(18)フォクレス産
会議が終わって一息ついていたカイトは、すぐ傍で同じように休んでいたシモナに向かって聞いた。
「そういえば、そろそろ絹ができあがってもおかしくはないと思いますが、どうなっていますか?」
「そうですね。では、そちらからお見せいたしますか」
そう答えたシモナは、立ち上がってこちらへどうぞとカイトたちの案内を始めた。
絹や絹糸を生産している場所は、会議を行っていた建物とは少し離れたところにあるのだ。
会議を行っていた場所が本宮だとすると、養蚕を行っている建物は、そこから歩いて十分くらいの場所にある。
その辺りで養蚕を始めたのは、本宮から近い場所だからということもあるのだが、何よりも野生の桑が多く生えていたからだ。
最初にその場所のことを知ったカイトが、フアの介入を疑ったのは仕方のないことだろう。
もっとも、後からカイトがフアに確認したところ、単なる偶然だということだった。
フゥーシウ諸島全体で桑が生えるようには調整していたが、本宮の傍に生えて来るような細かい調整(指定)はしていなかったらしい。
巫女たちが作業をしている建物は、そのまま養蚕所と呼ばれている。
どこかにある養蚕小屋と似たようなネーミングだが、変に凝った名前を付けると逆に意味が分からなくなるので、単純なものになるのだろう。
歩きながらそんなどうでもいいことを考えていたカイトは、建物を見てふと何かに気付いたような表情になった。
「あれ……? 前に来た時と比べて、何か雰囲気が変わっていますか?」
「お気づきになりましたか。前の時は別の作業場としても使っていたのですが、今は完全に養蚕だけの場所になりました」
最初の頃は蚕の数も少なかったのだが、今では建物全体を養蚕で占めるくらいになっている。
シモナの答えで納得したカイトは、頷きながら周囲を見回した。
「なるほどですね。でも、人手は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫です。それくらいはきちんと考えております。――そうよね、デボラ」
「はい。ここの巫女だけで生産できるようにしてあります。お預かりしている蚕たちを、無駄にするようなことはしていません」
シモナに問われたデボラは、自信をもってそう答えた。
デボラは、神宮で養蚕が始まった当初から関わっていて、今では責任者として現場を任されるくらいになっている。
シモナとデボラに先導されつつ、カイトたちは養蚕所にある一つの部屋に入った。
そこには、巫女たちの手によって作られた絹糸や絹が置かれる予定となっている。
現に最近出来上がったばかりの絹は、ここの部屋に保管されているのだ。
そして、シモナが部屋に置かれた箪笥を空けて、そこからロール状に纏められた絹を取り出した。
「――これが、できあがった絹になります」
蚕たちは順調に絹糸――の前にできる繭を作っているが、そこから絹糸にして、さらに絹にするのには時間がかかる。
そのため、今のところ出来ている絹は、デボラが差し出している一本(長さにすると一反位)だけだ。
ただ、あと数日もせずにもう一本出来あがり、さらにどんどん追加されていく予定なので、それまでの超貴重品ということになる。
デボラから絹を受け取ったカイトは、それを少しだけ広げてから細かくチェックをし始めた。
フォクレス島でできた絹が、今後きちんとした売り物になるのかの瀬戸際なので、デボラはカイトの様子を緊張しながら見ていた。
「――うん。充分すぎるくらいにいい出来ですね」
カイトはそう答えながら、デボラと同じようにチラチラと見ていたメルテに、その絹を手渡した。
絹の出来は、今後のフゥーシウ諸島の未来を決めるといても大げさではないので、メルテが気にするのも当然である。
メルテを含めたフォクレス島の本宮に務めている巫女たちは、絹の生産がフアの肝いりであることを知っているので、手を抜くなんてことは考えられない。
それでも、蚕の育成から絹糸や絹の作成まで、全てが初めて尽くしなので、最初から上手くいくとは限らない。
メルテはそのことは十分に理解しているのだが、それでも出来る限りはいい物が出来ていてほしいと考えていた。
そして、カイトから手渡された絹を見たメルテは、ホッと安堵の溜息をついていた。
「良かった……。あちらと比べてもそん色がないと思うのですが、いかがでしょうか?」
メルテは、ロイス王国のヨーク公爵家でも絹が造られていることを知っているだけに、敢えてそういう聞き方をしてきた。
ヨーク産の物と比べて見劣りするようであれば、今後の大陸内での展開が苦しくなるのだから心配するのも当然のことだ。
安堵しつつ心配するという不可思議な気持ちになっているメルテに、カイトは苦笑しながら答えを返した。
「流石にそこまで大きな差はないよ。そもそも大陸だってほとんど流通していなくて比較のしようもないんだから、あまり心配する必要はないんじゃないかな?」
「そう、ですね」
「そもそも品数自体が少ないんだからフゥーシウ産、もしくはフォクレス産としてブランド化すればいいだけだと思うよ?」
「ブランド化……ですか?」
「ああ、そうか。なんと説明したらいいかな……」
そう言いながら首をひねったカイトは、ブランドについて簡単に説明をした。
今のところ絹は二つの産地でしか生産されていないのだから、一定以上の品質さえ保っていれば、ブランド化することも出来るはずなのだ。
カイトからブランド化についての説明を聞いたメルテは、納得した様子で頷いていた。
「――――要するに、産地を限定することによって特別化するということでしょうか」
「他にも意味はあるけれど、今回に関してはその認識でいいんじゃないか」
メルテの確認にカイトがそう返すと、シモナやデボラもなるほどと頷いていた。
ブランド化に成功して一度定着してしまえば、よほどのことがない限りは価値が下がることはない。
勿論、品質を保ち続けることは絶対条件なのだが。
いずれにしてもカイトは初めからフォクレス島で作っている絹はブランド化して売り出すつもりだった。
ヨーク産と比べると数か月遅れているはいるが、ほんの数か月でしかないともいえる。
あとは、巫女たちが手を抜いたりせずにきちんと仕事をこなしていけば、十分に勝算はあるはずだ。
現に、初めて出来上がった布を見ても、ヨーク産の物とそん色のない物が出来ている。
「ブランド化するかどうかはともかくとして、まずはこの品質で数を揃えることが先かな。そもそも売るものがないとはなしにならないから」
「それは勿論です」
「では、カイト様。まずは今のままで生産を進めて行く、ということでよろしいでしょうか?」
メルテが頷くのを見ながら、デボラがそう聞いてきた。
「そうですね。まずは、きちんと繭から糸の選定、布にするところまできっちりと進めることでしょうか。どれ一つ手を抜いても、すぐに品質に出てきますから」
「実際、最初の頃は繭や糸の選定だけでも躓いていましたから、よく分かります」
デボラが実感のこもった声色でそう言うと、カイトも「そうでしょうね」と笑ながら返すのであった。