(15)フォクレス島到着
フゥーシウ諸島への航海は、特に大きな事件が起こるわけでもなく順調に進んだ。
『探求の砦』は、初めての長距離航海ということで暇を持て余していたようだが、流石に乗組員たちの仕事の邪魔をしてくるようなことはしてこなかった。
時々セプテン号や航海の方法についての質問をしてくることはあったようだが、乗組員たちが知っていることは既に公開されていることなので、問題になるようなこともない。
カイトに対して探りを入れて来ることも最初はあったのだが、欲しい答えが得られないと分かると、航海の後半はそうした問いかけをしてくることもなくなっていた。
その頃になると、バーツのもともとの性格なのか、すでにギルド側から依頼されている内容も話すようになっていた。
バーツが冒険者ギルドから依頼を受けた内容は、まず第一にフゥーシウ諸島で狩れる魔物の種類を出来る限り特定すること。
セプテン号やカイトのことについては、出来る限りでいいと言われていたようである。
冒険者ギルド側もバーツたちの性格をしっかりと把握しているのか、もともと隠すつもりはないようだということまで分かっている。
『探求の砦』のメンバーについては何日か様子を見ていたカイトだが、フゥーシウ諸島に入るころには普段と変わらない様子で接していた。
そして、目的地であるフォクレス島が見えると、知らせを受けて甲板に出ていたカイトがバーツたちに向かって言った。
「あれが目的地だね」
「正直、他の島と違いがあるように見えないが……やっぱりこうしてみると、ごく普通の島だな」
「それはねえ……まあ、空に浮いているとかだったら、逆にそれはそれで恐いけれど」
カイトがおどけながらそう言うと、バーツは噴き出した。
大陸の住人たちは、フゥーシウ諸島があることは知っていても入ることができない場所ということで有名だった。
その話に尾ひれがつきまくった結果、カイトが言ったように実は浮遊している島があるんじゃないかという噂まであったのだ。
そんな噂を以前バーツが言っていたのを掘り返して、カイトが再びこの場で話題として出したというわけだ。
フォクレス島に来るまでにフゥーシウ諸島の島々をきちんと自前の目で確認してきたバーツたちは、今さらそんな噂を信じているわけではない。
もしかしたら心のどこかで、そんな不思議な島があってほしいと考えていたら、それはそれで世界を股にかけて旅をする冒険者らしいとも言えなくもない。
そんな冒険者のイメージはともかくとして、少なくともバーツはそんな少年のような心をどこかに残しているようだった。
「俺としては、そんな島があって欲しかったがね」
「同感。でも、残念ながら前に来た時に一回りしたけれど、そんな島は一つも見つからなかったな」
「それは残念」
そんな軽口をたたいていたカイトとバーツは、同時に顔を見合わせて笑った。
「――まあ、それはいいや。ところで、前にも確認したが、島に着いたら俺たちは自由にしていいんだな?」
「それは勿論。ただ、人獣側が監視か何かを付ける可能性はあるけれどね」
「それはしゃーないな。向こうからしたら不審者そのものだろうからな」
普段は軽い感じを見せているバーツだが、きちんとパーティのリーダーらしい側面を見せることもある。
カイトの依頼で島の調査に来ているのだが、バーツはきちんと自身の立場を理解している。
ちなみに、バーツは自分たちがフゥーシウ諸島に入れているのは、セプテン号のお陰だということは知っている。
今回の調査が終わって次に入ろうとしても、自由には入れないということもだ。
「――これだけの土地があると分かれば、どこかの国が攻めたくなるというのも分からんではないな」
「まあね。でもまあ、そんなに簡単にはいかないと思うけれど」
「ほう? 人獣たちはそこまで能力が高いのか?」
「いや、勿論それもあるけれど、そもそも一部を占領できても維持ができないんじゃないかと思ってるよ、俺は」
大航海時代の時のヨーロッパとアメリカの時のように圧倒的な戦力の差があるのならともかく、現在のフゥーシウ諸島と大陸の戦力にはさほど差があるわけではない。
そうなると、大陸側がフゥーシウ諸島を攻め取れる方法としては数の差で押すということになるが、現在使用されている船ではそこまで大量の人員を一気に運ぶことは不可能だ。
となれば、一度は島の一つを奪えたとしても、結局輸送の問題で負けてしまうのではというのがカイトの考えだった。
そのカイトの考えに同意できたのか、バーツが頷きながら返してきた。
「なるほどな。まあ、どっちにしてもこの結界が無くならない限りは、そんなことを心配しても仕方ないか」
「そういうこと。それに、そもそも俺たちには関係のない話だからね」
「それはそうだ。冒険者や船乗りにとっては、まず関係のない話だ。俺たちは俺たちの仕事をするとしようか」
国の戦争には関わりたくはないという顔をするカイトに、バーツはそう返すのであった
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セプテン号に積んであった小舟に乗り換えたカイトたちは、島の港で神宮の巫女たちに出迎えられた。
「おかえりなさいませ。カイト様」
「わざわざ出迎えてくれてありがとうございます、シモナさん」
「諸島に未来にとっては大事なお客様ですから、このくらいは当然です」
そう言いながら頭を下げてきたシモナに、カイトはもう一度「ありがとうございます」と返した。
この日に来るということは言っていなかったのだが、巫女の誰かが『声』を聞いたのだろうと考えて、それを聞くことはしなかった。
「――それで、前回の時には見なかった顔がいるようですが、紹介していただいてもよろしいですか?」
「勿論です。こちらにいる六人は、冒険者のパーティです。島でどんな魔物が出るのか調査してもらうために、来てもらいました」
カイトがそう紹介すると、バーツたちは揃って頭を下げた。
「魔物の調査……ですか?」
「ええ。前の時にも少し触れたと思いますが、魔物からとれる素材は、良い売り物になりますから。特に大陸では取れない材料なんかがあると、なお良いですね」
「いきなりそんな都合のいい魔物が見つかるとは思えませんが、まずは調査してみないと始まらないだろうということで、俺たちが派遣されたわけです」
カイトの説明に捕捉するように、バーツがそう付け加えた。
ちなみに、普段とは全く違うしゃべり方をしているバーツだが、こうした対応ができるからというのも選ばれた基準の一つになっている。
出来るだけ人獣たちの印象を良く見せて、冒険者ギルドの出張所でも作ることができればいいというギルド側の思惑もある。
いずれにしてもフゥーシウ諸島でどんな素材が取れるのか、きちんと調査してみないことには始まらない。
カイトとバーツからそう説明を聞いたシモナは、納得した表情で頷くのであった。