(32)二人の乗組員
騎士たちの態度について公爵に報告をしてから半月が経った。
その間、騎士たちの態度が急激に変わるということはなかったが、少なくとも各船長に不満をぶつけるようなことはなくなったらしい。
さらに付け加えると、人からものを教わるような態度ではなかった様子も改善していた。
もっとも、後者については、カイトが公爵に報告する前から改められている様子があったようなので、カイトの動きとは関係がなかったようである。
それらの態度の変化についても、各国でばらつきが出ているようで、それぞれの国で対応が違っていることもわかってきた。
そんな中で、カイトはある日船長室でガイルに頭を下げられていた。
「――すまなかった。完全に俺のせいだ」
「いやいや。別に、ガイルだけのせいじゃないよ。最終的に決めたのは俺なんだから、俺にだって責任はある」
厳しい表情で頭を下げるガイルに、カイトはそう返しながら右手をひらひらさせた。
何があったのかというと、セプテン号に乗っていた二人の乗組員が十日程前から現場に姿を見せなくなったのだ。
それが、航海中に事故でいなくなったというのであればわかりやすかったのだが、残念ながらそうではなく完全に陸地に着いた上でいなくなったのである。
実は、船乗りになったばかりの者が業務の厳しさに耐えられず、いきなり姿を隠すことは珍しいことではない。
だが、十年単位で乗っていて、船上での業務に慣れている者となると、中々ないことになる。
さらに、姿を見せなくなったことを不審に思ったガイルが、海運ギルドに調査を依頼して、その結果から原因もある程度判明していた。
姿を見せなくなった二人は、名前を変えることもせずに、堂々と別の国に所属する船に乗っていたのだ。
その行動の意味することは、簡単に推測することができる。
「――まさか、ここまであからさまにやってくるとはな……」
「まあ、仕方ないといえば仕方ないんじゃないかな。こっちが払える金額は限られているんだし」
「……どうあがいても国の引き抜きには勝てないわな」
どうしようもないと肩をすくめるカイトに対して、ガイルもため息交じりにそう答えた。
そう。姿を見せなくなった二人は、別の国が所属する船に乗り換えていたのである。
もっと言えば、給金がセプテン号に乗っていた時よりもはるかに高くなっていることもわかっている。
何故そんなことまで判明したかといえば、簡単な話で酒の席で二人が自慢げに話していたからである。
さすがにその酒場はセイルポートにある店ではなかったのだが、海運ギルドはしっかりとその情報をつかんでいた。
要するに姿を消した二人は、カイトたちを裏切って国に情報を売ったということだ。
ちなみにその二人は、新しく増えた三つの船に送った計九人の代わりになるように募集した人員に含まれていた者だった。
以前からセプテン号の乗組員に対して引き抜きが行われていることは知っていたが、ついにそれが実を結んだといえる。
ただし、カイトに言わせれば、それだけの金額を払う価値があるかどうかは微妙なところだといえる。
「――あの二人が持っていた情報って、たいしたことではないと思うんだけれど?」
「ぶっちゃけるとそうなるだな。そもそも、ほとんどの情報は隠していないしな」
カイトの言葉に、ガイルが同意するように頷いた。
そもそもカイトは、自分のコンが神であることは除いて、ほとんどの情報を公開している。
そのため、いまさら乗組員を引き抜いたところで、新しい情報など手に入れることはできないのだ。
強いて言えば、新しい船の設計図を三つの国に渡したことくらいになるが、肝心なことは設計図そのものなので、乗組員を引き抜いたところでどうすることもできない。
セプテン号の乗組員を引き抜いて得られる情報で最大のものは新しい航海術ということになるだろうが、それも一般に公開されていることなので、高い給金を払ってまで得るようなものではない。
逆に、カイト(たち)に対して悪印象を与えることになるので、マイナスになってしまう。
それでも今回のようなことが起こったということは、実際には何かを隠しているはずだという見込みで行ったのかもしれない。
残念ながらどんな目論見があって引き抜きを行ったのかは、カイトたちには推測することしかできない。
ただ、引き抜きをされたせいで、新しい人員を加えなければならないという現実的な問題が発生したことだけは確かである。
「――一応、ギルドにも掛け合ってはいるが、さすがに次の航海に帳尻を合わせるのは難しいな」
実は次の航海は、二日後に出発するとすでに決まっている。
それを考えると、すぐにでも人員を増やさないといけないのだが、現実的に考えると難しいのだ。
「それは仕方ないよ。別に無理に増やす必要もないからいいんじゃないか?」
「わかった。それじゃあ、次回は今のままで行くとする」
カイトの答えに、ガイルも頷きながらそう応じた。
「問題があるとすれば、他のメンバーに波及することだけれど……」
「それは大丈夫だと思うぞ。……多分だが。こう言っちゃなんだが、あの二人はもともと浮いていたようだったからな」
今となっては、最初から引き抜きされるつもりで入ったのかは不明だが、いなくなった二人があまり他の乗組員と交わろうとしていなかったことだけはわかっている。
そのため、その二人に引きずられて他のメンバーまでもがいなくなるという可能性は低いとガイルは考えている。
人員の扱いに関しては全面的にガイルのことを信用しているカイトは、特に何も言わずに頷き返した。
今回のことは確かに失態といえるかもしれないが、カイト自身はたいして気にしていない。
それに、これくらいのことで、ガイルに対する信頼が落ちることもない。
これが何度も繰り返されるようであれば、さすがに苦言を言うことくらいはするかもしれないが、カイトにとってはその程度のことでしかない。
一人や二人どころか、全員がいなくなっても動かすことができるセプテン号だからこそできる考え方だが、カイトはそのことは口に出さずに続けて言った。
「それだったら問題ないよ。人が抜けたあとは、その他のメンバーにも変な影響を与えるからね」
「ああ。それはよくわかっているさ。だが、あの二人のお陰で少し助かったこともあるな」
「というと?」
「セプテン号から乗り換えて良いことなんて、給金が上がることくらいしかないとわざわざ示してくれたからな」
「船長とかになれるのならともかく?」
「そういうことだ」
立場や給料が上がることを除けば、セプテン号に乗り続けるというのは、船乗りにとっては多少大げさに言えば天国のような環境にいるといえる。
水回りのことだけを考えても、この世界にはセプテン号ほど贅沢に使える船は存在していないのだ。
いなくなった二人のことについては、すでに他の乗組員も知っている。
いつまでも隠し続けることができるようなことではないし、後から知られたほうが影響があると考えて、ガイルが先に知らせたのだ。
その時の皆の反応は色々だったようだが、二人の行動に否定的な意見を持った者がほとんどだった。
そうした反応を見て、ガイルも今すぐに影響があるわけではないと判断したのだ。
どちらにしても、いなくなった二人はもう戻ってこないだろうし、戻ることを希望したとしても受け入れることはない。
それだけは確定しているとして、カイトとガイルの意見は一致するのであった。