(31)公爵へ報告
騎士たちから不満を聞いた数日後、カイトは礼儀作法を教わるために公爵家を訪ねていた。
礼儀作法を教わるのはもともと予定されていたことであり、別に騎士たちのことを告げ口するために来たわけではない。
ただ、やはり問題が起こっている以上は放置するわけにもいかず、カイトは公爵へ話をすることにした。
こういう問題は引きずれば引きずるほど大きくなっていくので、早めに対処したほうがいい。
十三歳(最近誕生日が来た)になる少年が考えるようなことではないが、海人としての記憶を持っているカイトらしい考えだろう。
礼儀作法の授業を終えて公爵に呼ばれたカイトは、軽く養蚕のことを話した後に、ついでの調子で騎士たちの様子を話した。
「――というわけで、このままだと碌な結果にならないと思いますが、よろしいのでしょうか?」
軽い調子でカイトがそういうと、公爵は短く唸ってから首を左右に振った。
「それは非常によろしくないが……一つ聞いていいか? そなたの言い方を聞いていると、別にこのままでもいいとも聞こえるのだが?」
「私ですか……? そうですね。おっしゃる通り、無理に改善しようとは思っていません。具体的に言えば、騎士たちの要求を聞くために、こちらが譲歩するというのはあり得ないです」
この場合の譲歩というのは、騎士たちの誰かをセプテン号に乗せるということだ。
ちょっとした用事で短時間乗せることはあっても、数日かけての航海で乗せるつもりは全くないのだ。
きっぱりとしたカイトの返答を聞いた公爵は、小さく頷いた。
「確かに、カイトの立場を考えればそう言うのはわからないではないが……さて、どうしたものか」
「私の仲間――船乗りたちには、無理に騎士と仲良くなる必要はないと伝えています。変に威圧的な態度をとればとるほど、彼らに嫌われていくだけですよ」
騎士たちに言わなかった情報を敢えてここで伝えたのは、公爵を通して上(この場合は各国王)に伝わることを期待してのことだ。
ただし、カイトは話が上に伝わることは期待しているが、状況が改善することまで期待しているわけではない。
「どう話を纏めるかはお任せしますが、このまま放置してもいい結果にはならないと思いますよ。特に国にとっては」
「まあ、そうであろうな」
極論を言ってしまえば、カイトはそれぞれの国の騎士たちに嫌われるのは、まったく構わない。
むしろ、仲良くなりたがっているのは国側であることは、考えなくてもわかる事実である。
だが、カイトのコンのことを知っているのは上層部のごく一部でしかないので、騎士たちがカイトの態度を理解できないということも納得できることではある。
話し合いの場で騎士たちに言ったように、カイトは彼らが上からどういう命令を受けているかは全く知らない。
勿論、セプテン号に関わる情報を仕入れるように言われているのだろうなとか、色々想像することはできるが、あくまでも推測の範疇でしかない。
どんな命令があるにせよ、それぞれの船長たちともう少し上手く付き合えるようにすれば情報も手に入るだろうにと、多少呆れているところもある。
別にカイトは部下たちに情報の制限を命令しているわけではないので、仲が良くなっていけば知ることができる情報もあるはずだ。
それができていないということは、騎士であることのプライドが、この場合は全くの邪魔になっているということだろう。
そんなことまでカイトは説明しなかったが、言葉の端々から理解できたのか、公爵は一度ため息をつきながら言った。
「そのまま放置していてもいいところを、よく知らせてくれたな。この件については、私から国王に報告しておこう。そこから、それぞれの王に連絡がいくはずだ。その後、どう対応するかは、それぞれで変わってくるだろうが……」
「それはそうでしょうね。いえ、違いますね。敢えて歩調を揃えて来ても、まったく構わないですよ」
話し合いの結果、参加している三カ国で協定を決めるようなことがあっても、カイトとしては全然構わない。
カイトの立場や考えはすでに伝えてあるので、それを逸脱するような状況にならなければ、どうこう言うつもりはない。
部下たちには不快な思いをさせてしまうが、期限付きのことだと説明して納得してもらっている。
貸与している船に乗っている騎士たちについては管轄外なので、公爵自身はどういう命令が下されているかはわかっていない。
それでも、あからさまにカイトのことを見下されているということは、今までの話で理解できている。
もし、国王から直接命令が下っていれば、騎士たちがそんな態度に出ているはずがないということもだ。
フアをコンとしているカイトに対して、そんな態度をとるように指示すれば、守護神からどんなことを言われるのか、わかったものではない。
公爵は、国王に伝えた時点で、ロイス王国の騎士たちの態度が変わるだろうということは確信している。
だが、他の国に関しては、どういう指示が出されるかはわからない。
国王というのは国のトップに立っているだけあって、それぞれの性格も含めて表に出ていることはたくさんある。
ただし、それはあくまでも表の顔であって、裏ではどのようなことを考えているかまではわからない。
勿論、神のコンを得ているカイトに対して馬鹿なことを言うようなことはないと思うが、それくらいのことしかわからないのだ。
「――すんなりとまとまればいいのだがな」
「おや。協定が結ばれることが前提ですか?」
「それが一番手っ取り早いからな」
「そうですか? それぞれで勝手に対処するとしたほうが早いと思いますが……?」
「確かにそれはそうだが、カイトに迷惑をかけるという意味では、一つに纏めておいたほうがいいであろう?」
「ああ、なるほど。こっちを気遣ってのことでしたか」
各々の騎士たちが勝手に動き回ってカイトの機嫌を損なって、全体の問題だと認識されてしまうと、とばっちり以外の何物でもなくなってしまう。
それくらいなら最初から騎士同士で意志を統一したほうがいいと公爵が考えていると分かったカイトは、納得した表情で頷いた。
「――それはありがたいですが、国同士の調整なんて面倒でしかないのですから、無理をする必要はないですよ。心配しなくても、騎士だからと一つの集団と見るつもりもありませんし」
当たり前だが、カイトだけではなく他の仲間たちも、どの船のどの国の騎士が乗っているということは、きちんと把握している。
それに、騎士たちが身に着けている服には、それぞれの国の特徴を示すようなものがつけられているので、見間違うようなことはない。
それに、ずっと同じ船に乗っていれば、その所属を間違うようなことも少なくなってくるものだ。
騎士だからといって一緒くたにするつもりはないと言ったカイトを見て、公爵は安心した様子で頷いた。
「そうか。それは正直助かるな。そなたが言った通り、国同士の関係で意志を一つに纏めるというのは、ややこしいことが多いからな」
「そうでしょうね。でなければ、わざわざ別の国に分かれていたりしないでしょうから」
そう返したカイトに、公爵は苦笑だけを浮かべた。
カイトが言ったことは極端な意見ではあるが、完全に間違っているというわけでもない。
そして、国という枠組みで分かれている以上は、意見の食い違いがあったり、時には衝突が起こることも当たり前のことである。
いずれにしても、現在の騎士たちの状況に関しては、公爵が上に伝えるということで話は終わった。
あとは、その結果に基づいて、騎士たちがどう変化するのかを見ることになるだろうとカイトは考えるのであった。
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