(20)満載の荷物
フゥーシウ諸島における魔物の調査は、いい方向で意外な結果に終わった。
それは、調査を終えてフォクレス島に戻ってきたバーツたちの顔を見れば明らかである。
「――いやー。大量大量」
今にもガハハと笑いだしそうにそう言ったバーツの手には、小さな宝石のようなものが五個ほど握られていた。
「それは……魔石かな?」
「いんや。もう少し珍しい魔結晶だな。魔石よりも魔力の濃度が高い。結界で守られているからなのかは知らんが、この辺りは大陸よりも濃度が高いらしいな」
魔物から取り出すことができる魔石や魔結晶は、魔力が高いところで生まれやすいと言われている。
全ての魔物に魔石や魔結晶があるわけではないので、討伐した魔物でそれらを発見した場合は、冒険者にとっての臨時収入となるのだ。
魔結晶を一個だけ借りて空にかざしながら見ていたカイトは、それを返してからバーツに聞いた。
「売り物になりそうか?」
「さて、それはどうかな。魔結晶自体は、こっちの人獣たちにとっても使われている物らしいからな。これは、俺たちが狩った魔物からとった物だ」
魔物の素材は狩った者に権利があるというのは、フゥーシウ諸島に住む人獣たちにも適応されている。
バーツが持っている魔結晶は、彼らのパーティで狩った魔物から取れたものなので、貰うことができたのだ。
パーティメンバーの明るい顔を見れば、魔結晶がかなりの高値で売れるということはすぐにわかった。
「なるほど。その辺は、要交渉といったところか」
「そうだな。この辺りでどういう使われ方をしているかまでは聞かなかったが、それよりも高く買い取れるのであれば売るやつも出て来るんじゃないか?」
「そんなにたくさん取れるのか?」
「たくさん……かどうかは分からないが、少なくとも大陸でこれだけの確率で取ろうと思ったら、相当奥地に行かないと駄目だろうな」
この場合の奥地というのは、人里離れた場所という意味で使われている。
人が入りにくい場所は、それだけ魔物が討伐される数が少なく、魔結晶を持つ魔物が多く生まれると言われている。
ちなみに、そのことが分かっていても多くの冒険者がそこまで行かないのは、そうした奥地はほとんどが強い魔物が生息しているからだ。
フゥーシウ諸島ではどれほどの価値があるかは分からないといったバーツに、カイトは頷きながら言った。
「そうか。それじゃあ、それはこっちで調べるべきだろうな。……というか、もう調べてあるかな?」
カイトは、各地で行われていた交易品の調査については、まだ詳しく聞いていない。
それらの結果の中に、魔結晶についての話が出て来るかもしれないだろう。
「さて。俺は聞いていないが、もしかしたらそうかも知れないな。いずれにしても、後から確認するんだろう?」
「勿論。――まあ、その話はいいか。それよりも、他に話すべきことはある?」
「いんや。細かいことはたくさんあるが、それこそ帰りの船で話した方がいいんじゃないか?」
「それもそうか。島の人獣たちに、素材については話した?」
「ああ。売れる物も含めて、色々話したぜ。他にも希少なものがあるかも知れないが、流石にそこまでは手が回らなかった」
「それはまあ、時間制限があるから仕方ない。とにかく、魔物の素材が売れる物だと分かって貰えればいいよ」
カイトがそう答えると、バーツも「そうか」と答えながら頷くのであった。
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フゥーシウ諸島での一週間の調査は、カイト側と人獣側のどちらにとっても実りの多いものとなった。
カイトにとって一番大きかったのは、最後に行われた代表者による話し合いで、ほとんどの意見がしばらく様子を見るということに変わったことだ。
中には相変わらずすぐにでも全面開放すべきと言ってきた者もいたが、まずはセプテン号との取引に注力すべきという声になったのだ。
代表たちの意見が大きく変わった理由は、やはりバーツたちの調査で戦闘を主にしているたちも稼ぐ方法が実感できたということが大きい。
カイトは、人獣たちからすれば商人という立ち位置に見えるため、いまいちその言葉の意味が分からなかったらしい。
だが、バーツたちのような戦闘職が実際に現地で戦闘を行って、利益を得ることが出来るということを実践してみせたことで、戦闘専門の人獣たちも自信が出てきたらしい。
魔物との戦闘でどうやって稼ぐのか、その道をバーツたちがしっかりとその場で実戦して見せたことで、それまでモヤモヤしていた気持ちが晴れたのだ。
戦闘で稼ぐことができると分かってしまえば後は自らを鍛えればいいだけだと、いい意味での単純さを持っているのが幸いしたのかもしれない。
とにかく、まだ性急な結果は出さないでいいという結論を出したところで、代表者たちが集まった話し合いは終わった。
その話し合い自体もさほど時間がかからず終わり、余った時間を使って談笑――という名のお互いの情報収取をしたりしていた。
そして、その話し合いが終わった翌日には、カイトたちはセプテン号に乗り込んで、再び長距離航海の旅に出ることになったのである。
「――まだまだ積めるくらいに品物が集まっていたのに、悪かったな」
フォクレス島を出航してからしばらくして、甲板で風に当たっていたカイトにバーツがそう話しかけてきた。
バーツたちが一週間の間に個人的に狩った魔物の素材は、セプテン号で運んでいる。
勿論運賃は貰っているが、そのスペースに別の品を積んで運んだ方が儲けが出る品もあった。
バーツはそのことを知っているので、わざわざそう言ってきたのだ。
だが、そんなバーツに、カイトは首を左右に振りながら返した。
「気にしなくてもいい。今回のことでいろいろと助かったからその礼もあるし、何よりも今回積んでこなかった商品は、今度来た時に積めるものばかりだしな」
商品の調査隊は、フゥーシウ諸島の島々で色々な品物を集めてきていたが、それは商品になると判断したものの中でも優先順位が高いものだけに絞っている。
今回優先度が低いと判断したものは、フォクレス島にある集落の一部に専用の倉庫を用意してもらって、そこで保管してもらうことにしていた。
一度に全部の商品を運ぶことができなかったので、セプテン号が再びフゥーシウ諸島に来るときまでに運び込んでもらうことになっている。
「今回はちょっと無理に積み込んだところもある。それに、次からはバーツたちが積み込んでいるスペース分くらいは空ける予定だし」
「なんだ。そうなのか?」
「こっちに来るペースを増やすつもりだから、自然と空きは増えると思う」
今回は人獣たちがあれもこれもと差し出してきてどんどん商品が増えてしまったが、セプテン号が来る機会が増えればそれも落ち着いていくだろう。
今は、島の人獣たちがため込んでいたままの品も買えている状態だが、いずれはそういった物も減っていき、あとは純粋に交易用に作っている分だけの取引になって行くはずだ。
そうなれば、自然と品数自体も減っていくだろうと、カイトや交易担当の主計係も予想している。
カイトが細かいところまで説明をすると、バーツは理解しているのかいないのか、短く「なるほど」とだけ返してきた。
ここでカイトがバーツにセプテン号の今後の予定まで話をしたのは、冒険者同士の噂として話が伝わってくれることを期待してのことだ。
もし、他にも乗りたいという冒険者が出てくれば、ギルドを通すなりして、きちんと人を厳選した上でフゥーシウ諸島に連れて行くことも考えている。
勿論、バーツたちがもう一度行きたいというのであれば、それも選択肢の一つになるのだろうなと、そんなことを考えるカイトであった。
これにて二度目のフゥーシウ諸島訪問は終わりです。
次からは、セイルポートに戻って、学園入学(の前の試験)の準備……でしょうか。
※次の更新は二日空けて4月28日になります。