(22)ルタ島へ
公爵との話し合いを終えて数日経ったある日。
カイトたちは、再びセプテン号で航海の旅に出ていた。
その目的は、フゥーシウ諸島で仕入れた交易品を売りさばいて、現地で別の交易品を仕入れることである。
ただ、それ以外にももう一つの目的があって、それは翌年の春から通うことになるルタ島に行ってみるということだ。
セプテン号は、もともと決まった交易ルートというものを持っていないからこそ、こうして自由にあちこちを移動することができる。
勿論、フゥーシウ諸島との交易でそれなり以上の利益を得ているからこそということもあるのだが、これこそ船のオーナーとしての醍醐味だとカイトはひそかに考えていたりする。
ちなみに、セプテン号の船員たちはカイトの気まぐれをどう考えているのかというと、あまり深くは考えていなかったりする。
そもそも、定期航路を行き来している船でもない限り、オーナーの意思ひとつであちこちに移動することは、ごく当たり前のことなのだ。
いくつかの島で売ったり買ったりを繰り返しながら、セプテン号はついにルタ島の港へと入港することになった。
ルタ島は完全に学園だけが存在しているような島で、学園に通う学生たちとその生活を支えるための町が一つあるだけである。
どこにでもあるような小島の一つであるルタ島だが、学園があることで多くの人々に知られている島となっている。
学園さえなければ、どこにでもあるような小島の一つとして、どこかの国に支配されることとなっていただろう。
突然現れた巨大帆船に、ルタ島に唯一ある港ではギルド職員たちが慌ただしく動いているのが遠目に見えた。
前に寄った港にあった海運ギルドを通して寄港することは伝えてあったのだが、それでも初めて入って来る巨大帆船に右往左往していることがわかった。
そんな港の職員の様子を、船の乗組員たちは忙しく動き回りながら慣れた様子でチラ見していた。
セプテン号が初めて寄港する港では、大体が似たように動き回っているので、乗組員たちにとっては既に当たり前の光景になりつつあるのだ。
セプテン号から降りるなり職員から質問攻めにされながらそれをいつものように躱しつつ、カイトたちはルタ島にある唯一の町に入った。
城下町ならぬ学園町であるその町は、まさしく学園に通う学生のために用意されている町である。
どこかの古い都のように完全に計画して作られたらしいその町は、完全に碁盤の目の模様になっている。
港が町の出口だとすると、反対側の一番奥には町の中で一番大きな建物である学園の校舎が建っていた。
「――あれ、この島に建っていなければ、どこかの城だと言われてもおかしくないような……」
「あれって、どれ……ああ、学園の校舎か。実際そうなんじゃないか? ここの学園を卒業した者は、国の主要な役職に就く者も多いだろうからな」
カイトの呟きに反応して、ガイルがそう言ってきた。
「なるほど。各地にある城って、どちらかと言うと象徴的なものだと思っていたけれど、違うのか」
「どうだろうな? 国によっては役所を別にしているところもあるんじゃないか? 主に、防衛的な意味で」
「役所と城があるような中央の都市に攻め込まれるって、ほぼ終わっている気もするけれどなあ」
「まあな。昔からの名残でそうなっている国も多いだろうさ」
ガイルの返しに、カイトは「ふーん」とだけ返した。
別にカイトもガイルも、城の役割について詳しく知りたかったわけではなく、初めて入った町でなんとなくの雑談をしていただけだ。
「学園都市というくらいですから、どんなに変わった造りの建物があるのかと思っていたのですが……ごく普通ですね」
他の者たちと同じように辺りを見回しながら歩いていたメルテが、少しがっかりしたような声色でそう言ってきた。
何か変わった町並みが見られるかと多少期待していたカイトも、声には出さなかったが心の中で同意していた。
恐らく乗組員の皆も同じことを考えていたのか、何となくメルテの言葉に同意する雰囲気が漂って来ていた。
そんな中で、ワハハと豪快に笑う声が大通りの脇から聞こえてきた。
「そりゃそうさ。外の人たちからすれば、学園都市なんて珍しいのかもしれないが、ここに住んでいる者たちにとっては当たり前の生活の場だからね。あんまり奇抜すぎるものは受け入れられないさ」
そう言ってきた声の持ち主は、大通りで露店を開いていた店番のおば様だった。
「なるほど。言われてみればそうなのだろうけれど……それだと、建築系の生徒なんかは認められにくいのでは?」
「ああ。そういう生徒の作品が見たいのであれば、学園の裏側に行ってみればいいさ。卒論だけで提出して認められた建築物なんかが実際に建てられているよ」
「そういうことか」
建築系の学生は、卒業の証として設計図を書いて認められることになるのだが、その中でも特に優れたものは、きちんと時間をかけて造って後世の学生たちに見せるようになっている。
ただ、そういう建物は生活のために使うようなものではないことが多いので、表からは見えにくい位置に建てられているのだ。
この話を聞いて、学園側の方針のようなものが見えたカイトは、色々な意味で納得して頷いた。
カイトがそんなことを考えていると、乗組員の一人がおばちゃんの屋台を見て声を上げた。
「お。美味そうだな。一つ貰ってもいいかい?」
「はいよ。まいど。声をかけた甲斐があったってもんさ」
そう言いながら手早く商品を取り出したおばちゃんは、きっちりとお金を受け取ってからそれを手渡した。
その商品は、何かの肉に香辛料か何かを振って味付けをしている食べ物だった。
商品を買った仲間が美味しそうにそれを食べているところを見たカイトは、思わず湧いてきたつばを飲み込んでから言った。
「……おばちゃん、俺にもそれ一つ」
「あいよ」
「それにしても、随分と安いような気がするが、大丈夫なのか?」
「アハハ。あんたみたいな子供に、そんなこと心配されるとはね。心配してくれてありがとうさね。だが、値段については心配いらないよ。なんせ旦那が狩ってきた魔物の肉を使っているからね」
簡単に仕入れ値が安く済んでいると暴露をしたおばちゃんに、カイトはなるほどと納得した。
昔、冒険者をしていた者が、町の近場で取れる魔物の肉を使って屋台を出すなんていう話は、この世界ではごく当たり前にある話である。
長い間冒険者をしていれば、魔物を狩るのは勿論、解体から簡単な下処理まで現地で出来るようになってしまうということは珍しい話ではない。
もっとも、だからと言って必ずしもそれで出した屋台が上手くいくとは限らないのだが――――。
「はむっ。……おっ。本当に美味しいな。これは当たりだ」
「やっぱそうだよな。俺もたまには当たりを引くこともあるんだよ」
カイトの前に肉を買った男が、周りの仲間に向かって自慢をするように言っていた。
ちなみにこの男は、いろんな町で屋台の食べ歩きをすることを趣味にしているのだが、手当たり次第に行くので仲間からは単に味音痴なだけではないかと言われていたりする。
カイトとその男の言葉に引かれたのか、ついに我慢しきれなくなった他の乗組員たちが次々におばちゃんの屋台で肉を買い始めた。
その中にしっかりとメルテとガイルの姿もあったのは、カイトの言葉を信用してのことだろう。
いずれにしても、カイトたちのお陰で一気に忙しくなったおばちゃんだったが、すぐにその勢いは止まることになった。
セプテン号の乗組員が途切れたからというのもあるのだが、それ以外に別の理由でカイトたちが動きを止めざるを得ない事態になったのだ。
そして、その原因は、カイトたちに向かって大きな声を上げて注意を引いたのであった。