(19)認識の差(魔物の素材)
絹のチェックをした後は、絹糸や繭の生産状況を確認して回った。
時間に限りがあったのでじっくり見たというわけではないのだが、それでもこれまでの期間で巫女たちの努力が実っていることがよくわかった。
ヨーク公爵のところもそうだが、そろそろ指導役の天使は引き上げることになっている。
巫女たちもそれが分かっているので、急いで技術の習得に努めているのだ。
今は天使から教わった技術を必死に教わっている段階だが、その後はしっかりとそれを定着させて、さらに上を目指していくことになる。
そうしなければ、一度はブランド化に成功したとしても、その後の未来は無くなってしまうだろう。
養蚕関係の確認が終わるころにはすでに日が暮れかかっていたので、カイトたちは本宮に戻って食事を取り、そのまま就寝となった。
そして、翌日はフォクレス島から離れてバーツたちを追いかけるように、諸島内を移動することになった。
現地の細かい商品や魔物の状況はそれぞれ調べてもらっているのだが、カイトたちはそれぞれの地域の主だった者たちへ顔見せすることになっている。
諸島内は船での移動になるのだが、セプテン号は昨日のうちにバーツたちを別の島に送ってから戻ってきていた。
現在セプテン号には乗組員はいないのだが、天使たちがいるので動かすこと自体は問題がない。
セプテン号に乗ったシゲルたちは、フォクレス島から見て右下(南東)の方角にあるタイガラス地方へと向かった。
そこでは先に現地に入っているバーツたちが、魔物の調査を行っているはずだ。
カイトたちがタイガラス地方の中央(地理的に真ん中という意味ではなく、政経の中心地という意)に着いた時には、バーツたちは現地に出向いていていなかった。
だが、バーツたちに話を聞かなくても、結果としては上々だということが、そこで会った代表者の話から推測することができた。
「――――ということは、バーツたちは、かなりいい感触を示していたということですか」
「そういうことだ。何よりも、俺らが全く使わない素材だったというのがいいことだな」
「確かに、それはいい話ですね」
昨日、バーツたちがこの場所に来るなり聞いてきたのは、当然ながらこの辺りで出現する魔物についてだ。
大陸と諸島では呼ばれている名前が違っている場合もあるので、しっかりと特徴などを聞きこんで魔物の特定を行っていたようだ。
それらの話で分かったこととしては、大陸では稀少、あるいは既に過去に存在していたと言われている魔物が、フゥーシウ諸島では普通に存在しているということだった。
それらの中には、人獣の話を聞いて分かったものもあれば、実際に残っている素材の一部などから推測されている。
バーツたちがこの日現地に行っているのは、それらの推測が本当に正しいのかを目で確認しに行っているというわけだ。
わざわざ現地に行ってまで調査をしているということは、十分なほど儲けが出るということを意味している。
カイトが明るい表情になって頷いていると、代表者はしみじみとした口調で言った。
「それにしても、こちらではただの邪魔ものでしかないあれらが、そんなに高値が付くとは思えないのだが……」
「土地が違えば、必要になるものも変わりますから。それぞれで値段の差が出て来るのは当たり前のことです。逆に、こちらでは貴重だとされている物も、あちらでは見向きもされないなんてことはたくさんあると思いますよ?」
「そうみたいだな。昨日、話を聞いてようやく実感できたよ」
同じ『人』と名が付く人獣やヒューマンであっても、実際に必要とする物は大きく違っていたりする。
船で旅をしながら色々な種族を見てきているカイトにとってはごく当たり前の感覚だが、長い間フゥーシウ諸島内で人獣だけで生活を続けてきた彼らは、その辺りの感覚が鈍くなっているようだった。
カイトと話をしている代表者は、昨日の話し合いに参加していた。
その中でも、交易品がもたらす利益を貰うことができないのではないかと不安がっていた勢力(?)の一人だ。
それが、バーツたちの調査によって、幾分不安が解消されたようだった。
「――一つ助言をしてもよろしいですか?」
「助言か。聞こうか」
「はい。あなたの種族は手先があまり器用ではなく戦闘向きだと嘆いていましたが、だからこそ出来ることもあります」
「……というと?」
「戦闘ができるのであれば、それこそ他の島にまで出向いて狩りを行うなりすればいいのです。ただ、それを個人でやると島の利益にはならないでしょうから、敢えて組織化してしまうとかでしょうか。やり方は、皆さんがやりやすいように決めればいいと思いますが」
今のところフゥーシウ諸島には冒険者ギルドがないので、個人単位で動こうとしてもあまりメリットはない。
誰かがどこかで組織的に魔物の素材を買うなりして、お互いにもうけを出すようにしなければならないのだ。
それらを含めてカイトの助言を聞いた代表者は、短く唸ってから頷いた。
「――なるほど。確かに、組織化してしまえば島全体の利益にすることもできる、か」
「あまり締め付けてしまえば、それが不満の種になりかねないですが」
「それはそうだろうな。だが、考えてみる価値はある。何かの集団を作ったとして、他の島と連携をしていくのかということも含めて、だな」
暗に軍のような組織を作ることを匂わす代表者に、カイトは特に顔色を変えることなく頷いた。
「そうですね。この辺りの海域をどうやって守っていくのか。それを考える必要はあると思います」
「……そうだな」
あっさりと軍を作ることを認めたカイトを見て、その代表者は目を細めながら頷いた。
残念ながら人獣の顔色は余り見分けることができないカイトだが、それでもその顔は先ほどまでの厳しいものから幾分優しくなっているということが分かった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
カイトたちが代表者と話をしたり村を見回ったりしていると、周辺の調査を終えたバーツたちが戻ってきた。
「お? なんだい。こっちに来ていたのか」
「まあね。今のところの調査の結果を早めに聞きたかったというのもあるから。まあ、島の人に聞いたら、なかなか良さげな結果みたいだけれど」
「おうよ。なかなかどころか、かなり有望だぜ?」
「島に入って二日で断言するということは、随分と有益な情報でも得たか」
「そうだな。有益どころか、お宝の宝庫といっても過言じゃないぜ?」
ニヤリとした笑みを浮かべながらそう断言してきたバーツを見て、カイトは喜ぶ――のではなく、少し悩ましい顔になった。
カイトのその顔を見て、バーツは笑みを引っ込めてから真面目な表情になって言った。
「正直なところ、このまま報告したら間違いなく騒ぎになると思うぜ?」
「バーツさんでもそう思いますか」
「まあな。これだけ稀少だとされている素材が取れればな。――どうする? 調査依頼の結果としては、適当に濁して報告することもできるが?」
取引を持ち掛けるような表情になるバーツに、カイトは首を左右に振った。
「いいや。止めておこう。島の人獣たちが結界を一部でも開ける選択をすれば、どうせその時にばれる。それよりは、前もって知られて置いたほうがいい」
「なるほどな。まあ、俺たちはどっちでもいいんだが、カイトがそう言うならそうしておこう。――いずれにしても、まずは他の島も回って出来る限り情報を集めるところからだな」
「そういうことだね。期待しているよ」
カイトがそう声をかけると、バーツは任せておけと再びニカッと笑みを浮かべるのであった。