(28)贈り物決定
公爵が持ち帰ったカイトの意見は、そのまま各国の代表の間で議論が交わされて、微調整がされることになった。
実際には、どの国がどの船を貸すのかという細かい問題などが出てきたためだが、基本的にカイトが提案した意見が採用されたことになる。
いずれにしても、カイトが直接その話し合いに加わることはなく、当人は結果待ちのままセプテン号で交易をしていた。
そして、約半月が経ったある日、再び公爵からカイトへの呼び出しがあった。
そこで、国同士の話し合いで決まった結果を公爵から聞いたカイトは、すぐに頷きながら言った。
「――相手の皆さまがこれでいいと言うのであれば、私としても何の問題もありません」
基本的にカイトが言ったとおりの内容になっていたので、わざわざ拒絶する必要もない。
カイトとしては、新たに三隻の船が運用できるようになるというだけでも、随分とありがたい話なのだ。
正直なところ貰いすぎのような気もしているのだが、相手方がそれでいいというのであれば、問題ない。
各国の間で話し合った結果、バランスがきちんととれていると判断されたのだから、その点でも心配ないはずである。
カイトの答えを聞いた公爵は、安堵したようにため息をついた。
「そうか。それはよかった」
本来であれば、公爵という立場にある者が、平民であるカイトの言葉など気にする必要などない。
だが、カイトはフアという大地神をコンにしているだけに、その力と影響力はその辺の貴族よりは確実に上になる。
勿論、全ての場合においてそうだというわけではないのだが、各国の王が関係している今回の話に関しては、公爵はあくまでも仲介役でしかない。
そのため、ここでカイトが何か別のものを要求したりすれば、また難しい立場に立たされることを意味していた。
事前に調整していたのでそこまでの心配はしていなかった公爵だが、やはりカイトの答えを聞くまでは若干の緊張があったのである。
そんな公爵に、カイトは苦みを混ぜつつ笑いながら言った。
「そんなに心配しなくても、ここで変に無茶な要求はしませんよ」
「そうだろうが、それでもきちんとした言葉を聞くまでは、な」
「ここで公爵に退いてもらっては、私にとっても良くないことですから」
「いや、流石にそれは言い過ぎだろう」
ここでカイトがまたつき返した場合には、モーガンの公爵位からの退位勧告ということもあり得た。
その可能性を示唆したカイトに、公爵は苦笑しながら首を左右に振った。
公爵がそう言って笑っていられるのは、それくらいに国王と公爵の中が近しいからだ。
もしこれが仲が良くないとなれば、首を切るという選択肢があったのも間違いない事実である。
本来であれば国王が公爵の首は簡単に切ることはできないのだが、そこはやはり複数の他国の王が関わっているだけに、簡単に許すことはできない。
それを理由に公爵の首を切るくらいのことはできる――可能性もあったということだ。
もっとも、公爵が言ったように、現国王であるファビオと現公爵であるモーガンの仲は悪くない――どころか仲がいいので、たとえ失敗していたとしても首を切られたりはしなかっただろう。
いずれにしても、カイトが了承したことで、そんな問題などは無かったことになっているのだが。
「いかに複数の国の王が関わっているといっても、それだけで貴族家の当主を下ろす力は王には無い」
「ですが、他の貴族の後押しがあれば、それも可能になるのでは?」
「ふむ……そうか。そなたは平民だったな」
今さらながらにそのことを思い出したような表情になった公爵は、カイトに教えるように言った。
「確かに多くの貴族から意見が出れば、それもあり得るであろう。だが、基本的に貴族の当主になる前に反対することは出来ても、当主なってしまった者を王が下ろすのは難しい。それが貴族の当主というものだ」
「……それはどこの国であっても、でしょうか?」
「さて。勿論、国によって対応は違ったりするだろうが、おおむねそう考えてもらってもいいのではないか? その国が王国を名乗っている場合は、だが」
この世界にも王国以外の政治体制をとっている国はある。
ただし、国民全体の学力が高い国はほぼ無いに等しいので、民主制を取っている国はない。
それに、貴族の当主を下ろすのは難しいと断言した公爵だが、実際に行うことは絶対にできないというわけではない。
一番有名なのは、国に対する謀反を起こした場合などがある。
それ以外にも、それぞれの国で独自の取り決めがあったりするが、その辺りまで触れると細かくなりすぎるので、公爵は敢えて触れなかった。
そもそも、そういう場合は国家に対して重大犯罪を起こしていることがほとんどなので、説明する必要もないと考えたのだ。
「――とまあ、関係ない者にとっては複雑過ぎて面倒だろうがな。一応これから貴族と触れ合うことも多くなるだろうから、これくらいは覚えておくといい」
貴族の爵位に関わる話を一通り終えた公爵は、最後にそう締めた。
「説明していただいてありがたいのですが、出来ればそこまで深くは関わり合いたくないものですね……」
「何を言っているのか。すでに普通ではありえなくらい深く関わっているであろう? 複数の王から推薦をもらうなど、貴族でもあり得ないことだからな?」
「……そうでした」
呆れた様子で公爵に言われたカイトは、うなだれるようにしながらそう返した。
それをみて小さく笑った公爵は、話を切り替えるように言った。
「まあ、それはいいとして、授与はいつぐらいがいいかと聞かれているぞ? いつがいいんだ?」
「私としては、前もって教えていただければ都合は付けますが……まさか、推薦人が勢ぞろいなんてことは……?」
「あるわけなかろう? それだけの国の王が一カ所に集まれば、何事かと注目される。そなたが推薦を集めていることは、ごく一部にしか知らせないのだから、そんな大々的なことはしない」
「そうですよね。よかった」
「なんだ。そなたも年相応の仕草をすることはあるのだな」
実際に胸を撫で下ろす様子を見せたカイトに、公爵は笑いながらそう言ってきた。
「……なんか、前にもそんなことを言われたような気がするのですが……?」
「それだけそなたが、私の前でも自然な姿を見せるようになってきたということではないか?」
笑をこらえるような顔になってそんなことを言ってきた公爵に、カイトはため息をついた。
「それはそれとして、実際の船はどうやって貸してもらえるのでしょう? 人員もついているのですよね?」
「ああ。船はここの港に来るように手配している。人員も問題なく集まっているようだぞ。――一応言っておくが、当たり前のように各国の諜報員が入っているから気を付けるように」
「それはまあ当然、というか、むしろ国ために集まっている者たちなのだから諜報をしない方があり得ないのでは?」
「そうでもないぞ。特にそなたの気を引くように、敢えて普通の指示を出した者のほうが多いのではないか?」
貸与される船に乗っている者たちは、基本的にはカイトの部下が教える航海術を学ぶことを目的にしている。
そのため、日常的な会話で得られるような情報はともかく、もっと踏み込んだような内容を調査してくるような特殊な訓練を受けた者は少ないというのが公爵の読みだった。
公爵の考えに納得したカイトは、同意したように頷きながら返した。
「そういうことであれば、一部だけに気を付けるようにします。といっても、そもそも誰が本当の諜報員かどうかなんて見抜ける技量はありませんが」
「そなたが普段から言わないようにしている情報を、簡単に明かさなければそれでいいのではないか」
最後に公爵がそう付け加えると、カイトは最後頷き返すのであった。