(29)船と人員の引継ぎ
公爵に贈り物についての了承の意思を伝えてから一月後。
セイルポートの港には、三隻のキャラベル船が泊まっていた。
キャラベル船自体は珍しい型の船ではないのだが、その大きさが通常の航海で使われている物よりも一回り大きくなっていて、最新型だということがわかる。
とはいえ、北大陸の中で大国の一角を担っているロイス王国の中で一番大きな港町であるセイルポートでは、そこまで珍しいというわけではない。
特に最近は、この世界では超大型船といっていいセプテン号が良く出入りしているので、人々の認識も普通よりも大きめの船が来たなー、という程度の反応しか示していなかった。
つまりは、それらの船がセイルポートに来た時には、いつも通りの光景とさほど気にされることはなかったのである。
港で働く人々がいつも通りの動きをしている中で、セプテン号に関わっている者たちは、慌ただしい動きを見せていた。
それもそのはずで、これまでセプテン号で働いていた者たちの中で、この日から約半数が別の船に乗り換えることになったためである。
勿論その乗り換える先の船は、先ほど入ってきた三隻の船になる。
セイルポートに入ってきた三隻のキャラベル船は、各国から貸与されてきた船であり、カイトが新しい船を手に入れるまでの間一緒に乗ってきた乗組員たちに新しい航海術を教えることになっている。
セプテン号の一部の乗組員がそれらの船に乗り換えたのは、その航海術を教えるためである。
当たり前だが、彼らはカイトとセプテン号にいる天使たちのお墨付きをもらって、航海術を教えることになっている。
そんな彼らを見送るためにセプテン号の船長室から出たカイトは、出口の辺りで待っていたガイルとメルテを見てぽつりとつぶやいた。
「やれやれ。どうにか形になってよかったな」
「まったくだ。まさか、国側の動きがこんなに早いとは思わなかったからな。急ピッチで教え込むのも大変だったぞ。……主に天使の方々が」
「それを言ったらおしまいだろう。……でも、本当によくやってくれたよ。アイリス」
「いいえ。私たちはともかく、むしろ彼らのほうがよく食いついてくれたかと」
「本当に、だな」
三隻の船に乗っている乗組員たちに航海術を教えるために、それまでのんびりと習得していた皆が、詰め込み式の要領で急ピッチで教え込まれるようになったのだ。
それでよく反発して逃げ出さなかったと思うほどだったが、カイトが彼らに対して出した褒美が相当な効果を出したのだ。
その褒美が何かといえば――――。
「まあ、新造されるはずの船の船長候補にすると言われれば、普通は死ぬ気で頑張るわな」
半ば呆れ、半ば感心する様子で言ったガイルに、カイトは当然とばかりに頷いた。
「努力した者は、報われる。それは、当然のことだよね?」
「まあ、そうなんだが。それが通らないものこの世の常じゃないか?」
口約束で船長にしてやると言われても、普通は社交辞令かただの冗談だと思うだろう。
だが、カイトが言ったことを真に受けて乗組員たちが頑張ったのは、それだけカイトが彼らに信用されているということがある。
思いっきり思い当たりのあるカイトは、お空を見上げながら感慨深げに言った。
「そうなんだろうけれどねー。ガイルの歳だと、まだ達観するには早すぎないか?」
「あのな。俺だってこんなことは言いたくないが、何度も夢を見て諦めてきているんだぞ。であれば、こうなるのも当然だろう?」
「あー、はい。すみませんでした」
諦めの表情と共につかれた深いため息に、カイトは気圧され気味に謝った。
「――ということは、やっぱりガイルにも船長をやって貰った方がいいのかな?」
「いや。今はこれでいいと思っている。副船長とはいえ、普通はこんな船に乗るなんてできないからな。それに、副がついているとはいえ、やっていることはほとんど船長だからな」
「あ、はい。さぼり気味でごめんなさい」
「いや、別にお前を責めるつもりで言ったんじゃない。むしろ、俺にとってはありがたいことだからな」
胸を張り気味にそう言ってきたガイルを見て、カイトは苦笑をすることしかできなかった。
オーナー兼船長という立場のカイトだが、セプテン号の運航から人員の管理までそのほとんどの業務をガイルがやっている。
ルタ学園へカイトが入学すれば、その役目はさらに大きくなるだろう。
ガイルにとっては既存の船の船長をやるよりは、セプテン号でそうした役目をしていた方が、より自分のためになると考えているのであった。
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カイトとガイルがそんな会話をしつつ港の埠頭に出ると、そこにはセプテン号の乗組員と他三隻の船の乗組員が勢ぞろいしていた。
四隻分全ての乗組員が集まると、流石に広めに出来ている埠頭も狭く感じる。
他の埠頭で作業をしている者たちは、何事が始まるのかと注目している。
ちなみに、船の引継ぎの立ち合いということで、海運ギルドのギルドマスターもそれぞれの国の代表と共に、この場に姿を見せていた。
普段から船のオーナーや船長が変わるということはよくあるのだが、三隻同時ということは中々ないことなので、一種のセレモニーにような様相になっている。
「――準備はできたか?」
一同を代表してレグロがそう聞いてきたので、カイトは頷き返して言った。
「はい。お待たせして申し訳ございません」
「何。セプテン号に新しい船を所属船として登録するのに、必要な作業だったのだろう?」
「まあ、そうなんですが……思ったよりも時間がかかったので、後回しにすればよかったと少し後悔しています」
「なんだ。お前さんでも分からないことはあるんだな」
レグロがそう言うと、カイトは「当たり前です」と答えつつ頷いた。
一同が揃っているのにカイトが少し遅くなったのは、レグロが言ったとおりにセプテン号への新しい船の登録があったためだ。
この登録をしておくと、それらの船と他の船との識別が簡単になったり、近づいて航行しているときには結界で覆って守ったりすることができる。
登録したことで何ができるのかは、これから徐々に調べて行く必要はあるのだが、引継ぎの儀式(?)が終わる前にやっておいた方がいいと考えたのである。
ただ、初めての作業だったということもあって、予想以上に時間がかかってしまったのがカイトにとっての誤算だった。
多少、反省の色を見せているカイトに、レグロは笑いながら言った。
「これ以上皆を待たせても仕方ないから、さっさと始めようか」
「そうですね」
レグロの言葉にカイトが同意すると、ようやく各国の代表からカイトへの船の貸与に関する儀式が始まった。
もっとも儀式といっても、書類関係の記入などは既に済ませているので、今はそれらをお互いに交換するだけになる。
この日、一番大きな出来事はそれらのやり取りではなく、やはり正式に今後の船の乗る人員の引継ぎがされることだろう。
それらの人員は、騎士らしく整然と並びながらしばらくの間上司となるカイトを見ていた。
まだ少年と言っていい姿のカイトを見ながら、彼らが何を考えているのかはまだわからない。
さらにいえば、カイトが新しく増えた船に行って直接指示する機会もほとんどないだろう。
どちらにしても、彼らは新しい航海術を学ぶために来ているのだから、それでもいいと考えているカイトであった。