(27)バランス
各国の王への贈り物のことに関しては公爵に任せて、カイトはセプテン号での交易に戻った。
フゥーシウ諸島との交易で大きな利益を得ているが、それでも新たな船を買えるほどの資金が貯まったわけではない。
さらに、新しい船を買って交易を拡大するには、もう一つの問題が残っている。
「――――やっぱり、商会は作ったほうがいいよなあ……」
「是非、そうしてください」
食事の席でポツリと呟いたカイトに対して、食い気味に言ってきたのは、主計係のアルティモだった。
アルティモは以前から商会を作るべきだとカイトに主張していたので、この反応はカイトにも予想できていた。
補佐役の部下に当たる者は雇ってはいるのだが、セプテン号で行っている交易のほとんどをアルティモが一手に引き受けているので、少し仕事の量が過剰気味になっているのだ。
商会を作って各地の港に出張所なりを作れば、売り買いに関するやり取りは船の乗組員が行わなくても済むようになる。
ただし、それをすると人件費やら各地で払う税金などが大きくなってしまうので、得ている利益は確実に目減りする。
セプテン号一隻だけで運用している間は、メリットよりもデメリットの方が大きかったので、商会を作ることに乗り気にならなかったということもある。
それが、二隻目の船を購入することが現実的になると、やはりそれぞれの船を管理する事務所なりを作ったほうがいいということになる。
もう一つの問題になっていた一つの勢力に肩入れすることはないということは、カイトが各国の王から推薦を貰えたことでほとんどクリアしてしまった。
推薦を貰えた国の港にそれぞれ事務所なりを設ければ、その意見は分散することができるだろう。
とはいえ、商会を作って各地に拠点を設けることに問題がないわけではない。
「……あまりたくさん事務所を作ると経費が掛かりすぎるからなあ……それだったらこの船に事務所を置いてしまってもいい気が」
「ですが、それだと交渉はそれぞれの船が現地ですることになってしまいます」
「だよねえ。それだと意味ないよねえ……」
船の乗組員が現地で交渉を行う手間を省くために作るのに、それが無くなってしまえば事務所を置く利点がほとんど無くなってしまう。
加えて、今ある資金で一隻の船を増やしたところで、それらの事務所を維持できるか疑問しかない。
この世界にも鉄板の貿易ルートはあるので、そのルートを往復なりさせておけばそれなりの利益は出せるだろうが、カイトがそれだと面白くないと思ってしまうのだ。
「――せめて、一気に三隻くらい船が手に入ればいいのになあ……」
「何を夢みたいなことを言っているんですか。船が湧いて出て来るとでも?」
実際にセプテン号は湧いて出てきたのだが、勿論カイトがそんなことを口にすることはない。
「だよねえ……。あーあ。何とか決めてになるようなことが起こればいいのに」
「そんなことを言っていないで、現実を見つめてください」
アルティモからそう主張されたカイトは、さてどうするべきかと再び頭を悩ませることになるのであった。
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アルティモとセプテン号内でそんな会話をしてから数日後のこと。
「――うーん。まさか、現実的になるとは……」
公爵の使者が来て呼び出されたカイトは、少し驚きながらそう呟いた。
「なんだ? お返しがあることを予想していたのか?」
「いいえ、そういうわけではないのですが――」
カイトの反応の意味が分からずに首を傾げる公爵に、カイトはもう一度先程公爵が話した内容を頭の中で反芻した。
今回公爵に呼ばれたのは、カイトが各国の王にお礼として渡すことを打診した贈り物についてのことだ。
カイトが贈り物を渡すこと自体は特に問題はなかったのだが、養蚕と船の設計図では差がありすぎるのではないかという意見が出たのだ。
養蚕の場合は、新しい産業という目新しさはあるもののあくまでも一分野の商品でしかないのに対して、国にとって船の設計図というのは、技術を含めて色々な分野に波及することになる。
影響力という観点で見ればやはり差があるだろうということで、港を持つ国々からカイトに対して他の国と比べて貰いすぎの分を何らかの形で返すことになったのである。
カイトとしては別に差があろうがなかろうが構わないのだが、それぞれの国のバランスという観点で見ればそういうわけにもいかず、結局カイトに何が欲しいかお伺いを立てることになったのだ。
何やら贈り物を押し付け合っているような感じになっているが、それぞれの国で差を作らないという建前がある以上は、無視するわけにも行かない。
というわけで、王から公爵へ打診があり、こうして公爵がカイトに直接聞いてきた流れになったのである。
そして、何を貰うかと考えたカイトが、すぐに思いついたのが先日のアルティモとの会話だったというわけだ。
とはいえ、簡単に船が手に入るとはカイトも考えていない。
そこで、あることを提案することにした。
「それでしたら、私が書いた設計図でできる船の購入権利というのはいかがでしょうか?」
「なるほど。やはりそう来たか」
いくつか予想していた答えの中にカイトが言ったものがあったため、公爵は納得した表情で頷いた。
カイトであれば、金銀財宝よりも船に関することのほうが良いだろうという予想があったのだ。
「――とはいえ、それだけでは足りないだろうということになっていてな」
新しい船の購入権利があるというのは、他よりも先んじて買えるというメリットがあるが、それだけでしかないともいえる。
カイトが出した船の設計図は大型帆船(セプテン号ほどではない)と呼んでもいい大きさの船のため、数カ月やそこらでできるようなものではないのだが、複数同時に作った場合にはすぐにそんな差など埋められてしまう。
それでは、あまりにカイトにとっての利が少ないという話になっているのだ。
さらに、新しい船の購入権利以外のものも、どれもこれも似たり寄ったりの結果になっていたりもする。
「――そういうわけで、他に何かあるかカイトから直接聞いた方がいいということになったようでな……」
「そういうことですか。結構、面倒なのですね」
「……普通はここまでごたごたしたりはしないのだがな」
言外にそなたが送った品物のせいだと言ってきた公爵に、カイトは気付かなかったふりをした。
養蚕と設計図以外に、国王が喜びそうなものなど思いつかなかったのだから仕方ないのだ。
「まあ、それはそれとして、何か他のものとなると思いつくのは一つくらいしかないのですが?」
「言ってみよ」
「新しい船ができるまでの間、国が持っている船を貸与するというのはいかがでしょうか? 人員付きだと航海術の指南付きです。……私が直接教えるわけではありませんが」
「むっ。なるほど。それで、一度それぞれの国に打診してみようか」
国にとっては余っている船が有効活用できる上に、新しい航海術を国の者が知ることができる。
カイトはカイトで新しい船を手に入れるまでの間、別の船を使って交易をすることができる。
お互いにとってそれぞれメリットがでる提案だけに、公爵もすぐに即答はできずに、各国にお伺いを立てることになるのであった。