と返した。
蚕たちにもきちんとメリットがあると分かったカイトは、それだったらいいかと納得した。
普通の感覚でいえば蚕なんて小動物(というか虫?)の意思なんぞ考えずに自分のメリットデメリットだけを考えればいいと思いがちだが、「お蚕様」という感覚を持っている海人の記憶を引き継いだカイトとしてはちょっとした抵抗があったのだ。
たとえ、本人(虫?)が契約を望んでいたとしても、だ。
だが、蚕にメリットが多くあるのであれば、わざわざ拒む理由もない。
ほんの少しだけ時間を使ってそう考えをまとめたカイトは、クーアを見ながら言った。
「それだったら契約すること自体は問題ないな」
「そうですか。でしたら、二頭分の名前を考えてくださいねー」
「名前?」
「契約するときに必要ですから」
「なるほど。わかった」
クーアの言葉に頷いたカイトは、その場で二頭分の蚕の名前を考え始めた。
そして、その場でしばらく名前を考えていたカイトだったが、予想外のところからストップがかかった。
何やらカイトの足元をウロウロしていたフアが、そろそろ孤児院に戻った方がいいのではないかと言ってきたのだ。
海運ギルドの登録から始まって、巨大帆船の呼び出し、そして現在いる神域での色々な確認と、この日はイベントが盛りだくさんで時間もかなり経っている。
今までにないほどに濃い時間を過ごしていたカイトは、フアに言われてようやくそのことに気が付いた。
「うわ、やばっ!? でも、名前が……」
「少し急かすように言いましたが、別に今日でなくとも構わないですよ。次にこちらに来た時までに考えておいてくれれば」
「ああ、そうなんだ。それはよかった。それじゃあ、ごめん。俺はもう行くよ」
「はい。次の訪問を待っています」
少し慌ただしく言ってきたカイトに、クーアはその場で頭を下げたのであった。
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勢いよく蚕部屋から出たカイトだったが、すっかり神域への出入り口の場所を忘れてしまっていたため、足元にいたフアに確認をしてから船へと戻る。
さらに、そこでアイリスから船の名前だけは考えておいてくださいと言われたカイトは、考える名前が三つになってしまったと頭を抱えつつ急いで船から陸へと転移した。
勿論、船はこの時点でも着岸などしていなかったので、戻る時には笛を使った。
陸に戻る時にはしっかりと肩に乗っていたフアを連れて、カイトは急いで孤児院へと帰った。
そして、慌てて院の食堂へと入ると、お預け状態になっていた他の子供たちから白い眼を向けられた。
「カイト兄ちゃん、おそ~~~い!」
「お腹減ったー」
「……じゅるり」
直接文句を言ってくる者やまだ料理の乗っていないからの皿を前にして何やら想像している者など、それぞれ思い思いの形でカイトへと抗議をしてきた。
「ごめんごめん。すぐに席に着くから!」
カイトがいる孤児院では、できる限り全員が揃うまでは食事を始めないというルールが決まっている。
そのため、他の子供たちは、カイトが来るまで食事にありつけられなかったというわけだ。
そして、食事が始まりさえすれば、子供たちからの文句も少なくなった。
文句を言うよりも、まずは食事を終えるのが先なのだ。
ついでに、食事が終わるころには腹も満たされて、先ほどまでの不満も無くなっているはずだ。
ただし、それで誤魔化せるのは年少の子供だけである。
案の定、カイトと年齢の近い子からは、食事の最中も色々と聞かれることになった。
といっても、儀式の後に色々することがあったといえば、大体は納得してくれたのだが。
それに、海運ギルドに登録するということは、カイトが記憶を取り戻す前から言っていたことなので特に不思議に思われるようなこともなかった。
そして、何とか年長者たちの質問攻めをやり過ごしたカイトは、自分のベッドの上に寝転がって一息つけた。
残念ながらこの孤児院では個室なんて贅沢は望めないので、同じ部屋にある別のベッドでは他の子供がカイトと同じように寝転がっている。
すでにその状態で何年も過ごしてきたので、カイトとしても今更なんの不満も浮かぶことなく、それでも頭の中では翌日以降の計画をしっかりと立てつつ夜が更けていくのであった。