(24)貴族関係のごたごた
ルタ島では中途半端な見学しかできなかったが、それ以外の航海は概ね予定通り――どころか、それ以上の成果を上げてセイルポートへと戻ることになった。
前回に放出したフゥーシウ諸島産の交易品のことが話題になっていたらしく、別の港町でも予定価格よりも高めに売ることができたのだ。
正直なところもっと値を吊り上げることもできそうではあったが、後のことを考えてやめておいた。
一度ぼったくって評判を下げてしまうと、同じようなところまで回復するのは非常に厳しい。
フゥーシウ諸島産の交易品だけで生きて行くことはできるが、それ以外での取引も増やして行きたいというのが、カイトの希望である。
それを考えれば、変に商人たちの評判を落とすのは得策ではない。
そうして各地から集めてきた交易品の一部を、セイルポートで売りさばくのを主計係のアルティモに任せたカイトは、公爵家を訪ねていた。
今回は公爵からお呼ばれしたので、そこまで待たされることなく対面することができた。
そして、最初にカイトを呼んだ理由である養蚕について話し始めた。
「そろそろそなたが用意してくれた天使のサポートが終わるころだと思うが、大丈夫だろうか?」
「どうでしょう? ですが、いつまでも頼り切ることもできませんし、いずれは自分たちだけで解決できるようにならないと駄目ですから」
「それはそうだが……もう少し伸ばすというのは?」
「止めておいた方がいいと思いますが、何か問題でもありましたか?」
「うむ……問題というか、現場の者たちが不安がっているようでな」
まさか公爵の口から現場の細かい意見を聞くとは思っていなかったカイトは、思わず目をパチクリとさせた。
それを見た公爵は、苦笑しながら首を左右に振った。
「そんな顔をするな。私たちのような立場の者が、そこまで現場を細かく見ているとは思わなかったのだろう?」
「まあ、端的に言えばそう言うことですが……」
「お前な……。他の者がそれを言っていれば、間違いなく罰しているぞ」
これまでの付き合いがあるので、カイトが言っているのはただ貴族を馬鹿にしているわけではないということは分かっている。
だが、そこまでの信頼関係がなければ、貴族を侮辱したと何らかの制裁をしていたはずだ。
カイトも公爵がこんなことで罰したりはしないと分かっているからこそ敢えて言ったのだ。
「それは失礼をいたしました。それはそれとして、現場の者たちには当分の間、蚕を全滅させない限りは罰しないことを約してみてはいかがでしょうか?」
「ふむ……期間はどれくらいだ?」
「そうですね。敢えて期間を設けるとすれば、最短でも三年ほどでしょうか。長ければ長いほどいいですが……あまり長すぎるとその状況に甘えるということもあり得ますね」
「そうだな。では、まずは三年を区切りとして様子を見ることにしようか」
「それでよろしいかと思います。まずは、自分たちの力だけで育てられるということを実感させればよろしいかと思います」
「わかった。確かに、それが良いだろうな。農家の者に通知しておこう」
すぐさま決断をした公爵は、視線を傍に控えていた家令に向けた。
その動きだけで家令は、準備のために外へ出て行った。
その後は、新たに作った絹や絹糸を見たり、細かい養蚕についての話をした。
その話を聞くだけで、相変わらず公爵が養蚕に力を入れているということがわかる。
国内で初めてになる事業に力を入れるのは当たり前のことなのだが、それでも公爵という立場にある者がそこまでのめり込むのは珍しいと言っていい。
カイトはその理由に思い至っていないが、実は単純な話で、公爵はカイトとの繋がりが切れないようにするためにも何としても養蚕を残したいと考えているのだ。
今のところ公爵は、養蚕で得る利益や損失よりも、カイトとの繋がりを持ち続けることの方に価値を置いている。
それだけ公爵は、カイトのことを評価しているのだ。
そして、公爵に時間があったのか、養蚕の話からひょんなことから雑談モードになっていた。
忙しいはずの公爵が雑談をしてくるのは珍しいので、カイトもそれに付き合って軽く話をすることにしたのだ。
そんな会話の中で、公爵がふと思い出したように言ってきた。
「そういえば、中々いい感じであちこちを回っているようだな。ルタ島にも行ってきたのだろう?」
いきなりそんなことを言ってきた公爵に、カイトはちょうどいいタイミングだと考えて、例の話をすることにした。
「はい。確かに行ってきました。少しばかり思い出したくない出来事にも会いましたが」
「ほう? 何があった?」
カイトがそんな話を切り出すのは珍しく、公爵は興味を引いたような表情になってそう聞いてきた。
そこでカイトは、ルタ島で出会った例の貴族(?)の話を公爵に話し始めた。
そして、話を最後まで聞き終えた公爵は、無表情のまま腕を組んみながらポツリと言った。
「……それは、まずいな」
「まずい、のですか?」
「ああ。まずい……のだが、そうか。やはり前もってそなたにも多少は貴族関係の知識を持たせた方がいいか。入学してからでも十分と考えていたのだが……」
そう言って真剣な表情で考え込み始めたのを見て、カイトは黙ったまま次に公爵が何を言うかを待つことにした。
カイトの前でこういう態度を見せる公爵は珍しく、そうした方がいいと判断したのだ。
その判断が正しかったのかどうかはともかく、やがて公爵はカイトを見ながら言った。
「まず前提条件として、そなたはやんごとなき方々の推薦を得てルタ学園に通うことになる」
「そうですね」
「そのこと自体はごく一部の者にしか知られることはないはずだが、それを考えてもそんな人物に下手なことをしては駄目だということは分かるか?」
「あまり実感はありませんが……」
「フッ。まあ、そなたはそれでよい。それはそれとして、そなたを相手に貴族としての立場を振りかざせば、そしてそれが表ざたになればどうなるか……ここまで話せばそなたにも想像はつくであろう?」
「あー……下手をすれば、そのやんごとなき方々が直接動く可能性があるということですか」
「そうだ。といっても、よほどのことがない限りはそうならないだろうが……複数の王の推薦を得ることなど恐らく初めての事態だけに、どんなことになるかは想像ができん」
そう言ってため息をついた公爵を見て、大体のことを理解したカイトも同じようにため息をついた。
カイトが複数の王から推薦がもらえるようになっているのは、そもそも大地神なんていうとんでもない存在のコンを得ているからだ。
そのことを考えれば、各国の王が自国の利益のために、カイトに対して好印象を得ようとするのは当然のことになる。
一人の王が動こうとすれば、他の国の王も負けじと動こうとすることも考えられるだろう。
そうなると、微妙な力関係で成り立っていた協力関係が、一気に崩れてしまう可能性もある。
それは可能性の一つでしかないのだが、国同士の関係というのはちょっとした出来事で崩れかねない危険もはらんでいるのだ。
そういう意味では、カイトは普通の貴族よりも面倒な立場にあるといっても間違いではない。
「――――なんというか、今さら推薦の辞退なんてことは……」
「できるはずがないであろう?」
何を言っているのかと呆れたような表情になる公爵を見て、カイトは「ですよね」と頷いた。
さらに公爵は、カイトに貴族関係の知識や常識を教えるための教師を付けることを提案して、フアを連れて歩いている限りは貴族から逃げられないと考えたカイトはそれを了承するのであった。