(33)新たな問題
セプテン号の乗組員が消えるという事件から数日も経たないうちに、カイトは別の問題で頭を悩ませていた。
といっても、突然降ってわいてきた問題ではなく、今まで先送りにしてきたことをいよいよ解決しようと考え始めたのである。
その問題が何かといえば、商会を作るか否かということだ。
正確にいえば、商会を作ることは既に決定している。
何しろ全部で四隻分の船があって、それぞれ別々に運用を行っているのだ。
全体の運用はカイトが決めるにしても、細かい物の管理や予算の決定など、どうしても事務的な仕事を行う者が必要になる。
それに、今は乗組員はそれぞれの国が騎士たちを用意してくれているが、今後船がカイトのものになったときには人員管理をする必要が出て来る。
それらのことを考えると、どうしても何らかの組織――この場合は商会を作る必要がある。
商会を作ることは決定としても、問題になることが一つある。
それが何かといえば、
「――ここで経験不足があだになるとは……。年が若すぎるというのも問題だよなあ……」
「年をとって行くということは、誰にでも平等に訪れるものですから、こればかりはどうしようもありません」
船長室にある机に突っ伏しながら問題を呟くカイトに、メルテが冷静な調子で返してきた。
商会を作るのはいいとして、どうしても細かい数字を扱う者を必要としているのだ。
だが、今言ったように、ある意味では高度な専門職といえる者を雇うための伝手が、カイトにはない。
ここに来てカイトの実績不足が問題として表に出てきたというわけだ。
ここで頼れる兄貴分であるガイルにお願いしようとしたが、そもそもガイルは船乗りであって商人ではない。
交易に必要な人材を集めることは出来ても、組織の管理ができるような人材まで知っているわけではないのだ。
ここで、本来なら商業ギルドに頼るべきなのだろうが、カイトの場合はそうもいかない事情というものがある。
「商業ギルドには、例の事件のせいで確実に目を付けられているからなあ……。間違いなく問題ある人材が送られて来るだろうなあ……」
「いい意味でも悪い意味でも避けたいですね」
この場合の『問題ある人材』というのは、能力が低い人材という意味ではない。
むしろ、能力が高い人材が送られてくる可能性のほうが高い。
ただし、がっつり商業ギルドの思惑が絡んだ人物が選ばれてくるだろうが。
そもそも、領地のトップである公爵との太いパイプを持っているカイトを、金に目ざとい商業ギルドが見逃すはずがないのだ。
ガイルも商業ギルドも駄目となると、カイトが頼りに出来る者は限られてくる。
しばらく悩んでいたカイトだったが、決断した様子で椅子から立ち上がった。
「――――仕方ない。出来れば迷惑はかけたくなかったんだが、そうも言っていられないか」
「公爵様を頼られるのですか?」
「ん? いや、違うよ。いくら公爵様でも、平民の商人に伝手はないだろうしね。あったとしても、それはそれで別の問題が出てきそうだからね」
公爵とは仲良くしているカイトだが、流石に組織の予算を管理する者まで紹介してもらうわけにはいかない。
最悪の場合はそれでも仕方ないと考えてはいるが、今はまだ頼るべき者は存在している。
公爵ではないと言われたメルテは、首を傾げながらも部屋を出て行こうとするカイトの後に付いて行った。
現在セプテン号はセイルポートの港に停泊中で、わざわざ転移を使わなくても陸に出ることができる。
別に転移で移動してもいいのだが、なんとなく歩きで外に出るカイトに付き合って、メルテも当然のように歩を進めるのであった。
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誰に頼るのだろうかとないしで首を傾げるメルテを余所に、カイトは歩きなれた道を通ってある場所へと向かった。
最近は忙しすぎてほとんど顔を見せることができていなかったが、カイトが頼ろうと考えたのは自身が育った場所である孤児院だった。
正確には、孤児院にいるはずの院長に会いに来たのだ。
顔なじみであるシスターに挨拶をしつつ、院長が部屋にいることを確認したカイトは、子供たちに絡まれながら院長室のドアをノックした。
そのノックに反応して中から返事が来たのを確認してから、カイトはドアを開けてすぐに挨拶をした。
「お久しぶりです、院長。カイトです」
「おやおや。これまた、珍しい者が顔を見せに来ましたね。最近の活躍は聞いていますよ」
そう言いながら以前と変わらない笑顔で出迎えてくれたクローバー神父に、カイトは内心でホッとしながら頷いた。
カイトにとっては父親も同然なので、全く変わらない対応に安心したのだ。
「ありがとうございます。まず最初に謝っておきたいのですが、学園の件はもう必要なくなりました。折角ご用意いただいていたのですが、すみません」
「いえいえ、謝っていただく必要はないですよ。公爵様の伝手を得たのですよね」
「そう、なりますね」
具体的に誰からの推薦かは言えないので、カイトは曖昧にぼかしながら頷いた。
「それにしても、ルタ学園に行くことになりましたか。まさかとは思っていましたが、本当にそうなるとは考えてもいませんでしたよ」
「正直なところ俺もです。たまたま、運がよかっただけなのですが」
「その運も、人にとっては大切なものです。慢心するのはいけませんが、拒絶することも無いでしょう。まあ、見る限りカイトにはそんな言葉も必要なさそうですが」
「そんなことはありません。忠告、感謝いたします」
どこからどう見ても大人の対応しかしていないカイトを見て、クローバー神父は嬉しそうにニコニコとした表情をしていた。
そんなクローバー神父に、カイトはメルテの紹介を交えつつ、今回来た本題に入ることにした。
「――それで、久しぶりに顔を見せていきなり申し訳ないのですが、少し教えてほしいことがあるのです」
「おや……? てっきり孤児院の伝手かなにかを頼りに来たのかと思っていたのですが……?」
すっかりカイト――というよりも卒業した子供たちの思惑を見抜いているクローバー神父に苦笑しつつ、カイトは首を振りながら言った。
「伝手といえばそうなるのでしょうが、どちらかといえば話がメインですね」
「ふむ、何でしょう?」
「最近、商会が潰れて路頭に迷っている家族や子供がいるという話を聞いたことはありませんか? 勿論、信用できる者というのは大前提ですが」
「なるほど、そういうことですか」
カイトの知りたいことをすぐに悟ったクローバー神父は、頷きながら何かを思い出すような顔になった。
そもそも孤児院というのは、孤児や捨て子を引き取るという性質がある以上、離散した家族や財政難にある家族といった情報が入って来る場所になる。
場合によってはそういった家庭から子供を預かることもありえるので、常に真新しい情報が手に入るといっても過言ではない。
カイトはそれらの情報をもとに、今回必要になる人材がいないかを確認したかったのだ。
ついでにいえば、孤児院を頼りにする者というのは大体が生活に困窮していたりするので、悪く言えば恩を売りつけたいという思惑もある。
勿論、クローバー神父もそのことは分かった上で、カイトの情報を流し始めた。
悪い側面で言えば恩の押し売りとも言えるのだが、良い側面から見れば能力のある者に対して手を差し伸べることともいえる。
クローバー神父もその教えを受けたカイトも、『やらない善より、やる偽善』という考え方を持っている。
その考え方に基づけば、今回カイトが神父を頼りにしてきたというのは、ある意味当然の行為なのであった。