(12)養蚕小屋
フアに案内された建物――養蚕小屋で色々な確認を終えて入り口まで戻ったカイトは、盛大にため息をついた。
「非常に立派な設備でありがたいが、ちょっと奮発しすぎじゃないか?」
これから育てることになる蚕たちはともかくとして、それぞれの作業に必要な部屋から道具まですべてきっちりと揃っていたのだ。
さすがに、生糸を作るための道具まであるのには、驚くしかなかった。
「何か問題でもあったかの? 一応、海人の実家にあったものはすべて揃えたはずなのだがの?」
「ああ、それでか……」
養蚕小屋を回って確認した中で、海人の三代以上前の先祖が使っていたような道具まであったのだ。
海人が生きていた時代には使われていなかったため、どうやって使うのかすらわからないような物もある。
小屋内を見て回った際に、どうしてこんなものまでと疑問に思っていたのだが、フアの言葉でその疑問が解けた。
フアの言葉に頷いた海人は、そのことをきちんと説明することにした。
「今では特に使わない道具まで揃っていたからな。何故、あんなものまでと思っただけだから心配しなくていい」
「ふむ。それでは、糸を作るところまでは、きちんと作業ができるのだな?」
「勿論。今いる蚕たちがきちんと卵を産むところからだから、時間はかかるけれどね」
「それは当然だの。それに、その程度は今まで待った時間に比べれば大したことではないからの」
いかにも神様らしい時間感覚で言ってきたフアに、カイトは苦笑しながら「そうだね」と頷いた。
「ところで、蚕たちが元気らしいことはいいとして、これから俺はどうすればいいんだ?」
「うむ? どういうことだの?」
「いや、言葉足らずだったか。蚕の世話に掛かり切りになって、海の方が進まなかったら駄目だと思うんだが?」
「む? それは、今まで通り進めていけばいいと思うがの?」
そう言って首をかしげるフアを見て、カイトは話がかみ合っていないと感じた。
「あの船長室から出入できるのはいいんだが、蚕の世話ができない期間とかも出てくると思うんだが?」
今のところカイトは、船にこもりっぱなしになるつもりはない。
それに、今すぐにとは考えていないが、魂使いとしてどこかの学園に通うつもりでいる。
そうなると、それなりの期間蚕の世話ができなくなる可能性もあるだろう。
「ああ、そういうことか。これはこちらが説明足らずだったかの。基本的にこちらの小屋での蚕の世話は――――」
「ようやくの出番ですか! 大地神様、私のことを忘れるなんて、ひどすぎですよ!」
フアの言葉を遮るようにして聞こえてきた声に、カイトはびっくりして目を瞬いた。
その声の持ち主は、いきなりフアの隣に出現した。
その姿はフアのように狐のものではなく、二本足で直立している人型だ。
ただし、その頭の上では狐の耳がピクピクと動いていた。
神の創った神域で簡単に(?)出現できる存在など、カイトは天使以外に知らない。
「忘れておったわけではないわ! 大体、出てくるタイミングを見失ったのは、クーアも同じであろう?」
「そうやって、人のせいにするわけですね!?」
わざとらしく腰に手を当てて怒りを表現したクーアに、フアは誤魔化すように後ろ足で耳の後ろをカシカシと掻き始めた。
そんな誤魔化し方で通用するのかと内心で呆れたカイトに、クーアがぺこりと頭を下げてきた。
「挨拶が遅くなってごめんなさい。私は、クーア。フア様の天使の一人です。これからは、こちらの神域にいる蚕の世話を仰せつかっております」
「あ、はい。初めまして。カイトと申します。それで、貴方が蚕の世話をするということは……?」
「クーアでいいですよー。そのままの言葉通りです。先ほど仰ったとおり、カイト様は忙しくてこちらに来られない時もあるでしょうから、私たちが世話をすることになりますね」
「俺も様はいらない」
「では、カイトさん、にしますね」
「いや……」
「カイトさん、です」
「……じゃあ、それで」
クーアから感じた目力に屈したカイトは、「さん」付けで妥協することになった。
きちんとした蚕の世話係までいることを理解できたカイトは、少しだけ疑問に思ったことをフアに聞くことにした。
「それにしても、蚕の世話をしてくれる人まで用意してくれるとは、至れり尽くせりだが、本当にいいのか?」
「構わない。それに、誤解がないように言っておくが、あくまでもクーアを頼りにできるのは、この神域内だけだからの」
どこかで聞いたことのあるような条件に、カイトは納得した表情で頷いた。
「ああ、そういうこと。一般的に広めるには、こっちでやらないとダメってことか」
「そういうことだの」
クーアの管理が及ぶのはあくまでもこの神域内に限ってのことで、その条件は船の中だけで力が使えるアイリスと同じことだ。
「そういえば、これだけのものが用意できるんだったら、何も俺――の記憶を呼ぶ必要はなかったんじゃないか?」
「それは因果関係が逆だな。海人の魂がこちらの世界に来たからこそ、これだけのものが用意できたのだ。神といえど、何もないからすべてを創りだすことは不可能だ。それは、そなたが会ったことのある創造神でも同じことだの」
「はあ、そんなものなのか」
神様――しかも創造神ともなると、なんでも自由に用意できると漠然と考えていたカイトだったが、どうやらそこまで自由な力があるわけではないらしい。
もっとも、創造神や他の神々が世界を創りだす力を持っていることは確かで、それを破壊することも容易だということは、まぎれもない事実である。
まただからこそ、力のある神々は、地上に力を及ぼす際には様々な制約を受けているのだ。
納得した表情で頷いたカイトは、一度だけクーアに視線を向けてからすぐにフアに向き直って聞いた。
「それにしても、クーアにしてもアイリスにしても、何で俺に対してかしこまっているんだ?」
「難しく考える必要はない。カイトは、吾や創造神の意志を受けて人の世で活動することになっておる。いわば、使徒というべき存在だからの。このことは、アイリスも話しておったであろう?」
確かに、アイリスも似たようなことを言っていた。
そのことを思い出したカイトは、それでも首を傾げつつ疑問を口にした。
「言っていることはわかるんだが、そもそも使徒はそんなに有り難がられる存在なのか?」
「全員が全員そうであるわけではないが、少なくともカイトはそうだというだけのことだの。言っておくが、特に吾や創造神がそうするように言ったわけではないからの」
まさしくそのことを疑っていたカイトは、フアに機先を制されて言葉に詰まった。
そんなカイトの様子を見てか、クーアがクスクスと笑い出した。
「あまり深く考える必要はないですよー。私は……恐らくアイリス様もでしょうが、自分の主が選んだからという理由で、カイトさんにこういう態度をとっているのでしょうから」
原因はカイトにではなく、あくまでも彼女たちの主であるフアや創造神にあると言われたカイトは、少しだけ安堵した様子でため息をついた。
天使たちに畏まったような態度をとられるほどに期待されてしまうと、どうしても重く感じてしまう。
それに、カイトは天使に懇意にされているんだと威張り散らすような性格はしていない。
もっとも、そういう性格だからこそ、フアや創造神がカイトを選んだという話でもあるのだが。
とにかく、クーアやアイリスが畏まった態度をとる理由を知れたお陰で、無理に変えてもらう必要もないとカイトは感じた。
クーアもカイトも、それぞれの主から言われてのことではなく、自ら進んで行っていることだからだ。
これでカイトが無理を言ってしまえば、それはそれでカイトの意志を押し付けてしまうことになる。
それくらいなら、今のままの方がいいだろうと、そんなことをカイトは考えるのであった。
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
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