(21)カイトの学力
フゥーシウ諸島からセイルポートへと戻ったカイトは、メルテと一緒にヨーク公爵家を訪問していた。
今回も公爵へ渡せそうな品を多く積んでいるので、お伺いをしに来たのだ。
さらに、今後フゥーシウ諸島への訪問を増やすことも合わせて報告するつもりだ。
一介の船乗り(オーナー)は、公爵への報告義務があるわけではないのだが、今は直接品物を卸している関係上訪問する頻度を確認する必要がある。
あまり頻繁に来すぎると煙たがられる可能性もあるので、必要なことと言えるだろう。
もっとも、カイトと公爵の関係で今更ではないかという意見もあるのだが、そこは一応礼儀としての範疇とカイトは考えている。
ちなみに、ガイルが一緒に来ていないのは、他に回るべきところがたくさんあるからだ。
現在は、バーツたちに同行して冒険者ギルドに行っているはずである。
今回は、事前にきちんと予約を取ってから来ているので、待たされるようなことも無くすぐに公爵と会うことができた。
「――久しぶりだな。といっても、例の海域に行って帰ってきたのであれば、破格の速さか?」
「確かに、往復自体は早いでしょうが、今回は滞在日数を多めにしたのでそれほどでもないと思いますよ」
「そうなのか? どれほど期間いたのだ?」
「ちょうど一週間になります。その間、交易の品になりそうなものを、手分けして色々と見積もっていました」
「そういうことか。ということは、冒険者を連れて行ったのも?」
「ええ。狩れる魔物の種類をきちんと精査してもらおうかと考えたからですね。今回行ったパーティは、色々と素材を手に入れてきたようですよ」
「ほう。それは気になるところだな」
「私は、あまり詳しくは聞いていないので、知りたければ冒険者ギルドに問い合わせればいいのではないでしょうか」
「ふむ。そうするとしようか」
カイトに向かって頷いた公爵は、そばに控えていた家令の一人に向かって何やら指示を出した。
公爵は言葉で指示を出したわけではないのでカイトには具体的にどんな指示だったのかは分からなかったのだが、恐らく冒険者ギルドの誰かと会うための手続きをしに行ったのだ。
公爵が家令に指示をしている間、カイトは今回交易で仕入れてきた品物の目録を用意した。
といっても、懐に入れていた用紙を取り出しただけなのだが。
そして、公爵が自分を見るのを確認してから、カイトはその目録を差し出した。
「これが、今回仕入れた物になります」
「うむ。後できちんと確認させてもらうが……お。今回もきちんと酒はあるようだな」
「向こうもきっちりと準備をしてくれていましたから。それに、定期的に仕入れることを約束した段階で、きちんと増産する体制を取ったようです」
「それは何よりだ。物珍しいということもあるようだが、いくつかの会席で出したら好評だったから、定期的に手に入るのはありがたいからな」
公爵は、前回カイトから仕入れた米酒を、しっかりと会席で振舞ったようだ。
米酒の価値を高めるにはやはり貴族の間に広まってくれることが一番なので、カイトとしては公爵が色々な席で使ってくれる分には大歓迎である。
目録にざっと目を通した公爵は、これまたそれを家令に手渡した。
先ほどの言葉通りに、後でしっかりと目を通すつもりなのだ。
「交易は順調なようで何よりだな。――ところで、そちらはいいとして、学園の準備はどうなんだ? 取引にかまけて勉強から逃げているということはないだろうな?」
半ば揶揄うような視線を向けてきた公爵に、カイトは思わず「うっ」と言葉に詰まった。
別に勉強をさぼっていたわけではないのだが、学園に入学する子供たちの学力がどの程度なのか分からないので、自分がどの程度の位置にいるかが分からないのだ。
一応、公爵から渡された教科書には目を通していて、きちんと理解もしているつもりだ。
「数学はまあ、何とかなると思うのですが、歴史や社会(現在の国家間の関係など)は、まだまだ覚えることはたくさんありますね。試験までにはなんとかしようと思います」
歴史や社会に関しては、こちらの世界のことなので、ほとんどが新しく覚えることになる。
日常会話で出てきた程度の国ならば覚えてもいるのだが、それ以外は完全に詰め込み式で覚えるしかない。
一応カイトは転生している身だが、残念ながら特別に頭の出来がいいというわけではなく、必死に渡された教科書の内容を覚えている段階である。
……と、カイトはそう考えていたのだが、公爵の反応は予想のものとは違っていた。
「歴史や社会は仕方ないとして……そうか。数学は、何とかなるのか」
珍しく驚いたような表情になる公爵を見て、カイトはピンときた表情になって聞いた。
「あー、ちなみにお伺いいたしますが、あの渡された教科書は、どの程度のものなのでしょうか?」
「あれはな、学園の在籍中に学ぶことが書かれている教科書になる。要するに、あそこに書かれている内容を全て理解できていれば、学園卒業程度と認められる」
「…………なるほど」
完全に公爵にしてやられたと分かったカイトは、なんとも言えない表情で頷いた。
ルタ学園に通う学生は、各国である程度知識を身につけた者が入学できると聞いていたカイトは、渡された教科書が入学相当だと勘違いしていたのだ。
ちなみに、数学に関しては四則演算というレベルではなく、前世で中学卒業程度の学力はあった。
ただ、海人が基本的に数学が得意だったということもあり、昔覚えた知識を思い出しながら解いていくという感じで、何とかなっていた。
公爵が学園の入学レベルを言わなかったのは、敢えてなのか忘れていただけなのかは分からないが、今のやり取りでカイトの現在の学力はある程度知られてしまったことになる。
カイトは自身の学力を隠すつもりはなかったのだが、公爵が驚くほどなのであれば、それも選択肢の一つに入れるべきかと一瞬考えた。
……のだが、やはりわざわざ手を抜くのもそれはそれで面倒なので、悩ましいところではある。
「ちなみにお伺いいたしますが、平民だからといって貴族の皆様からやっかみを受けたりとかは……?」
「全くないわけではないだろうが、そこまであからさまではないのではないか? 私はあの学園には行っていないので、はっきりとは分からないのだが」
「そうですか」
そう答えながら頷くカイトを見て、公爵は苦笑をしながら言った
「やはりそなたは普通ではないな。そなたくらいの子供であれば、人の上に立てると分かれば喜ぶものだと思うのだが、むしろ面倒の方を考えるか」
「何処へ行っても立場というのはついて回るものですから仕方ありません。特に、私のような身の上だとなおさらです」
「ふむ……そういえば、そなたは孤児だったか」
公爵は、すっかりそんなことは忘れていたと言いたげな顔になって何度か頷いていた。
公爵自身は能力のある者を評価する意識を持っているが、貴族社会だと基本的には立場や身分が上に来ることが多い。
公爵は、カイトが学園でどういう方向で立ち回るかは興味がないようで、それについてどうこう言ってくることはなかった。
ただ、それこそ平民が学園内でそれなりの発言権を持つには、学力という分かり易い物差しで示したほうがいいのではないかと助言をしてきた。
それに、そもそもカイトに限って言えば、すでにセプテン号という目立つ要素を持っているので、今さらだともいえる。
どうせ目立つことは確定しているのだから、学力という分かり易い形でやっかみを減らすことも選択肢の一つだという認識をしたところで、今回の話し合いは終わるのであった。
ちなみに公爵が学園の教科書を渡したのは、そもそも入学試験用のテキスト(参考書など)のようものはないという理由もあったりします。