(25)贈り物
フアが大地神であることは、既にロイス王国の王を通して複数の王たちに知られることになっている。
だからこそ、カイトはルタ学園への推薦状を集めることができたのだ。
それに加えて、各国の王が簡単に手出しができない状態になっている。
ただしそれは、カイト自身も面倒な立場に立たされるということを意味している。
当初はフアのことを隠し通して、どうにかスルスルと逃げ回ることができないかと考えていたのだが、今となってはそれも不可能だ。
むしろ下手に直接手を出すと不利益になると思わせた方がいい。
さらに、複数の王から推薦を得ることができたことで、以前から考えていたことが実行できることになった。
それが何かといえば、いよいよカイトが設計した船の図面を渡して作ってもらうということである。
いきなりセプテン号のような大きな船を造ることはできないが、少なくとも現時点であるであろう技術力を使って作れる船の設計はしてある。
残念ながら精霊機関に関しては実用段階までは行っていないので、それは後回しだ。
それでも、船に乗せられる人員や商品が増えることによる影響は多大なものになるはずだ。
そのことが世界に与える影響は分からないが、創造神とカイトの望みが重なっている以上は設計図を出さないという選択肢はない。
「――――というわけで、各国の王にお礼の品を送りたいと思うのですが、どう思いますか?」
公爵が用意した離れにある部屋の一室で、カイトは目の前にいる男性にそう問いかけた。
その男性は、公爵がカイトのために用意した礼儀作法の家庭教師でウリッセ・マリヌッツィというとある貴族家当主の五男になる。
ちなみにその貴族家はヨーク公爵家に繋がる家であり、平民の子供であっても尊大な態度を取ることがないとして、カイトの家庭教師として選ばれている。
そのウリッセは、カイトの言葉に額に手を当てながらため息をつき、首を左右に振った。
「まず、その各国の王というのがどういうことか聞きたいところですが、そこは触れないでおきましょう。下手に首を突っ込むと、私も巻き込まれそうですから」
面倒はごめんという態度を崩さないウリッセに、カイトは曖昧に笑ってごまかした。
ウリッセの言う通り、カイトが複数の王からの推薦を貰っていることはごく一部しか知らないことであり、例え家庭教師であっても不用意に言ってはいけないと公爵から言われているのだ。
「なので、それはいいとして、そのお礼の品についてですが、まずは公爵様に聞いてからにしたほうがいいでしょう」
あっさりとそう言ってきたウリッセを見て、カイトは丸投げしたなと察した。
その考えが顔に出てしまったのか、ウリッセは再びため息をついて、さらに続けて言った。
「仕方ないでしょう。普通、複数の王に一度にお礼をするなんてことはないのですから。それであれば、事情を知っているであろう公爵にお尋ねするのが一番です」
私には手に余りますと続けたウリッセに、カイトは「なるほど」と頷いた。
たしかにカイトの現在の状況は普通ではありえず、一般的な貴族の常識の範疇では収まらないということはわかる。
「そういうことでしたら、早速公爵様にお伺いいたします。――早速先日習った予定の取り方が役に立ちますね」
「はあ、全く……。私としては、こんなに早く役に立つとは思っていなかったのですが……」
自分の教え子の規格外さを嘆きつつ、それでもウリッセはまずは書いてみなさいと促すのであった。
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家令の一人に案内されながら公爵家の本館を移動していたカイトは、とある部屋のドアの前で止まることになった。
そして、家令がドアをノックすると、最初から予定されていたのか、内からドアが開けられて部屋の奥にいた公爵が声をかけてきた。
「入って来るがいい。――それにしても、そなたが正式な手続きに則って来るのは珍しいな。早速家庭教師を付けた意味が出たか?」
揶揄うような調子で言ってきた公爵に、カイトは表情を変えないまま頭を下げた。
「お陰様で、今まで至らなかった自分を痛感しております」
「……あー、うむ。いまさらそなたにそのような態度を取られると、むず痒くなってくるな」
そう失礼なことを宣った公爵に、カイトは無言のままニコリとだけ笑みを浮かべた。
そんなカイトに向かって、公爵は降参とばかりに両手を上げた。
「分かった、分かった。私が悪かった。今まで通りに接してくれて構わない」
公爵がそう言うと、初めてカイトは今までの硬めの態度を崩して、いつも通りに戻った。
ただ、いつも通りといっても、普段のカイトもそこまで無礼な態度を取っているわけではないのだが。
「それで? 面倒なやり取りをしてまで私に聞きたかったこととは、何だ? 家庭教師――ウリッセと言ったか――にも話せないことなのであろう?」
「というよりも、先生に聞いたら公爵に相談するようにと言われました」
「ふむ……?」
そう言いながら視線だけで先を促してきた公爵に、カイトは頷きながら続けて言った。
「これから先のことを考えて、例の推薦人様方にお礼の品をお送りしようと考えたのですがどうでしょうか、と」
「…………なるほど。まず先に、家庭教師にそれを問うて、私に聞くようにと言われたわけだな?」
「そういうことになります」
正確に予想してみせた公爵に、カイトは正解とばかりに頷いた。
そのカイトに、公爵は家庭教師と同じように額に手を当てながらため息をついてみせた。
「――なるほど。ウリッセが私に相談するように言うわけだ。…………だが、そなたの言う通り、先のことを考えれば確かに謝礼の品は送った方がいいだろうな」
公爵は、カイトが出来る限りどこの勢力にも与しないように立ち回っていることを良く知っている。
その観点から考えても、出来る限り借りになるようなことはしたくないとカイトが考えていることは理解している。
「だが、たかが学園の推薦状くらいで借りを作ったと考えるような方々ではないぞ? せいぜいがいい感じのつながりを持ったと思うくらいか。それでも必要だと考えるのか?」
「――というよりも、借りを作ったと思われるような贈り物を考えておりまして」
カイトがそう答えると、公爵は何を言い出すのかと目をパチクリとさせた。
そして、カイトが言った言葉の意味を理解した公爵は、ジトっとした目を向けながら聞いた。
「その贈り物が何なのか、聞くのも恐ろしいが、聞かないわけにはいかないのだろうな……?」
「公爵は聞かずに、そのまま送りつけてもいいのでしたら送ってしまいますが?」
「……いや、すまなかった。きちんと聞いておこう」
もうすでに公爵に相談したという事実は消せないので、事前にカイトが何を贈ったのか知らなかったとしても、公爵も色々な方面から責められることになる。
それであれば、きちんとどんな物をカイトが贈ろうとしているのか、確認しておいたほうがいい。
「はい。では話しますが、まず海に面した国の方々には私が設計した新しい船の設計図を。海に面していない方々は、何頭かの蚕と育成方法を贈ろうかと考えております」
「それはまた…………ずいぶんと御大層な物を考えたものだな……」
カイトが送る物がどういった効果を出すのかを理解した公爵は、盛大にため息をつくとともに頭が痛いとばかりに、再び額に手を当てるのであった。