(26)贈り物の中身
公爵は、カイトが船の設計ができるということまでは知らない。
だが、セプテン号という大層な船を神のコンから与えられているということ、これまでになかった航海術の知識を持っているということから、養蚕だけではなく船に関する知識を持っていることは推測で来ていた。
何故十二(もうすぐ十三)歳の少年がそんな知識を持っているのかは知らないが、だからこそ大地神という神に選ばれたのだろうということはわかる。
もっとも、今のところ公爵の想像では、神から与えられた知識なのだろうと考えているくらいで、まさか前世の知識だとは考えてもいない。
そのことから考えても、カイトが用意したという船の設計図がこれまでとは違ったものになるだろうということは、簡単に推測できる。
だからこそ、カイトに向かって「御大層な物」と言ったのだ。
だが、公爵には船の設計図よりも先に聞いておかなければならないことがあった。
「――養蚕の方法を教えるというのは?」
ようやく自領の養蚕が安定しそうなところで他国に知識を与えると言われれば、心中穏やかでいられないのは仕方ないことだろう。
鋭い視線を向けてとう聞いてきた公爵に、カイトは普段通りに返した。
「今のままロイス王国とフゥーシウ諸島だけで生産を続けても、ごく一部にしか渡らないことになりますから。それでは意味がないことはお分かりいただけるかと思います」
「……言いたいことは分かるが、それは『今』必要なことなのか?」
出来ることならもう少し自領での生産が安定して、さらに増産までできるようになるくらいの時間が欲しかった、というのが公爵の本音だ。
そんな公爵に、カイトはコクリと頷いてから言った。
「むしろ、今だからこそ必要なのだと思います」
「……というと?」
「今のところ私が把握している養蚕を行っている産地は二つだけです。その二つの地域の技術だけが突出してしまえば、本来の絹や絹糸を広めるという目的からそれてしまいかねませんから」
カイトがあくまでも絹や絹糸を世界に広めるということを目的にしていることは、公爵も知っている。
だからこそ、その言葉に嘘がないかを見極めようと、公爵はジッとカイトを見つめていた。
今言ったことに嘘偽りないことはカイト自身が良くわかっている。
そのため、公爵から探るような視線を向けられても、カイトはただ真っ直ぐに見返すだけだ。
「そうか……もう少し有利になれると思ったが、さほどでもなかったか」
「いえ、そうでもないでしょう。今回からは天使の派遣はしないつもりですから」
カイトがそう言うと、公爵は意外そうな視線を向けてきた。
てっきり公爵家の時と同じように天使の派遣をして、蚕の育成から絹の作成まで一通りの教育をすると考えていたのだ。
声を出さないままに疑問を投げかけてきた公爵に、カイトは天使の派遣をしない理由を説明することにした。
「蚕の育成をこの世界に定着させるには、いつまでも天使に頼るわけにも行きません。最初の内は、蚕がこの世界に定着するかを調べる必要がありましたが、大丈夫だということも分かってきたようですから」
蚕の育成に天使を派遣していたのは、この世界できちんと蚕が育つのかを調べる目的もあった。
公爵領とフォクレス島、その二つの地域で育つことが分かれば、あとは自然に任せて見守るのがいいという話を天使たちとしていたのである。
天使を出さないというカイトの話を聞いた公爵は、明らかにホッとした表情を見せた。
公爵という立場にある者が、簡単に表情を見せてもいいのかと一瞬考えたカイトだったが、最近の公爵はよくそういう表情を見せるようになっていた。
それだけ公爵は、カイトのことをかっているのだ。
勿論、それに甘えてしまえば、一気に食いつかれるということも理解しているのだが。
「とりあえず、そなたの言いたいことはわかった。確かに、これ以上を望むのは甘えすぎなのだろうな」
「甘え……かどうかは分かりませんが、あまり求めすぎると周囲からより多くにらまれることになるでしょう。……フゥーシウ諸島とは立場も状況も違いますから」
「確かに……な」
最初から神に守られている地域と、公爵とはいえ一国の一地域とは大きな差がある。
そう指摘をしたカイトに、公爵も理解を示して頷いた。
最後の言葉で完全に吹っ切れたのか、公爵は頭を切り替えて改めてカイトを見て聞いた。
「それで? 船の設計図というのは?」
「そちらは、特に神様が直接関わるようなことではありません。素直に私が設計したものです。それを使うかどうかは、あくまでもそれぞれの判断にお任せいたします」
正確にいえば、間接的には神(それも創造神)が関わっているのだが、蚕と違って天使が直接出て来るようなことではない。
「ふむ。そなたが船の設計ができたとは知らなかったがな……そもそも、一平民であったそなたが、そんなことができるというのが不思議なのだが?」
「それはまあ、クエストのお陰……ということにしておいてください」
「よかろう。それ以上は聞かないことにしておこう」
敢えて曖昧な言い方をしたカイトに、公爵はフッと笑ってそう答えた。
「それで……? 事前にその設計図を確認させてもらうことはできるのか?」
「もうできてはいるので可能ですが……よろしいのですか?」
カイトは、他にないものとして海沿いにある各国の王に設計図を渡すつもりでいる。
それを前もってロイス王国の公爵家が確認をしてしまえば、平等な状態で渡すという条件が無くなってしまうだろう。
「いいもなにも、どちらにせよ事前の確認は必要になるからな。それに、どうせそなたが造った設計だ。できる船は商船か冒険船になるのであろう?」
カイトの考えていることを見抜いている公爵が、笑いながらそう言ってきた。
公爵の読み通り、カイトは今のところ戦船を作るつもりはない。
やるなら各国で自由に改造をする研究を進めてくださいという立場だ。
そのことを隠すつもりがないカイトは、すぐに頷いた。
「そうなのですが、本当に大丈夫でしょうか?」
これ以上ヨーク公爵家が恨みを集めるようなことになっては、カイトとしても気が引ける。
その感情を読み取った公爵は、考えるような表情になって言った。
「そこまで心配なのであれば、正式に王に渡す前に共同で設計図を調査できるようにすればよいだけだ。その辺りの交渉は、それぞれの国で行うだろうから、そなたがそこまで心配する必要もない」
「あ、なるほど」
てっきりロイス王国内だけで先に話を進めるつもりだと考えていたカイトは、納得した様子で頷いた。
そもそも、カイトに推薦状を出してくれている王は、ロイス王国ともきちんとした繋がりがある国々になる。
であれば、正式な交渉ルートを通じて、お互いに見守っている状況で確認作業をすればいいだけだ。
「ということは、お礼として二つの品を渡すのはいいということでしょうか?」
「そうだな。受け取るかどうかは、それぞれの国の判断によると思うが……まあ、拒否することはないだろう」
それほど、神のコンと契約をしている魂使いと繋がりを持てることは、その国にとっては利益が大きいと考えられているのだ。
一国で囲うことができればそれに越したことはないが、複数の国で管理できるようになれば、それだけ負担が減るという考え方もできる。
カイトはそこまで無茶なことを言うつもりはないのだが、公爵ほどに人となりを知っているわけではない各国が、過去の経験から判断する可能性は大きいはずだ。
また、だからこそ、カイトのルタ学園への推薦をしたともいえるのだ。
いずれにしても、カイトがお礼の品を各国の王に渡すというのは構わないだろうと、最終的に公爵は了承することになった。
その結果、カイトの提案は公爵を経由して、一度ロイス王国のファビオ王に送られて、それぞれの国との調整が行われることになるのであった。