(30)騎士たちの態度
各国からの貸与船が加わってから約一か月が経った。
その間、四隻ある船はずっと同じ場所を行き来していたわけではない。
セプテン号だけでも大きな輸送能力があるのだが、それに加えてこの世界でも大きな船が三隻もあるのだ。
それだけの量の交易品を一度に大量に輸送する機会など、そうそうあるわけではない。
大手の商会であればそうした輸送も抱えていたりするのだろうが、まだまだ新参者であるカイトたちにはそのような依頼など都合よく出てくるはずもない。
結果として、四つある船は別行動で交易をすることになっていた。
それに加えて、セプテン号を含めた四つの船が別々で行動することになっているのには、もう一つの理由がある。
考えてみれば簡単な話なのだが、それぞれの船は確かにカイトの指揮下にあるのだが、未だ商会を作っていないために一つの所属にいるとはいえないのである。
言ってみれば、四つのそれぞれの船を、カイトがバラバラに運用しているイメージに近いだろう。
世間的には、オーナーが同じだけの別集団に見られてしまうのだ。
セプテン号を除いた他の三隻に乗っている乗組員が別々の国の騎士たちということも、周囲にそう思われる要因の一つとなっている。
そんな状態になっていることをカイトがどう思っているかといえば、大した問題ではないと考えていた。
そもそもそれぞれの国の思惑で集まっている者たちを、一つの集団と考えるのは無理がある。
彼らの目的はあくまでも航海術の取得なので、それはそれで構わないと思っているのだ。
だが、そんなカイトにとっても見過ごせない事態というのは存在する。
「――――というわけで、すまない、団長。そろそろ実際に不満が爆発しそうになっている。俺たちじゃ、手に負えそうにない」
セイルポートに停泊していたセプテン号で、他の三隻のうちの一隻に乗っていた乗組員の一人が、カイトにそう言ってきた。
カイトが周囲を見回せば、その彼と同じ船に乗っている二人と、他の船に乗っている者たちが揃っていた。
彼らは、揃って同じようなタイミングで、カイトにとある問題を持ち掛けてきたのだ。
ちなみに、カイトのことを『団長』と呼んでいるのは、彼らにとってはすでにカイトは複数の船を纏める『船団』の長だからである。
部下から報告を聞いたカイトは、首を左右に振ってから言った。
「いや。謝る必要はないよ。きちんと言っておくべきだったんだが、いずれはそうした問題も起こるだろうなと思っていたからな。むしろ、よく早めに報告してくれた」
実際に騎士たちの不満が爆発してからでは、手遅れになるという可能性もあった。
そういう意味では、彼らの報告はカイトにとって丁度いいタイミングだったといえる。
カイトの言葉を聞いた一同は、ほっとした表情を見せた。
彼らにしてみれば、預かっている者たちをまともに管理できないのかと叱責される覚悟もしていたのだ。
「てことは、団長。彼らの話を聞いてくれるんですかい?」
「ああ。だが、話を聞くのはここではない。どこかで大きめの部屋を借りる。――ギルドに頼むのがいいかな?」
「なるほどな」
ギルドの会議室で話を聞くと言ったカイトを見ながら、その部下はにやりと笑った。
わざわざ別の場所を借りてまで話を聞くというカイトの目的を察したがゆえに、そういう表情になったのは言うまでもない。
そして、カイトの指示を受けた部下たちは、それぞれの持ち場へと散っていくのであった。
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カイトの指示を受けて借りられた海運ギルドの会議室の会議室には、それぞれの船に乗っている騎士たちの代表たちが三人ずつ揃っていた。
いくら話を聞くためとはいえ、全員に揃って話されても困るだけなので、少人数にするように前もって言っておいたのだ。
「――さて、集まってもらったのだから、早速話を聞こうか……といいたいところなのだが、それぞれの船長から話は聞いている。その上で言わせてもらうが、私にはなにが問題なのかわからないのだが?」
カイトが敢えて強気にそう主張すると、騎士の一人が進み出てきた。
「ではお伺いいたします、団長。私たちはあの船で新しい航海術を学ぶために集められているはずです。それが何故、今もなおただの交易を繰り返しているのでしょう?」
「さて……? 言葉通りに、新しい航海術は、それぞれの船で教えているはずだが? それとも、昔のままの航海術を使って運用しているのか?」
「いいえ。距離は短いですが、羅針盤を使った新しい方法で航海していますぜ」
カイトの問いに、三つの船のうちの一つの船長がそう答えてきた。
その船長の答えを聞いて、同じ船に乗っている騎士の一人が先ほどの騎士と同じように進み出て言った。
「では、我々をセプテン号に乗せるつもりはない、と?」
剣呑な表情でそう言ってきた騎士を見て、カイトはわざとため息をついた。
「はっきり言っておくが、私はあなたたちが国からどんな命令を受けているか知らないし、知るつもりもない。私がそれぞれの国と契約をしたのは、新しい航海術をそれぞれの船に乗る者たちに教えるということだけだ。それ以外のことに応えるつもりはないよ。少なくとも今のところは」
「では、何があっても我々をセプテン号に乗せるつもりはないと?」
「そもそも、乗せる必要性を感じないな」
「さっきから黙っていれば、貴様! ただの船乗りが、騎士に向かってどういうつもりだ!」
騎士の一人がそう言ってきたのを、カイトは冷めた目で見ていた。
その言葉を聞いて他の騎士たちが止める様子さえ見せないところを見れば、普段からどういう態度で自分の部下たちに接しているのかはわかる。
少なくとも見た目はまだまだ子供で平民であるカイトに対して威圧をしたかったのだろうが、逆効果でしかなかった。
「どういうつもりもなにも、言った通りなのだが? 逆に聞きたいが、あなたたちは普段からそういう態度なのか? だとすれば、とても人からものを教わる態度には全く見えないんだが」
敢えてそこで言葉を区切ったカイトは、騎士たちを見回してながら続けた。
「別に、こちらに対して敬語を使えなどというつもりは全くない。だが、学ぶには学ぶなりの態度というのがあるのではないか?」
カイトは、部下たちが騎士たちの教育に手を抜いているとは思ってもいない。
だが、必要最低限のことだけを教えて、その他の経験などを含めた踏み込んだところまで教える義理まであるとも考えていないのだ。
部下たちが騎士たちにどこまで踏み込んで教えるかはそれぞれの判断に任せているが、必要最低限のところがどこになるのかは教えてある。
一応釘を差すつもりで言った自分の言葉が、まったく騎士たちに響かなかったとわかったカイトは、それ以上の説明は不要と感じて話を切り替えることにした。
「いずれにしても、今のままでは折角の機会が無駄になりそうだ。まあ、どうするかはあなたたち次第だ」
「我々を脅すおつもりか?」
「そんなつもりは全くないんだけれどな。あなたたちがそう感じるのであれば、そうなのではないか? 私にとってはどちらでも構わない」
敢えて突き放すように言ったカイトに、騎士たちの厳しい視線が変わることはなかった。
カイトも騎士たちの態度の変化を期待して言ったわけではないので、気にした様子もなく淡々としたまま独り言を言うように言った。
「今のままだとどちらにとってもいい結果にならなさそうだなあ。このことは、きちんと上に報告する必要があるかな?」
誰に言うでもなく呟かれたその言葉は、騎士たちにどう聞こえたのかはわからないが、少なくともそれによって何かが変わるということはなかったのである。
次回の31話ですが、GW休みを頂戴いたします。
一週間を超えるとは思いませんが、次の更新はしばらくお待ちください。